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#16 こんな状況だからこそ
(はぁ、気が重いなぁ……)
僕はカノキに手を引かれ、シオンの執務室の前まで来ていた。ドアの前に立つと、僕の手をぱっと離すカノキ。
「ご主人様ー! ミコトを連れてきましたー!」
………。
ドアの向こうから返事はない。
「あれ、おかしいなぁー」
カノキはコンコンと何度かドアを叩くが、反応がない。
「……まさかな」
カノキは何かを察してドアに耳を近づけた。
「カノキ、どうしたの……?」
ドアに聞き耳を立てているカノキの顔色が、徐々に悪くなっていく。そばにいた衛兵が、こっそりとカノキに耳打ちした。
「カノキ様……その、シオン王子から〝気にせずそのまま入れ〟と言われておりまして……」
「まーじで? なんでよ!」
「わたくしには、分かりかねます……」
そう言って、何事もなかったように定位置に戻る衛兵。
「カノキ、いったい何が……」
「はぁ……仕方ないなぁ。ミコトは、あんまり見ない方が良いかも」
カノキは執務室のドアを開けた。
「誰もいない……?」
キョロキョロと見回す僕の肩を持って、奥のドアへ向かうカノキ。
「多分こっちだよ……」
カノキがそうっとドアを開けると──
クチュ グチャ……
艶かしい水音と搾り出すような声。
そこには、大きなベッドの上で、四つん這いのシオンと、後ろから突くヤナギがいた。
「あっ、はぁ……ミコトっ……」
切なく僕の名前を呼ぶシオン。
「あの……一体どういうことですか?」
カノキの声は、かなり冷たい。
「あぁ……ダメだ、私はヤナギにこんなことされて満足しているはずなのに、こんな時でさえミコトを求めてしまう……一体どうしてなんだ」
シオンは僕の方に手を伸ばしているが、衝撃的な状況に、僕は身体が全く動かない。
「シオン様、やはりこれは……」
「あーだめ、やめないでヤナギ、私は自分の気持ちを確かめたいんだ……」
──バタン!
カノキはドアを思いっきり閉めた。
「〜〜〜あーほんとに、どういうことだよ。意味わかんないし」
シオンの執務室のソファでうなだれるカノキ。隣の部屋からは、僅かに行為の音が漏れている。
「俺、人よりちょっと耳良いからさ、聞きたくない音聞こえまくりなんだけど……何これ新手のプレイ? 全然興奮しねー!」
早口でまくしたてるカノキを、僕はなだめようと手を握ってみる。
──ドキッ
「大丈夫? カノキ」
「あ、うん……ごめん、テンパリすぎた。ミコトこそ大丈夫か?」
「うーん、まぁなんとか」
僕はあいまいな笑みを浮かべて誤魔化す。
「それにしても、ご主人様は何を考えているんだか……呼ばれてきてるから、帰るにも帰れないし」
カノキの顔が赤い、シオンとヤナギの行為を見てしまったからなのか、今も続く情事の音が聞こえすぎているからなのか……。
「なぁ、ミコト、ちょっと変なことかもだけど聞いても良いか?」
「ん?」
カノキが僕の目を見る。よく分からない状況なだけに、目が合うだけで変に緊張してしまう。
「その……ご主人様としたのは、ファーストキスか?」
「あー……うん、そうなる、ね」
こんな時にカノキは、何でそんなこと──
「──!」
瞬間、僕はカノキに唇を奪われていた。
「──っはぁ、俺みたいな奴がファーストキスだったら悪いと思ってたけど、もうしたんなら良いよな」
「それはっ──」
僕の返事を待たずして、またキスされる。
ドア一枚向こうでは、シオンとヤナギがヤっている。その事が頭をよぎるが、ぐちゃぐちゃになった気持ちをさらにかき乱すように、カノキの舌が僕の舌に絡まる。
んっ んちゅ くちゅ
徐々に深くなっていくキスは、僕の思考をどこかへ飛ばす。
「んっ……ごめんっ、でも、やめられないよ、ミコト……」
力が、入らない──
シオンとの時はびっくりし過ぎてあまり覚えていないけれど、カノキのキスは多分……凄く上手い。
煽られるような舌の動きに、僕は思わず舌を絡め返してしまう。
「……ふっ、ミコトやればできんじゃん」
至近距離でカノキが笑う。
(カノキって、こんな可愛かったっけ……?)
顔が熱い。多分赤くなっている。手慣れた様子のカノキが、今はちょっと羨ましい。
「……ほんと、こんな状況じゃなかったら、犯してるのにな」
耳元で低く呟かれると、背筋がゾクっと反応する。
(僕、男なのに……男とキスして興奮してる……)
「あの、カノキ……」
「何、もう一回ちゅーしたい?」
悪戯っぽく聞いてくるカノキに、僕は照れながらも小さくうなずく。
「──!」
カノキの目が僅かに見開いた。
「ばか……本気にするだろ……」
僕達はまた、唇を重ねた。
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