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V.S 10
「ボクと行く気になった?」
パジャマの声だ。
僕は再生しているガキの隣りに横たわり、髪を撫でているうちに眠ってしまったんだな。
僕の夢に侵入してきたか。
パジャマのヤツめ。
夢の中でしっかりと目を開ける。
奇妙な言い方だが、目覚めてしまえばパジャマはやってこない。
ヤツと話すためには眠りの中に深く入るしかない。
「お前と何故僕が行かなきゃいけないんだ」
僕は冷たく言い放つ。
「ボクといれば、君は君自身を否定しなくていい。彼を傷付けて苦しんだり、彼のために本当になれもしない【正義の味方】をやってみたりしてるだろ、君は。でもどんなに君が頑張ってもどうせ君は彼を傷つけるし、君はそんな君を赦せなくなる。もう、いいでしょ?」
パジャマは優しい声で言った。
「好きなだけ殺して、好きなだけ人間をいたぶって
この世界を壊せばいい。君はもう人間じゃない。人間の規範に縛られる必要はない。君だってそう思っているんでしょ?・・・いや、君が人間だったことなんて・・・もとからなかったんだし」
パジャマの言う通りだ。
僕は作り出された時から、人間ではなかった。
人間の欲望のために作られた人形だった。
人間の欲望の捌け口となり、役に立たなくなったら破棄されるだけの。
僕の大切な恋人は役にたたないから、使える内臓を抜かれて殺された。
僕と同じで人間じゃなかったから。
そこから僕は人間に同じことをやり返している。
人間を楽しむためだけに使っている。
苦痛を味合わせ、その死体を快楽の道具にして。
それのどこが悪いかなんて、僕には全くわからないのだ。
でも、ガキが。
ガキが。
ガキのために。
殺せなかったと泣くガキ。
そのガキに怒りも感じる。
何故僕のために殺してくれない?
僕以外なんてどうでもいいだろ?
それと同時に泣き苦しむガキに胸が痛くなる。
泣かせたいんじゃない。
苦しませたいんじゃない。
そういうんじゃない。
優しくしたいんだ。
笑っていて欲しいんだ。
僕は。
お前に。
お前は恋人だろ?
僕の。
僕のとなりで笑っていて欲しいんだ。
「泣くほど苦しいくせに」
パジャマが言った。
僕は自分が泣いているのに気付く。
夢は厄介だ。
夢の中では嘘がつけない。
「黙れ!!」
僕は怒鳴る。
夢の中ではパジャマの方が強い。
コイツを消し去ることは出来ない。
「君が世界を守る必要はないよ。どうせ、人間は滅びる。捕食者なんていなくても。【グール】だっけ?君達が名付けたボクの子供達がいなくても」
ボクの子供達、そうパジャマはグール達のことをそう呼んだ。
そういう認識なのか。
コイツにとってあの人喰いどもは可愛い子供なのだ。
「お前は何を考えている?」
僕はパジャマに尋ねた。
この男は何を考えているのだ?
動けなかった人間達をグールに変えて。
それにどんな意味を与えているのだ?
「・・・何も」
あっけらかんとパジャマは言った。
それは本当なのだとわかった。
この男は自分が動けるようにしたあの連中が、人を喰い殺していることを何とも思っていないのだ。
「殺されることなんていつどこでも誰にでもあり得ることだよね。別に不思議でもない。それがたまたま僕の子供達だっただけでしょ」
ケロリとパジャマは言った。
僕は悟る。
生まれてから身体を動かすことすらなかったこの男にとって、ミスであれ、故意であれ、人によって死ぬ可能性の中で生きてきた男には、殺されるかも知れないことは日常だったのだ。
動けない人間について僕はそれなりに調べた。
コイツを理解するめに。
詰まった痰に気付かないふりをすれば、殺すことも出来るのだ。
尿のカテーテルが詰まっていることに気付かなかったことにすれば、それだけで尿からの感染で弱った身体を死に至らせることもできる。
この男を「生かしたい」そう願う人間がいたからこそ、この男は生きていられた。
他人の意志一つで死ぬかもしれない日常を生きていた男には殺される可能性などすぐそこにあるものだったのだ。
どこかの施設で不注意なのか故意なのか、誰かが表沙汰にもならずに死んでいるだろう。
「生かしたい」そう願う者がいなければ、それが問題になることもなく。
人が人を殺す可能性なんて。
あまりにもありふれたものでしかなかったのだ。
身を守る術を一つも持たないこの男にとって。
「ボクと行こう。君はそのままの君でいい」
僕の涙を指で拭いながらパジャマが言う。
その指は優しいことが腹立たしい。
ガキの指じゃないからだ。
欲しい指はこれじゃない。
僕はパジャマを睨みつける。
パジャマのやたらと光を乱反射する目が細められ、柔らかな色になる。
笑ったのだと知り、怒りが募る。
だが、ここでは殺せない。
現実なら、その頭を吹き飛ばす前に身体の皮を剥いで刻んでやるのに。
再生のスピードが追いつかない程速く、刻み剥ぎつづけてやるのに。
「何してもいい。ボクに。君の気がすむまで。でも、君と永遠に歩けるのはボクだけだ。彼はいずれ君を置いて死ぬ。彼は完全な不死じゃない。こんな戦いをしていればいずれ、首を落とすよ。そして君はひとりぼっちになる」
パジャマが僕の髪を撫でる。
それを止められないのは、夢の中ではコイツの方が強いからだ。
そして、僕がその言葉に驚いたからだ。
ガキが死ぬ?
僕を置いて?
そんなこと有り得ない。
ガキは僕を置いていかない。
置いていくはずがない。
何度もガキが死にそうになっても心配することはあっても、僕はどこかでガキを信じているのだ。
僕を置いてなど行かないと。
だってガキは僕を愛している。
「いずれ置いていかれる。君の恋人が君を置いて行ってしまったように」
パジャマは気の毒そうに僕に言った。
僕は。
みっともない程に動揺した。
夢の中では嘘がつけないから。
また置いて行かれることへの恐怖が僕を打ち砕く。
身体が震えてしまう。
君がいない。
君がいない。
夢でしかいない。
今度はガキがそうなったら。
嫌だ。
「ボクなら大丈夫。それに万が一いなくなっても君はなんとも思わない。そうでしょ?」
パジャマの申し出には奇妙な魅力があった。
現実では絶対にそう感じない魅力が。
これは夢だから。
「彼を離してあげよう・・・」
パジャマは僕の髪にキスして言う。
「消えろ!!」
僕はもう耐えられず叫ぶ。
この奇怪な悪夢は何なのか。
この男と話をしてはいけない。
いけないんだ!!
僕は現実にむかって手を伸ばした。
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