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秋祭り⑤

「えっ!?」 響は驚いて振り返った。 「……入るの?温泉……」 響が誘っても、頑なに温泉に入ろうとはしなかった奏。 その理由が分かっている今、余計に響は驚いていた。 「……響が入るなら、入る」 「でも……」 「裸を人に見られるのは、抵抗があるけど……。 響は引かないで、受け入れてくれた。 だから……俺が思っているより、大丈夫かも……って思う……」 「本当に平気? もしかしたら監督や速水さんとか、知ってる人も入りに来るかもしれないけど——」 「……誰かに裸を見られて引かれることより、響に俺の裸を見て引かれることの方が怖かった。 響に見られた今なら、それ以外の人の視線には耐えられる気がする」 「……無理しなくていいんだよ? 俺もシャワーで済ませたっていいし——」 「ううん。温泉入りたい。 お祭りも一緒に回れなかったし、温泉は一緒に入ってみたい。 響と一緒に同じことを経験したい」 奏の熱意に押された響は、 「わかった」 と答えると、バスタオルを二枚取った。 「じゃあ、大浴場行こっか」 ——二人が脱衣所に来ると、着替えの入っているカゴは見当たらなかったため、今浴場には誰もいないということがわかり、奏は安心したように息を吐いた。 響の隣で、奏が浴衣の帯を外していく。 前が開き、衣の内側に隠されていた奏の肌が露わになった。 乳首とへそに刺さる太い針。 響は「行こ」と声をかけ、浴場の扉を開けた。 「……!」 奏は、恐らく初めて入るであろう大きな温泉に目を奪われていた。 早速入ろうとする奏に、響は慌てて「待って待って」と呼び止めた。 「まず、身体の汗を流さないと」 「汗?」 「うん。温泉は皆が入る場所だから、マナーとして先に身体を綺麗にしてから入るんだよ」 「……そうなんだ」 響が先に髪と身体を洗う姿を見て、奏も大人しくそれに倣った。 「ふー、さっぱりした」 響が椅子から立ち上がって室内風呂に浸かろうとすると、奏は「ねえ」と口を開いた。 「響、まだ露天風呂に入ってないんでしょ。 先に露天風呂に行こうよ」 「あ。そうだった」 奏の指摘で、響は初日と二日目に露天風呂に入り損ねたことを思い出し、今入ったばかりの室内風呂から身体を上げた。 「!——わあ……何これ」 ——露天風呂に繋がる扉を開けた途端、響は思わず息を呑んだ。 露天風呂の目の前には、人工的に造られた小さな滝が流れており、 扉がある面以外の三方は竹林や紅葉の木で自然に彩られている。 何より、雲ひとつない空の真上に満月が輝き、露天風呂の水面を煌々と照らしていた。 「……露天風呂、こんなに綺麗だったんだ」 思わず響が息を呑むと、奏も暫く見惚れていた様子だったが 「きれい」 と、響と同じように呟いた。 二人で温泉の中に入ると、少しぬるい湯加減が気持ち良く感じた。 美肌の湯と謳われる、とろりとした泉質も肌触りが優しく快適に思えた。 肩から上は、秋の風が肌を掠めていく。 「気持ち良いー……」 響はそう声に出しながら、ふと隣にいる奏を見た。 短髪の響と違い、いつも長い前髪をおろしている奏は、濡れた前髪を後ろに流していた。 如月邸では、奏はお風呂から出た後そのまま洗面所で髪を乾かすため、濡れた髪の奏を見たのは響にとって初めてのことだった。 髪をオールバックにした奏はいつもより大人びて見えて、透けるような白い肌からは薄らと色香を醸し出している。 「……何?」 じっと見られている視線に気づいた奏が、響を見つめ返す。 「あ——いや」 響は咄嗟に目を逸らしてしまった。 自分でも、なぜ逸らしてしまったのかよく分からなかった。 「……そ、奏も思うよね!? 凄く気持ち良くない?この温泉!」 「……うん。