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V.S 4
「来たよ」
インカムから彼女が言った。
何かを発見したのだ。
オレ達はバイクを降りて、繁華街で仲間達と合流しようとしていた。
ヘリコプターが飛んでいた。
なるほど。
空から来たか。
だが、ヘリコプターで運べる人数はそれ程でもなく、オレ達相手に少人数でどうするつもりだ?
オレは仲間に指示を送る。
まずはオレとグズが近くまで行く。
やはり予想したように、広場へとヘリコプターは近づいてきていた。
難しいが・・・着陸できないわけではないだろう。
着陸と同時に狙い撃ちをする。
この距離からならオレもグズも外さない。
ただ、ヘリコプターは五階ほどのファッションビルのすぐ上に止まったままだった。
・・・降りてくるつもりはないのか?
オレが疑問に思った瞬間、ヘリコプターの扉が開き、誰かかそこから飛び降りできた。
この高さから?
低すぎてパラシュートも間に合わないぞ!!
黒い長いコートが翻っていた。
空中に止まるような姿勢で誰かは落下してきたのだ。
羽や羽衣のように長いコートは宙を漂う。
ソイツか落ちてくるのはまるで・・・そう、天使か天女のような美しさがあった。
堕ちてきた天使。
追放された天女。
それがオレ達に向かって落ちてくる。
錯覚した。
ソイツは生身の身体一つで音もなく着地した。
着地と同時に柔らかに身体を回転させ、転がり、何事もなかったかのように立ち上がった。
衝撃を転がることで逃がしてみせたのだ。
この高さから落ちておいて。
オレの中に高い所から着地する方法はインプットされている。
だがその困難さも同時に理解していた。
この高さから?
ありえない。
オレは嫌な汗が噴き出した。
これは天使じゃない。
天女じゃない。
立ち上がったのは、女に見間違える程美しい男だったが、その邪悪さは隠しようがなかった。
人の苦痛や悲しみを楽しめる酷薄さは、その美しい目からその中に堪えられているのが見える。
その唇の微笑みが、人が無残に死ぬ時にさらにつり上がるのもわかった。
見ただけで。
これほど美しくて残酷な顔は見たことがなかった。
赤い唇は邪悪な笑みを作っていた。
オレの中の知識のファイルがこれが誰かを告げていた。
外見の知識はコピーを重ねたように朧気になっていたが、その知識はオレの中に確かにあった。
コイツはヤバい。
コイツはオレ達以上に邪悪なものだ。
オレはグズに向かって叫んだ。
「逃げるぞ!!」
絶対に死なない化け物。
「捕食者」だ。
オレ達は瞬時に逃げ出した。
「捕食者」とは準備が整うまでは絶対に交戦しない。
それは最初に決めていたことだった。
勝ち目などないのだ。
「捕食者」を殺せるのは「捕食者」だけ。
オレ達グールでさえ、捕食者の前では玩具にすぎない。
それにあの高さから着地した時の身のこなし方。
コイツが情報以上の「達人」なのはわかった。
オレの記憶にあるコイツの情報は曖昧だが、凄まじい嫌悪感がある。
この記憶の持ち主は「できる限り」この捕食者について考えないようにするほどに嫌いだったのがわかる。
もう一人考えないようにしていた「従属者」については考えないようにしていた割には、暖かい感情を感じるのだが・・・。
でも、だ。
コイツはオレ達より速くない。
コイツの能力はそういうものではないからだ。
コイツの何でも撃ち抜く銃は距離が離れたなら撃てないし、コイツの刀も距離がなければ意味がない。
コイツは恐ろしい。
だがコイツは闇に紛れて人を殺すような生き物だ。
だから、身体能力の優れた従属者を先頭に立てて、隠れ、そして相手を殺す戦い方をしてきたのだ。
今は従属者はいない。
ならば。
オレのグズは迷わず逃げ出した。
速さだけならオレ達に分がある。
捕食者は追いかけてこなかった。
黒いポケットに手を入れたまま突っ立ったままだ。
その冷たい闇のような目がグズを見ていた気がしたがそれどころではなかった。
「来るな!!捕食者だ」
オレは合流途中の仲間達に伝える。
とりあえず、ここから一番近い警察署の前で警官達の死とひきかえに足止めするとしよう。
警官の命などコイツはなんとも思ってはいないが、「正義の味方」であることにこだわっているという情報はある。
コイツの正義など片腹痛いけどな。
オレもグズもバイクを取りに行くようなヘマはしなかった。
バイクを取りに行くことを捕食者が想定している可能性があるからだ。
コイツが来るのは予定より早かった。
ならば、オレ達が事を起こすまでにもう誰かを侵入させていた可能性はあるのだ。
オレ達は人間では走れない速さでアスファルトを駆け、警察署を目指す。
捕食者は絶対に追いつけない。
準備を整えなければ・・・。
オレ達は加速する。
バイクのように速く、とは言わないが、人間が走る時には見えない世界を見る。
流れていく景色の速さに、高揚する。
手足もなかったオレがこうやって誰よりも速く走る。
隣りを走るグズだってそうだろう。
体に閉じ込められたオレ達が走っているんだ
笑い出しそうだ。
捕食者の対策は考えてある。
とにかく時間を・・・。
ああ、走るのは気持ちがいい。
なんて気持ちいいんだ・・・。
ドンッ
何かが目の前に落ちてくる音にオレ達は思わず立ち止まった。
それは目の前の建物の壁を駆け下りてきたのだ。
いや、正しくは目の前のマンションの屋上から、各階のベランダの手摺を階段みたいに飛び降りながら降りてきたのだ。
体重や落下の衝撃をまるでなかったかのように殺していた捕食者のような神業ではなかったが、膝を曲げて衝撃を殺して着地するコイツが普通じゃないのはわかった。
マンションのを駆け下りてくるんだからな。
異常な身体能力だった。
ソイツが誰なのか自己紹介がなくても知っていた。
シャープな容姿、鍛え上げられた美しい肉体。
立ち上がりながら、腰から吊した山刀をケースから抜く。
手にした山刀はオレ達と同じ二刀流だ。
濡れた髪が顔に張り付いていた。
彫られたように美しい筋肉が、上半身に何も着ていないため露わになっていた。
その身体も濡れていた。
履いてるハーフパンツからは雫がたれていた。
泳いできたのだ。
たった一人で。
オレ達の注目を集めないように。
ヘリコプターは陽動だったのかもしれない。
「従属者」
それがソイツの正体だ。
捕食者が飼ってる死なない奴隷。
でもオレ達と同じで殺す方法はある。
オレは忌々しく吐き捨てる。
どうする、どうする?
かんがえなければ。
「何で?」
突然、信じられないような声を出したのはグズだった。
その声の悲痛さに、思わずグズに目をやればグズは紙みたいに白い顔をしていた。
「何でだよ!!何でお前がここにいるんだよ」
グズが悲鳴のように叫んだ。
知っているのか?
「殺しに来た」
そのまだ少年のようなあどけなさを隠しきれない従属者は悲しそうにそう言って、山刀を振り上げた。
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