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殺戮の歌 11
「予想通り。来たよ」
彼女の声がインカムから響く。
「了解。・・・どうだ、調子は?何かあったらあの人と一緒に逃げるんだぞ」
オレは優しい声を無理なく出した。
彼女はオレにとっても特別なのだ。
同じ「ダルマ」にされていたってのもあるけどな。
彼女を見つけた時から予感はあった
「こっちは大丈夫。あの人はのんびりベランダの椅子で寝てる。さっきまで空の雲の数を数えていたけど」
彼女が笑った。
その様子が目に見えてオレは微笑んだ。
「もうすぐそこ、橋のとこまで来てる。・・・気をつけて」
彼女は言った。
「わかった」
応えたのはグズだ。
「気をつけて」が誰に向けられているのか、グズもちゃんとわかっている。
優しく傷つけないように彼女を抱くグズを、彼女が憎からず思っているのはグズだってちゃんとわかっているのだ。
セックスが始まれば、ひたすら求め合うだけの肉となるオレたちだが、それでも、相手に対する好悪はあるんだよ。
まあ、不味くても食うし、嫌いでもセックスするのもオレ達だけどな。
彼女はグズに優しく、グズも彼女に優しい。
オレとしては、クズのオレへの偏った執着から離れてくれればいいと思っている。
もう、グズにとっても彼女は特別なのだし。
「・・・何かあったら、絶対逃げろ」
グズは彼女に偉そうに言った。
年下のくせに。
「わかった。心配しないで」
彼女の声が微笑む。
通話が途切れる。
彼女は複数のドローンを操り、中洲にある小島になったこの街を監視しているのだ。
もちろん操作の仕方はそのドローンの持ち主を喰って覚えたのだ。
橋が無くなったからこそ、外から入ってくる場所は限られている。
グズがバイクにくくりつけていたリュックから鉈を取り出した。
自分用に二本。
オレ用に二本。
オレ達は両手に鉈を持つ。
目の前に広がるのは、爆破したこの街へ入る2つの橋の一つだ。
真ん中で橋が折れている。
折れた先に引っかかったように止まっている車が一台あって、中のやつはどうなったのかを考えて笑った。
まだ中に乗っているなら面白い。
微妙なバランスでひっかかっているからだ。
下に川が流れるのが見える。
この高さなら助からないだろう。
人間ならな。
オレ達は待つ。
彼女の合図を。
「来たよ!!」
彼女の言葉を合図にオレとグズは走り出した。
オレとグズは駆けた。
真ん中で折れた橋の上を。
爆破され消えたその先に向かって。
オレより先に走るのはグズだ。
グズはどうのこうの言いながらこういう時には誰よりも速く動く。
そして誰よりも速く殺す。
オレやゲスに人間が弄ばれないようにする優しさかもしれないが、グズには殺す時は僅かの躊躇もないのだ。
グズは先に跳んだ。
そう、折れた橋その先にはなにもない、遥か下に川の水面が見えるそこに向かって、跳んだ。
橋は街を飛び越え、川の向こうまである高速道路ともつながる。
だから、かなりの高さがあった。
人間なら落ちれば卵みたいに簡単に潰れてしまう位の高さが。
もちろんオレ達の脚力がどれほどスゴイとしても、折れた橋を飛び越えて、向こう側に行ける程のものではない。
だからグズは川に向かって落下していく。
吸い込まれるみたいに。
そのグズを追ってオレも跳ぶ。
オレは橋の先にひっかかっていた車に飛び乗り勢い良くふみつけて跳んだ。
オレの体重でとびのり、思い切り蹴り、跳んだことで、危ういバランスでやっと折れた先にひっかかっていた車は大きく揺れ、オレが跳ぶと同時にゆっくりと落ちていった。
オレは振り返りそれを見て笑った。
オレが思った通りそこには誰かがいた。
ギリギリのバランスでぶら下がっていたから、逃げるために車から下りるも出来なかった人間達が落ちていく車の中から悲鳴を上げていた。
二人。
男と女。
ああおかしい。
なんて顔だ。
見開かれた目や悲鳴をあげて大きく開かれた口は間抜けなパペット人形みたいだった。
オレは笑いながら落下していく。
車が大きな水音と水の柱をあげて沈んでいく前に、オレとグズは凄まじい音を立ててそこに着地していた。
それは渡し船だった。
周りを複数の川に囲まれたこの街は、橋がなかった昔から渡し船があり、今でも無料で時間を決めて小さな渡し船が動いている。
小さいと言ってもバイクや自転車ごと乗れるフェリーのような渡し船だ。
数十人を運ぶことができるこの船を連中が使わない訳がないとオレは思っていた。
ヘリコプターより沢山載せられる。
オレとグズが落ちていったのは、武装した警官達が乗っている船のど真ん中、警官達のど真ん中だった。
上から降ってきたオレ達を警官達は呆然とみていた。
グズは挨拶もしなかった。
一応オレはした。
「どうぞよろしく」
オレが笑って言う前に、グズの鉈が煌めいて、警官一人の首が飛んでいた。
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