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#7 天使の不思議な力(意味深)

 カノキがシオンに話をつけてくれたおかげで、僕は今日「天使様」と呼ばれる人に会うことになった。  カノキ曰く、王国直属の天使様はとても高貴に扱われるらしく、一般人はなかなか会えない存在らしい。 「ほんと、話つけるの大変だったんだからな。ほんとに!」 「そんなに……?」  何かを思い出し絶望的な表情を浮かべるカノキの頬が、少し赤い。暑くもないのに汗まで伝っている。 「今回のことは一個貸しな! 今度ちゃちゃっと身体で返してくれれば良いから」  ニカっと明るく言うカノキを見て、僕はぞーっと背中に冷たい汗が流れるのを感じた。 「それは返せないって」 「ちっ、ミコトはケチだなぁ」  カノキと長い長い螺旋階段を上がっていく。運動神経のない僕は、もう息が上がっていた。 「体力無いな、あんた」 「カノキは……元気だね」  ──っ  そう言ってへにゃりと笑う僕を見て、カノキは少し目を逸らし俯いた。 (なんだよ……この胸がギュッてなる感じ)  僕は階段を登るのに必死で、カノキの変化に気付くことは無かった。 「着いたよ」 「随分と高いところまで、登ったね」 「天使様の居場所は、空に近いほど良いんだと」 「なるほ、ど……?!」  カノキがドアを開けると、そこは── (え、何ここ?)  天使様というくらいだから、真っ白で明るい部屋を想像していたが、目の前は薄暗く、実験室にあるような鉄の棚に〝何か〟がたくさん並べられている。 「これ……な、に……?」  細長い形をした何かが、たくさん置いてある棚を見て僕は足を止める。 「あー、あんまり触らない方が良いよ。使用済のもあるらしいから」 (使用済……??)  [[rb:? > はてな]]がいっぱいの僕は置いていかれそうになって焦り、何も無いところでつまずいた。 「わっ……!」 「ちょっ……あんたっ!」  よろけた僕に凄いスピードで近づき、後ろから抱えるように支えるカノキ。  ぱあぁ── (今、目の前に一瞬、キラキラ輝く花々が見えたような……)  カノキはそのまま抱き寄せるように、僕の耳元で囁く。 「気を付けろよ。あんた、なんか弱々しくて見てらんない」  低く響く声に、背中というか、腰の方?がゾクゾクとするのを感じる。前に姉に貸してもらった、ダミーヘッドマイク収録のCDを聴いた時みたいだ……。 「ちゃんと立って、次から気をつけろよな」 「あ、ありがとう……ごめん」 「いいって、行くぞ」  カノキ、かっこいい──  カノキに手を引かれながら、僕はそんなことを思ってしまった。 「待ってたよ、ミコト」 「シオン王子……!」 「やっと来ましたか」  カノキに連れていかれた先には、シオンとヤナギがいた。ここは普通の部屋らしく、普通にテーブルや椅子も置いてある。  カノキはなんだか落ち着きがない様子だ。 「みなさん、お揃いですね」  ちょうど現れたのは、天使様……というにはあまりにも普通っぽい人だった。  無造作に三つ編みされたピンク色の長い髪、メガネのレンズ越しに見えるその眼差しは、とても優しい。 「ミコト、話は聞きました。私の名はクレオ。安心してください、あなたに神の声を授けます」 「は、はじめまして……」  神に使える高貴な人に会ったことのない僕は、緊張しながらぺこりと頭を下げる。 「彼は、こことは違う世界から来た言っている。その件について知っていることはあるか?」  椅子の肘掛けに優雅に肘をつき問うシオンは、とても王子様らしい。 「そうですね……度々そのような方が、この世界に紛れ込むという話は聞いたことがあります」 「本当ですか?!」  僕は思わず身を乗り出す。 「会ったことはあるのかい?」  シオンの問いに、クレオは黙って首を横に振った。 「あの……僕は元いた世界に帰ることは、できるんでしょうか?」 「君は帰りたいのですか? ミコト」 「はい!」  僕は大きく首を縦に振った。  