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第20話
結局、桃花鳥に付き合って、そのあと、一時間ほど、演奏を聴くことになった。
素晴らしい演奏ではあったので、耳は幸せだ。気になることと言えば、啓司が戻ってこなかったことだった。
(家関係で何かあったのかも知れないし……)
とりあえず、なにかあればスマートフォンに連絡が来るだろう。連絡先は、交換していた。桃花鳥に礼を告げてから、音楽室を出ることにした。
「先生、素敵な演奏を聴かせて下さってありがとうございます……でも、子供達の前で、絶対にピアノソナタの第二番変ロ短調は聞かせないで下さいね」
改めて念を押したが、桃花鳥はどうにも解っていなさそうな顔をしている。
「僕たちも帰ろう。食事の時間になってしまうからね。先生、ありがとうございます」
飛鳥井たちも、礼を告げてから、出る。音楽室を出るタイミングが一緒になったが、確かに夕食前なので仕方がない。
「鳩ヶ谷くんは、大分、集中して聞いてたね」
飛鳥井が後ろから声を掛けてくる。無視すべきか、少々迷った。世間話くらいには、応じても良いかもしれない。それに、今間は、明確に啓司側に付いたのだから、手出しをすることはないだろう。
「ピアノが好きだから。僕は、弾かないけど」
「そうなんだ、聞く専門なんだね。……この間は、断られたけど、コンサートのチケットがあるのは本当なんだよ。うちの、親戚が、オーケストラを持ってるから」
「そうなんだ」
「タダ券を山ほど送ってくるから、困ってるんだ……連休で、自宅に帰るときなら、どう? ああ、一緒じゃなくて、鷲尾くんと一緒に行ってきてって言う意味だよ。僕は、あのとおり、寝ちゃうから」
はは、と飛鳥井は笑う。この間とは、少し様子が違う。なんとも、不気味な感じもしたが、これが『啓司に着いた』ということなのかも知れない。それならば、啓司に着いたというのは、身を守るためには、良い判断だったと言える。
「休みのときとかならいいかもしれないけど……でも、遠慮しておく」
「ええっ? なんで? 人助けだと思って受け取ってよ。僕たちが行ったら、あとで怒られるよ。寝に来たのかって」
取り巻きたちも、皆、眠そうだった。
「いや、大丈夫でしょ。寝てる人、結構居るし」
「……鳩ヶ谷くんは、そんなに僕の事を警戒しなくても良いでしょう……? 僕だって、鷲尾くんに睨まれたくはないよ」
なあ、と周りの取り巻きたちに声を掛けると「当たり前です」「鷲尾さんを敵に回す人は居ないですよ」と口々に言う。
なんとも、拭えない嫌な感じがある。
「ああ、そうだ。ルカ先生と、英語の勉強会をやってるって聞いたけど。……僕は、英国に留学していたから、英語も得意だよ。ぜひ、……」
飛鳥井は、しつこい。
先ほど、『啓司に着いた』ことで何かを諦めたのではないかと思ったのは、勘違いだったようだ。
「そろそろ、夕食でしょ。食堂に行こう、飛鳥井くん」
強引に、会話を打ち切って、食堂に向かう為に歩き出す。
「まったく」
背後から、飛鳥井の溜息が聞こえてきた。
「……下手に出てたのに、せっかく。この僕が」
次の瞬間、羽交い締めにされて、口が手で塞がれた。そのまま、二人がかりで抱え上げられる。暴れるが、びくともしない。
「ん……っ!!!」
放せと言いたかったが、うめき声が漏れるだけで、声にもならない。
「食事は、特別食堂を予約してあるよ。僕はね、結構、諦めが悪いんだ。それに―――」
飛鳥井が、嫌な顔をして笑っている。
「鷲尾くんが、嫌な顔をするのもいいし、鳩ヶ谷くんが、苦悶するのも、良いと思うんだ」
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