155 / 157

V.S18

 あの人の目が大きく見開かれた。  降り注ぐスプリンクラーの雨が不意に止んだ。  でも、まるで涙のように濡れた長い睫毛。  いや、何、もしかして・・・。  小さく震える唇。    俺は動揺していた。  俺は自分が何をしたのかわからなかった。  いや、いや、わかってはいた・・・。  身体が再生されて、身体が動くようになるとあの人がいないことに気づいた。  でも、スーツが側にいてくれた。  グール達の飛ばしていたドローンが消えた、と教えてくれた。  あの人が警察署にたった一人で向かったことも教えてくれた。   急いで向かおうとしてスーツに止められた。  あの人がどう動くのか見極めてからじゃないと、足手まといになるぞって。  で、スーツに従って、見てた。  見てたら、だ。  あの人は銃で蜂の巣にされてるし、でも、でも、それ位は計算があるんだろうってスーツが言うから俺は俺は・・・。  でもでも、なんで全裸なんたよ、血の臭いを消すのはわかるけど、なんで、俺以外に見せんの?  いや、わかるけど、ダメでしょ?    挙げ句、アイツを殺すためだけに、無敵の銃までぶっ放した上に失敗してるし!!  しかも、何身体入れ替わりさせてんの?  人を落とし入れることにかけては天才的なあんたが、何罠に引っかかってんの?     しかもなんで、俺以外の人の前でイくとこみせてんの!!!!  俺しか見たらダメなのに。  俺はスーツにさえ殺意を抱いて、スーツが入れ替わりの相手を撃ち殺さなかったなら、スーツに向かって何かしていたかもしれなかったんだぞ。  何より怒りがあった。  俺を置いていって、俺しか見てはならない身体を人にさらして、俺しかみてはいけないイキ顔まで見せて、アイツへの嫉妬のあまり、あっさり罠にかかるあの人への怒りがあった。  俺を置いて動いた理由が、俺に邪魔されずアイツを殺したかっただけなのが良くわかっていたから。  本当にこの人は!!  本当に!!  俺はあんただけだって言っているのに信じてない!!  挙げ句、罠に!!    俺にしか見せたダメなのに!!  たまたま、スーツが狙える場所に相手がいたから撃てたけと、相手が立っていた場所が少しでも違ったなら狙えなかったかもしれないのに!!  そうなっていたら!!  もう色んな感情がこみ上げて、心配とか、わかってくれないやりきれなさとか、また俺のわからないところでアイツを殺そうとするそのずるさとか、ワガママさとかに・・・腹が立ってしまったんだ。  で、思わず、かるく。  軽くだけど。  あの人の頬を、パンって。    あの人の目が。  なんで濡れてんの。  なんでそんなに震えてるの。  なんでそんなに唇を噛みしめてるの。  なんで肩を震わしてるの。  ああ。  ああ。  俺。  俺は・・・。  俺は自分がしたことに気づき、ずぶ濡れの床に膝をついて、血が混じった水が貯まった床に額をこすりつけた。  「ごめんなさい!!!」  俺は叫んだ。  なんてことだ。    なんてことだ。  俺は、俺は・・・。  俺は恋人に手を上げてしまった。  俺は恋人に暴力を!!  俺は最低だ。  「僕を叩いた・・・」  あの人が小さい声で言った。  俺の胸が凄まじく痛む。  何、これ。  苦しい。  苦しい。  「お前が僕を叩くの・・・?」  小さな声は震えている。    俺は顔が上げられない。  水の貯まった床に顔をつけて、このまま死んでしまいたい。  俺は。  俺は。  この人を叩いてしまった。  「・・・ダメだろ、恋人を叩いたら・・・」  ちょっと離れたところにいるアイツが言う。  煩いとも思うが、その通りなので何も言えない。  「僕を・・・叩いた・・・」  あの人の声があまりにか細いから・・・俺は恐る恐る顔をあげて、胸が締め付けられた。  あの人の頬に涙が伝っていたのだ  「ごめんなさい!!」  俺は叫んだ。  頭をガンガン床に打ちつける。  どうすればいいのかわかんなくなったのだ。  「血でてんぞ」  その証拠に俺を殺そうとしていたはずのアイツに心配されていることさえもうどうでも良くなっている。     俺だけは、俺だけあんたを傷つけたらだめなのに。  俺は、俺は。    あの人が泣いてて、俺のせいで、俺はもう飛びついて抱きしめるしかなかった。    「ごめんなさい。ごめん。ごめん。叩いてごめん。許して。お願い許して」  俺は必死で叫ぶ。  必死でその身体を抱きしめるしかない。  「僕を叩くなんて・・・」  あの人が俺の胸の中で震えてる。  ああ、なんてことをしてしまったのか。  「・・・ちゃんと謝れよ」  アイツの心配そうな声。     煩いよ。  いや、でもその通りだ・・・。  俺の恋人を俺は絶対に傷つけてはいけなかったのに。  「愛してる。許して・・・ごめん。ごめんなさい」  俺は抱きしめて、必死であやまる。    「お前は・・僕を叩いたらダメだ・・・」  あの人が俺の胸の中でしゃくりあげる。    「うん。うん。ゴメンね、ゴメンね。俺が悪かった。本当にゴメンね」  俺はあの人の髪を撫でながら言う。  この世界で俺だけはあの人を傷つけないモノでいたかったのに。  「ダメなのに・・・」  そう言って泣くあの人を俺は抱きしめる。  抱きしめるしかない。  「しっかり謝れよ」  アイツの声。    煩い。    でもその通りだ。  愛しくて可愛い俺の恋人。   傷つけてしまった・・・。  「・・・お前らおかしいだろ?この化け物がお前らの目にはどう見えてんだ?」  心の底から呆れたような声がした。  

ともだちにシェアしよう!