それを見てシオンは、ふっと小さく笑う。 「カノキが何か余計な事でも喋ったのかな」 「いえっそんな事は……」  オロオロとしたカノキの姿は、僕と2人で居る時と随分違って見える。 「帰りたい、本当に?」  念を押すような言い方。クレオの視線が少し鋭く感じて、僕は言葉を返すことが出来ない。 「帰りたくなくなると思いますよ、そのうち」  メガネのレンズから覗く赤い瞳。この人には何が見えてるんだろう……。 「……では、神に聞いてみましょう」  クレオは目を閉じ大袈裟に手を広げ、天を仰いだ。 「──5人の人物が見えます。ミコトはその方達にときめいて、恋に落ち、溺れる。そして……」  クレオの目が、細く開く。 「セ●クス」 (セ●クス?!)  驚いてキョロキョロと他の人を見るが、何故か僕以外、特に変わったリアクションはとっていない。 「以上です」  優雅な仕草で手をおろすクレオ。 「なるほど」  顎に手を当て、冷静に考えるような仕草をするシオン。 「ふーん、セックスか」 「カノキは少し隠して!」 「え?」  何が?というように振り返るカノキ。 「他に情報は無いのだな」  シオンの問いにクレオは静かに頷く。 「ミコトは、危険な人間ではありません。私が保証します。しばらく城に置いてあげてはどうでしょう?」 「そうだな……天使が言うなら違いないだろう。では私達は執務室に戻る。ヤナギ!」 「はっ!」  ヤナギはシオンをお姫様抱っこの要領で抱き抱えると、部屋を出て行った。 「従者っていうのは、大変そうだな……」 「うん……」 「俺たちも行くか」  カノキと僕も部屋を去ろうとすると、クレオに呼び止められた。 「良ければこれ、差し上げます。はい、手を出して」  言われるがまま出した僕の手に置かれたのは……。  ヴゥーーーーー  明らかにアレの形をした細長い棒が、激しく振動している。 「えっ……」 「カノキ君もどうぞ」 「俺は、そういうの使わないタイプだから、いらないです」  はっきりと断るカノキ。  僕は生き物のようにうごめくそれを見て、部屋の入り口に並べられていた細長い棒たちを思い出す。 (もしかして、アレ全部……) 「あぁ、使い方が分からないですよね。これは玩具です。ココにスイッチがありますから。振動の強さもリズムも、好きに変えられますよ」  ニコッと微笑むクレオ。  現物は初めてだけど、流石の僕でもコレが何かわかるこの形状。この世界に電池とかいう概念無かった気がするけど、一体何の力で動いているんだろう……。  僕の心の声が聞こえてるかのように、クレオは言葉を返す。 「それは〝天使の不思議な力〟で動いています。天使は代々、皆様のためにこれらを作るのが主なお仕事ですから」  どんなお仕事だっ──! 「俺はこんなのが自分に入ってると思っただけで、おぞましいんですけどね」  ぶるっと体を震わせるカノキに、クレオはにこやかに答える。 「それならカノキ君には、こういうのがおすすめですよ。ビーズみたいに丸いのが連なっていて、初心者におすすめです。今度試してあげましょうか?」 「け、結構です……」  カノキは丁重に断るが、ポケットに無理矢理入れられている。「大丈夫です。新品ですから」という何が大丈夫か分からない言葉と共に。 「じゃ、じゃあ行くぞ、ミコト」 「う、うん……」 「また、いつでも来てくださいね。使い方教えますし、使って差し上げます……!!」  明るく手を振って送り出してくれるクレオを背に、僕達は部屋を後にする。僕がまたこの部屋に来ることは、あるのだろうか……? 「ふー、良いですねぇ」  心臓のあたりで手をグッと握り、意味深に微笑むクレオ。 「これから色々と楽しみです」 ── ─ ─ 「カノキ、この玩具どうする?」 「俺は誰かにあげるよ。欲しい人いっぱいいるだろうし、俺は使い慣れてないからなー。ミコトは部屋にでも飾っておけば?」  僕の初めての玩具は、部屋のインテリアとなった。

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