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秋祭り②
奏の表情が変化する。
動揺しているように見えるが、響は構わず続けた。
「奏のこと、俺何も分かってなかった。
分かったつもりになってただけだった。
……きっとこれからも、こんな風に奏が勇気を出して打ち明けてくれない限り、俺は奏の抱えているものに気付けない。
奏のことになると、俺すごい鈍感になってしまうから。
だから——奏のこと、もっと教えてよ」
響が言うと、奏は
「馬鹿じゃないの」
と呟いた。
「俺のこと、好きじゃないんでしょ?
男の身体になんて触りたくないでしょ」
「奏のことは人としても尊敬してるし、友達としても大事な存在。
恋愛対象としては……正直まだよくわからない。
わからないけど、奏に触れるのは嫌じゃないよ」
「……触りたいって言ってるのは、俺のことが可哀想だと思ったから?」
可哀想?
——同情だけじゃない。
それだけだったら、触りたいだなんて言葉、口から出てきたりはしなかった。
じゃあ、この感情は何だ?
違和感だらけの、俺が今抱いている気持ちの正体は——
「……可哀想だから、じゃない。
奏のこと——可愛い、って思ったから……」
「……え……」
響はいつのまにか、自分の身体が熱くなっているのを感じた。
「奏を見てると、可愛いって感じることが沢山ある。
焼きもちを妬かれたのも、理由がわかるまでは奏の言動がうざいなって思ったりもしたけど……
嫉妬だって知ったら——なんだか途端に可愛く思えてしまって……」
「……」
訝しげな表情を向けられた響は、だんだんと恥ずかしい気持ちが生まれてきた。
俺はいったい、何を言って——
「……っ!——とにかく、俺も気持ちの整理がついてないんだよ!!
だから心の感じたままを話してるつもりなんだけど、悪い!?」
なぜか奏に対して逆ギレのような態度を取ってしまった響。
奏は暫くぽかんと口を開けていたが、ゆっくりと響の手を掴んだ。
「……よく分からないけど……。
響がほんとに俺に触りたいって思ってくれてるなら、じゃあ——ピアスのとこ、触って」
響は、奏に掴まれたままの指先を、奏の胸元に持っていった。
優しい力で、ピアスの付いた頂にそっと触れる。
「——ッ」
奏が息を呑む音が、境内の闇に溶けていく。
それから、はぁ……と息を吐く音が聞こえ、響は思わず奏の表情を伺った。
奏は顔を背けていたが、暗闇の中でも分かるほどに頬を真っ赤に染めていた。
響が指の腹で突起を撫でると、奏はびくりと身体を揺らし、また切なげなため息を溢した。
今度は親指と人差し指を使って、ピアスごと乳首を摘んでみると、奏はいっそう身体に力を入れる様子を見せた。
「ぁ……」
ほんの僅かだが、奏の喘ぐ声が響いた。
「……可愛い」
思わず響は呟いた。
すると奏はハッとした様子で真顔に戻り、
「何?」
といつもの調子で聞き返してきた。
「今、声出たでしょ」
「出てない」
「本当?」
響は身体を屈ませると、今度は舌で乳首を舐めた。
響の舌先にピアスの冷たい感触が伝わってくる。
「ッああ……っ!!」
境内に、一際大きな声が響いた。
その瞬間、奏は恥ずかしそうに両手で顔を覆った。
「奏。今、どう感じた?」
響は顔を上げて尋ねた。
「……どう、って……?」
顔を覆いながら、奏が問い返す。
「怖くなかった?……嫌な気持ちはしなかった?」
「……怖くも、嫌でもなかったよ」
「良かった……」