温泉に入ること自体が初めてだから他を知らないけど……温泉って気持ち良いんだね」 奏は肩までしっかり湯に浸かり、ほっと目を細めていた。 可愛くて、色気もあって、そんな奏と温泉で二人きり—— 響は、今自分の置かれている状況を客観的に見て、こんな素晴らしいシチュエーションが今までの人生にあっただろうかとすら思えた。 それでも、いつ人が入って来るかわからない。 そもそも公衆の場所だ—— そんな理性が働き、よからぬことを想像してしまいそうになるのをぐっと堪えるが、 それでも少しだけ奏との距離を縮めたくなった響。 お湯の中でそっと手を伸ばし、無防備に温泉の底に手をついている奏の指に、自分の指を絡ませた。 「っ……!」 お湯の中で、指を絡められた感触に気づき、奏が弾かれたように視線を送る。 「な、何……?」 「ごめん。少しだけでも、奏に触れたくなった」 「……こんなとこで?」 「ごめんってば。これ以上のことは、しないからさ」 響が謝りつつ、絡ませた指をくいくいと動かしていると、奏は押し黙ってしまった。 「……そろそろ、上がる?」 返事をしなくなった奏に、響が呼びかけた。 「まだ、だめ……」 奏が答える。 「え?そろそろのぼせてきてたりしない?」 「しないから、もうちょっとこのままでいて……」 「でも、奏はけっこう飲んだ後だし、あまり長風呂するのは良くない——」 「勃ってるから……っ」 奏は唇を振るわせ、顔を背けて言った。 「今、勃っちゃってるから……少し待ってて……」 「!あ——うん……」 響はそれを聞いて、申し訳なさそうに絡めていた指を離した。 まさか、指に触れただけでそんなこと—— 「もう暫く、入ってよっか——」 響がそう声をかけた時だった。 「おーっ!遅めの時間に来て正解だったなぁ。今日は割と空いてるぞ」 見知らぬ男性二人組が、ガラリと扉を開けて露天風呂へやって来た。 「うーっし、とことんのぼせるまで入るぞぉ!」 「ははっ課長。いくら露天風呂が自慢の旅館だからって、のぼせるまでは付き合えないですよ?」 「なにおぅ!?部下なら最後まで上司に付き合え!」 「仕方ないですねぇ」 中年の男と、若い男のやり取りを聞くに、会社の上司と部下だろうか。 「いやー、そちらの若いお二人さんは大学生かな?」 中年の男が声を掛けてきた。 「まさか男二人旅じゃあないだろう?」 「まさかぁ。きっとカップル二組でのダブルデート旅行とかでしょう」 「ダブルデートか。若いっていいねえ!はっはっは……」 「……」 そろそろのぼせてきた頃だった響は、先ほどまでの極楽気分から一転、背中に汗をかいていた。 今、湯を出たら、奏が勃っている姿を見られるかもしれない。 知らない人を相手に、奏のそんな姿は見せたくない。 それだけじゃない。奏の乳首とへそのピアスだって、見られたら何か言われるんじゃ—— 「……っていうか、あれぇ!? もしかしてそっちの人って、作曲家の如月奏じゃないですか?!」 若い男が、奏を見て思い出したように声を上げた。 「そうですよね!? ちょっと前、モデルの子と電撃破局してた——」 「——違いますよ!」 何も答えない奏に代わり、響がそう声を返した。 「よく似てるって言われますけど、俺とこいつはフツーの大学生です」 「ええーっ、ほんとに?」 若い男が、近くで顔を確かめようとこちらに寄ってきた。 「え、違うの?あなた如月奏でしょ?」 「……っ」 奏は、視線を逸らすように俯いた。 「なに、そのあんちゃん、芸能人かなんかなの?」 中年の男が問うと、若い男は 「如月奏!今何かと話題の作曲家ですよ!」 と答えた。 「いやぁ、こんなところで有名人に会えるなんて嬉しいなあ。 あっ、温泉上がったらサインとか貰えません?」 「いや、だからこいつは唯の大学生——」 響が否定しようとしたが、若い男の追撃は止まらなかった。 「思い出した。