143 / 156
V.S 7
私は少年を見下ろした。
少年の頭部は胸から上しかない胴体に辛うじて繋がっているだけだった。
肉片達は蠢きながら集まって来ている。
これでは再生に数時間はかかるだろう。
少年の戦闘能力を当てにしていただけにこれは痛い。
・・・あの男の読みが外れるとは。
ここで、少年は主犯格の「ダルマ」と「迷子」を処理するはずだったのだ。
能力的には何の問題もなかった。
私は少年を抱き上げた。
肉片達が蠢きながら、私の身体を伝って少年へと集まって行くのは不快だったが、抱き上げずにはいられなかった。
いつも外見だけは大人びてみえる少年は年相応に見えた。
目を閉じ気絶していている無防備さに、思わずその髪に指を伸ばす。
「バカが・・・」
つぶやいてしまう。
あんな男のためにここまでするのか?
毎回毎回、ボロボロになりながら。
おそらくダルマは自分の頭だけは吹き飛ばないように調整された爆弾を使ったのだろうが、それは少年の首を吹き飛ばしていた可能性は十分にあった。
少年が死んでいたら、と思うと私は少年を抱き上げた腕に力を入れずにはいられなかった。
「出来もしないのに、バカが・・・」
無理だったのだ。
この少年には無理だったのだ。
何の躊躇いもなく友達を殺すなんて、出来るはずもなかったのに。
わかっていたのに。
男の為であれ、正義のためであれ、少年には「なんの躊躇いもなく殺す」ことなど出来たことなどないのだ。
「命令」を理由にそれが出来る私や、壊れ腐りきったあの男とは、この少年は違うのに。
「・・・すまない」
少年が起きていたならば絶対に出ない言葉を吐き出す。
殺してやれば良かった。
あの男に少年が捕まったその日に。
あの男が少年に強いるどんな酷いことよりも、今日あの男が強いたことは酷かった。
「友人を殺せ」
あの男はそれをあえて少年にさせたのだ。
おそらくは嫉妬のためだけに。
今、ここでこの少年をころしてしまおうか。
男が来る前に。
言い訳は出来る。
「迷子」が殺したと告げればいいだけだ。
私はアスファルトに刺さった鉈に目をやった。
少年の前髪をかきあげてやる。
少年は眠っているようだった。
このまま眠らせてやりたかった。
男に人間を虐殺する様子を見ることを強要され、戦闘の前面に立つことを強いられ、離れることを許されず、友人さえ殺すことを強いられる。
ああ、殺してやりたい。
どんな思いで友人に刃物をむけたのだ?
出来るわけなどないくせに。
そんなことなど、あの男にだってわかっていたはずなのに。
抱き締めながら、頬を撫でた。
指先であどけなく閉じられた唇をなでる。
君を殺してやりたい。
もう終わりにしてやりたい。
友人を斬りつけたとき、どんな痛みを感じたのだ?
可哀想に。
強く抱きしめた。
だけど、もうその時間はない。
私はゆっくりと少年をアスファルトの上に横たえた。
私の上着を敷いたその
上に。
沢山の虫が集るように肉片が集まっていく。
そして、ゆっくりとあの男がこちらへ歩いてくるのが見えた。
男はポケットに手を突っ込んだまま、少年を見下ろしていた。
男は奇妙に表情のない顔をしていた。
どこかいつも邪悪な表情を滲ませている美しい顔は、その表情がなければ作り物のように透明で美しかった。
「グール共は逃げ出した」
私は地面に置いたライフルを拾いあげた。
男は無表情に頷いた。
何を考えている?
どうせろくなことじゃない。
少年が失敗することさえ、織り込み済みの可能性さえあるのだこの男は。
「・・・死んでいたかもしれないんだぞ」
私は言わずにはいられなかった。
一応、全てを男に報告しながら私は銃をグールに向けて撃ったのだ。
男を下ろした後、そちらにグール達が注目している間に地上に降下し(ロープでおりた。男みたいには飛び降りない)、屋上から少年のカバーに入るつもりだったがタイミングがまにあわなかった。
少年が弾け飛ぶのを見た瞬間、自分の中で何かが壊れ、反撃が遅れたのは男には言わない。
だが、男はそれさえ知っているはずだ。
「それはグールの方も同じだったはずだ。頭まで吹き飛ぶかどうか賭けたんだ。そんなモノまでは僕でも読めない」
男は感情のない声で言う。
私はもう何も言わない。
危険だからだ。
この男の気分一つで私は殺されるのだ。
黙って散らばっていた少年の手足を集めていく。
手足には触手が生えて、ずるずると少しずつ移動してきてはいたが、近くにしてやる方が早く再生するからだ。
腹の辺りが一番ひどくバラバラになっていた。
腸が千切れ飛んでいる。
抱きつかれたダルマの腹に爆弾が仕込まれていたからだろう。
腕を拾い上げる。
並べてやる。
ハーフパンツを履いた腰から下を拾い上げた。
それも並べた。
胴体からも触手が伸び、それが腕や腰から伸びた触手と絡み合う。
そこへ、飛び散った細かい肉片達が蟲のように蠢き、それらも触手を伸ばしていく。
ぞっとするような無気味な光景だった。
だが、これは少年だ。
そう思うだけでその光景が受け入れられるのは「不味い」と私は思ってしまった。
でも、もう遅い。
私はとっくに自覚していた。
決して深入りしてはならない少年に、入れ込みすぎていることは。
「起きろ、ガキ。・・・失敗したな」
淡々と男は少年を見下ろして言った。
何を考えているのかわからない。
わかりたくもないが。
その声に少年が目を開けた。
男の声はどんな状態でも少年には届くのだ。
少年は男をまっすぐに見上げた。
その瞳から涙が零れていく。
「・・・・・・ごめん・・・ごめん・・・出来なかった」
苦しげに少年は言った。
男はその言葉に微かに笑った。
いつもの残酷な笑みでも、少年にだけ見せるちょっと意地悪で、でも照れたような笑顔でもなかった。
信じられないことに。
その笑みは・・・。
有り得ないことに。
聖母のようにすら見えたのだった。
「気にするな」
男は優しく言った。
それは本当に優しく聞こえたからこそ・・・、この嫉妬の塊のような男が、他の男を殺すことができなかった少年に出す声とは思えなかったからこそ、私は不安になった。
ともだちにシェアしよう!