響は、自分が奏の母親のように、奏に新たなトラウマを与えてしまっていないかと不安に思っていたが、
奏が漏らす声と反応から、拒絶はされていないと感じた。
しかし奏がきちんと言葉で「嫌ではない」と示したことで、ようやく響はほっとすると
「なら、続けるね」
と口にした。
「ん——んんッ」
先ほどよりも長く、緩急をつけて乳首を舐めると、奏は激しく身体をよがらせた。
その拍子に響が顔を離すと、僅かな月の光に照らされて、奏のへそピアスがきらっと反射した。
「ピアス——こっちもだったね」
「え。あ——」
響は膝立ちになり、奏のへそに舌を捻じ込んだ。
「ん……ッ!!」
ピアスの奥に隠れた穴の中に舌を潜らせると、奏はひくりと身体を震わせた。
「……だめ……」
「なんで?」
「……あ——」
奏はぶるりと身体を震わせ、それに合わせて穴の中のヒダがひくひくと動いた。
「へそ、感じてるの?」
「……聞かないで」
「奏のこと、教えてくれるんじゃなかったの?」
「……うぅ……。
——くすぐったくて……変な感じ。
でも……気持ちいい……気がする」
奏が気まずそうに答えると、響は
「『気がする』?」
と言い、へその奥まで舌を差し込んで突いた。
「あぅ——」
奏の口から、少女のような高い声が漏れる。
いつもの冷めた声ではなく、温度を感じる声だった。
「その声、好きかも」
響はそう言ってヘソを舐めながら、片手で奏の乳首を撫でた。
「は……ぅ」
奏が再び声を漏らすと、響は奏を見上げて微笑んだ。
「奏のおへそ、可愛いよ」
「……はぁ……?」
「奏の乳首も、可愛い。
恥ずかしがってる声も、真っ赤になってる顔も、全部全部——可愛い」
響がそう言うと、奏は顔を赤らめながら、膝立ちになっている響を見下ろした。
「……響」
「うん?」
「俺のわがまま、聞いて……」
「言ってみて」
「俺も、響に触りたい……。
——だめ……?」
「いいよ」
響は即答すると腰を上げ、迷わずシャツを脱いでみせた。
「触ってくれる?」
「……いいの?」
奏は戸惑いながらも指を伸ばし、響の乳首に触れた。
「……っ」
響の呼吸が僅かに乱れる。
「響の胸は、俺のと違って綺麗だね」
「でも、奏の胸の方が可愛いよ」
「っ!」
響が不意に奏の乳首を触ると、奏は驚いて半歩下がった。
「俺に触りたいんでしょ。もっと近づいてきてよ」
「!あ——」
響は奏に半歩詰め寄ると、そのまま奏の身体を抱きしめた。
前に寝室で抱きしめた時と異なり、互いに衣服を着ていない肌から、直に体温が伝わってくる。
どちらも熱を帯びたように熱く、秋の森の中にいるのに寒さをまるで感じない。
「……あったかい」
奏はそう言って、響の背中に腕を回した。
「それに、ほっとする」
「うん」
「それから……気持ち良い」
「……俺も」
響は奏の身体をぎゅっと抱きしめながら、思った。
全然、嫌じゃない。
男同士だとか、そんなこと——今は何も気にならない。
自分の身体が驚くほど奏の身体を受け入れているのが分かる。
自分の腕の中にいるのは、『同性としての奏』でも『友人としての奏』でもない。
大切で、守りたくて、理解して受け止めてあげたい——
友人より、もっと特別な存在だ。
二人が身体を寄せ合ったまま、暫くそうしていると——
「そこで何してるんですか」
「!?」
響と奏が咄嗟に離れるのと同時に、こちらに向けて眩しいライトの光が当たった。
「……えっ、どっちも男……」
ライトを当ててきたのは、服装からこの神社で働いていると思われる男性だった。