相手のモデル、夏姫とかいう10代の子ですよね? いいなあ、あんなスタイル抜群の子とエッチしたのかー」 「はっはっ、君の顔じゃあ、モデルと付き合うのは到底無理だね」 「ちょっと課長!酷くないっすか?!」 中年の男と冗談で揉め始め、若い男の注意が逸れた時、 響が「今のうちにサッと出ようか」と奏に耳打ちした。 「……出れない……」 奏は小声で返した。 「まだ、おさまってないから……」 「まじか……」 響は頭を抱えて悩んだ。 正直、もうのぼせそうで限界だ。 俺がのぼせかけてるってことは、酒をたくさん飲んでフラフラだった奏はかなりヤバい。 下手したら命に関わることになるかもしれない。 なるべく早急に上がりたいけど、このままじゃ奏の下半身を見られてしまう—— 苦渋の末、響は再び奏に耳打ちした。 「あのさ、奏。 どっちかを選べって言われたら…… 勃ってる姿見られるのと、俺と奏が恋人だって思われるのと、どっちがマシ?」 すると奏は、きょとんとした顔で言った。 「マシも何も…… 俺、響が俺を恋人だって思ってくれるなら、嬉しいけど……?」 すると響は「わかった」と言い、突然奏に抱きついた。 「な——」 奏が驚いて声を出すより早く、中年の男と若い男が目を見開いて叫んだ。 「うわっ!?何やってるんですか!?」 「ひょっとして、おたくらゲイ!?」 「そーですよ。 俺たち付き合ってるんで、旅行も二人で来たんです」 響は堂々とした態度で答えた。 「温泉でイチャイチャするのを楽しみにしてたんで、今からいちゃつきますね。 俺たちのことはお気になさらず、そちらも温泉楽しんでください」 「——こんなもの見せつけられて、ゆっくり湯を楽しめるわけないだろ!!」 中年の男は、頭に血が上ったように立ち上がった。 若い男も引くような目で、抱き合っている響と奏を見た。 「勘弁してくれよ……気持ちわりーな……」 中年の男が「もう出よう!せっかくの温泉が台無しだ!」と言いながら出て行ったため、若い男もそれに着いて去って行った。 「——とりあえず、湯船から出るか」 男達が脱衣所の方まで去って行ったのを見届け、響は奏を促して湯船から上がった。 「今出ると脱衣所でまた会っちゃうから、少し休んで行こう」 響は身体をお湯から出し、夜風にあたるように温泉のへりで地面に足を伸ばした。 冷えた石畳が伸ばした足の面にあたり、火照った身体の熱を逃がしてくれる。 奏も同じように湯船から身体を出したものの、恥ずかしそうに股間の上に手を乗せた。 「——さっきので、戻りかけてたのがまた勃っちゃったんだけど」 奏は少し恨みがましそうに呟いた。 「それはごめんだけど、ああするしかなかったっていうか。 俺たちがいちゃついてる様子を見せつけたら、向こうが引いて出てってくれるかもって思ったんだ。 それに俺が覆い被されば、下半身を見られることもないし」 響が言うと、奏は少し考えた後に口を開いた。 「……あの場を凌ぐために、俺たちが恋人同士だと思われるようにしよう、って響は言ったけど……。 俺——誤魔化すための口実で終わらせたくないよ」 「……」 「俺は……東京に戻ってからも、響と——」 「好きだ、奏」 「ッ」 突然の告白に、奏がひくりと息を呑む。 「俺、奏が好きだ。奏と恋人になりたい」 響は真っ直ぐな視線を奏に向けた。 奏は顔を真っ赤に染めていた。 のぼせたせいかも分からない。 月の光に照らされて浮かび上がった奏の顔は、これまで見たこともないほどに赤く見えた。 「……俺も……響が、好き……。 響の……恋人になる——」 奏はそう返した後、ふと下を見た。 「ああ……。 だめ、全然おさまってくれない。 ——響のせいだからね……?」 「俺のせいで興奮してるんだ?——可愛い」 響は奏に顔を近づけ、唇を奪った。

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