「酔っ払いかもしれませんけど、ちゃんと服は着てくださいよ?」
「あ……」
「うちの神社に変態が出たなんて噂が広がったら、縁結びのお参りに来る女性が減ってしまいますから」
「……すみません」
響は神社関係の男性に頭を下げると、急いでシャツを着込んだ。
奏も遅れてシャツを着たものの、男性は監視するようにこちらにライトを向け続けている。
「……下、降りようか」
響は奏を促して、神社から出ることを提案した。
「……気持ちわりぃ」
二人が境内の出口、鳥居の方へ歩き始めると、背後から男性の呟きが聞こえてきた。
「足元、気を付けて」
「暗くてよく見えない」
「じゃあ俺につかまってて」
「わかった」
——二人は手を繋いで階段を降りて行った。
階段を降り切った後、人通りの多い屋台に出た後も、その手を離すことはなかった。
すれ違う人の中に、こちらの手元を見てくる者もいた。
しかし今の響にはまったく気にならなかった。
気持ちわりぃ。
男性の言葉が頭の中にこだましている。
だからなんだ。
あんたは俺のことを知ってるのか。
奏のことを知ってるのか。
俺は俺たちのことを気持ち悪いなんて思わない。
——速水右京は、屋台で買った食べ物や、景品でもらった水風船を両手いっぱいに抱えて旅館への道中を歩いていた。
明日も撮影があるのに、つい浮かれて長居してしまったことを反省しながら足早に進んで行くと、自分の前に二人の人影が見えてきた。
「あれ?響と奏さ——」
声をかけようとして、速水は押し留まった。
響と奏が手を繋ぎながら歩いて行く姿を目にした速水は、
「……なるほどなあ」
と一人溢し、焼きとうもろこしにかぶりつく。
そして心の中で考えた。
今、同じタイミングで旅館に入るのは向こうも気まずいよな。
うーん……。
……よし。
屋台、もう一周してから帰ろっと!
部屋に戻ると、響はドアの鍵をかけ、奏を再び抱きしめた。
——もし、さっき神社の人が見回りに来なかったら、あの後俺たちはどうなっていただろう。
『触れたい』と口にしたけれど、それより先のことは何も考えていなかった。
ピアスのところに触れて欲しいと言われて、奏が感じているのを見て、気付いたら奏に触れる手が止まらなくなって——
でも、この後のことは……どうしたら——
響が頭をぐるぐる回しながら抱擁していると、奏が口を開いた。
「……夢を見てる気がする」
「え……?」
「身体がふわふわしてるような、変な気持ち。
心臓はずっと激しく鳴ってるのに。
こんな感覚は初めてだから、もしかしたら俺は今、夢の中にいるんじゃないかって思う」
「夢だとしたら、俺も同じ夢を見てることになるよ」
響は奏の耳元で
「お揃いだね」
と囁いた。
「……っ」
奏の身体がぞくりと震えたのが、ぴったり重なった肌越しに伝わってくる。
「響。もう少し、このままでいていい?」
「——いいよ。奏のワガママには慣れてるから」
「……ワガママだと、響は俺のこと嫌いになる?」
「ううん。俺にワガママを言う奏のこと、可愛いって思う」
奏は何も答えなかったが、響の肩に頭を擦り付け、嬉しそうであるのが見てとれた。
「……じゃあ、さ……。
もっとワガママ——言ってもいい?」
「いいよ」
「……キスしたい」
奏は顔を上げ、響を見つめた。
長いまつ毛の奥で、不安そうに潤んだ瞳がじっとこちらを見上げてくる。
白い肌が紅をさしたように赤く染まり、中性的な顔は儚げな少女のようにも見えてくる。
——奏が華奢で女っぽい顔立ちだから、男同士という抵抗感を減らしているのだろうか?
いや、たとえそうであっても
奏と容姿が似てるだけの他人ならばこんな気持ちにはならない。
奏が男でも女でも、奏じゃなければこんな風に感情を掻き乱されたりはしない。
俺は如月奏という一人の人間に翻弄されて——もう夢中になっているんだろうな。きっと。
響は、期待した瞳で見上げてくる奏と顔を近づけ、唇を重ねた。
薄い唇から、奏の熱が伝わってくる。
やっぱり、嫌じゃない。
それどころか——
「……んぅっ!」
奏は驚いたように目を見開いた。
響の舌が口の中に入ってきたことに戸惑っている様子だった。
「……ん……んん」
どうすればいいかわからない、といった様子で奏の舌が離れていこうとしたが、
響はそれを許さず奏をつかまえて絡めた。
焼きもちなんて妬く必要ないよ。
奏にしか、こんなことはしないから。
俺がちゃんと行動で示してあげたら、奏は安心できるはずだから——まだ離してやらない。
——暫く口付けを深めていると、やがて奏が瞼を上げた。
「響……」
唇の先が当たる距離のまま、奏が言った。
「俺、こういうことをするのが気持ち良いことだって知らなかった。
……身体に触れられて、嬉しいって感じたこと、今まで無かった。
だけど……今すごく、気持ち良くて——触れられていることが嬉しい……。
だから——もっと俺の身体、触って欲しい」
『もっと』
——きっとこれ以上先に進んだら、元の関係には戻れなくなる。
もう既に引き返せないところまで来てはいるけれど。
「……セックス、する……?」
響が問いかけた。
「……響は、本当にいいの?」
奏が問い返してきた。
「セックスしたら、俺もう、響のことで頭がいっぱいになるよ。
今夜だけじゃなくて、明日も明後日も、響でいっぱいになると思う」
「いいよ」
「——さっきは俺の身体を見て同情したでしょ?
でも、この先は同情とか慰めの気持ちではしなくていいから。
響が義務感でセックスしようとしてるなら、ここでやめて」
「やめない」
響は間髪を容れずに言うと、奏の髪を撫でた。
自分のと違い、細くて柔らかい髪の毛が指の間をすり抜けていく。
「明日も明後日も、俺に夢中でいたらいいよ。
同情や慰めなんかじゃない。
奏が勇気を出して自分のことを曝け出してくれたから、俺も常識や他人の目を取っ払って、奏と向き合いたいと思ったんだよ。
昨日までの俺は、男同士ってことにばかり囚われていた。
だけどそのフィルターを外したら、他に障害になってるものは何も無かった。
だから俺、奏ともっと深い関係になりたい。
——セックス、しよう」
響はそう言って、奏のシャツを捲ろうとした。
——ふいにその手を止める。
「……電気、消そうか?」
「え?」
「もし奏が、明るいところで見られたくないって思うなら……」
「……ううん。消さなくていい。
——俺のこと、見てて」
奏はそう言って、自分でシャツを脱いだ。
神社の境内でも目にしたが、僅かに赤く腫れている乳首をピアスが貫通している様は、見ているこちらにまで痛みが伝わってくるようで胸が締め付けられる。
へその方も、乳首よりさらに太い針が通されているため、やはり痛そうに見えてしまった。
お洒落のために開ける人もいる。
自分で開けたいという意志を持って開ける人たちのことは何とも思わない。
けれど奏は、本人の意思を無視され無理やりに開けられたのだ。
それも、小学生の時に。
乳首もへそもピアスの位置が若干曲がっているのが、母親に開けられている時に抵抗をしたからだろうと想像でき、尚更痛々しくなる。
穴を開けてカスタムして、一体どんな欲を満たそうとしたのだろうか。
プールも温泉も、友人に見られて以降は人目が気になって行けなかっただろう。
学校でも、授業で着替える時には気を遣ったことだろう。
奏は周りのことなんてどうでもいい、といったスタンスであるように振舞ってきたけれど、
本当は誰にも見られたくないものがあって、それを隠すために人目を気にして生きてきた。
だから余計に、自分の秘密を暴かれる恐れのある人間同士の関わり合いよりも
音楽と向き合うことだけに傾倒していったんじゃないだろうか。
——考えたところで、奏の本音は本人にしか分からないけれど。
奏に言ってあげたい。
「俺に見せてくれてありがとう」
奏の瞳の色が変わる。
なんだか今にも泣き出しそうな表情に見えて、可愛らしいと思えた。
響は自身もシャツを脱ぐと、今度はベルトを外し、パンツと下着も下ろしていった。
布に隠されていた部分が露わになり、それを見た奏が目を丸める。
「……勃ってる……の……?」
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