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『2月のセレナーデ』①
『2月のセレナーデ』を披露したことで、再び曲が書けるようになったことが事務所に伝わると、奏の元にはまた作曲の依頼が入ってくるようになった。
「そーちゃん。『2月のセレナーデ』ほんとに良い曲ねえ。
私、今までそーちゃんの作った色んな曲を聴いてきたけど、あれが一番心にグッと来たかも」
早苗は奏に、社長や事務所の人々も『2月のセレナーデ』を聴いて感動していたことを伝えた。
「それで、今日は新しい作曲の仕事を持って来たの」
如月邸のリビングで、早苗は机の上に企画書を広げてみせた。
「恋愛モノの映画なんだけど。
アメリカへ留学に来たヒロインが、道に迷っていたところで助けてくれた男性と恋に落ちるの。
男性はメキシコ人で、彼もまた留学中の学生さん。
ヒロインは後日再会した男性に、お礼として日本から持って来たチョコレートを渡すんだけど、彼は『こんなに美味しいチョコを食べたのは初めてだ。チョコレートが大好きになった』って喜ぶのね。
それから二人は友人として交流を深めていくんだけど、とうとうヒロインが日本に帰る日が来てしまったの。
帰る前日、男性と公園で話していたヒロインは、思い切って『私のこと、どう思ってた?』と尋ねるの。
そしたら男性は『君はチョコレートだよ』って答えた。
『You are my chocolate, Because I love you』
そう言って男性がヒロインにキスするところでおしまい!
きゃあーっ、きゅんきゅんしちゃう!!」
早苗は両頬に手を添えて嬉しそうに言った。
「……それ、出演はしなくていいんだよね?」
奏が警戒するような視線を送る。
「俺、血染めの……じゃなかった、『2月のセレナーデ』の撮影も終わってないし……」
「もちろん!これはテーマソングだけの依頼よ。
『2月のセレナーデ』は監督たってのお願いで受けた仕事だけど、そーちゃんは作曲家だもの!
あの曲を聴いて、やっぱりそーちゃんの才能は音楽で活かすべきだと思ったわ!」
早苗はそう言って企画書を奏に押し付けた後、
「あれ?そういえばサツキくんは?」
と尋ねた。
「響は今買い出しに行ってる」
「ふうん」
早苗はそれを聞くと、ごほんと咳払いをした。
「でっ、そのー。サツキくんとは、今どんな感じ……?」
「どんな感じ、って?」
「うまくやってるの?」
「うまく?」
「喧嘩とかしてないよね?」
「してないけど……なんで?」
奏が首を傾げると、早苗は「だって」と続けた。
「そーちゃんが暫くスランプだった時期って、サツキくんとぎくしゃくしてたそうじゃない。
で、スランプを抜けた時にはサツキくんと良い感じになっててさ。
なんだかサツキくんと出会ってから、そーちゃんのお仕事の具合がサツキくんの存在に左右されてる気がするのよね」
「……」
「だから、うまくいってるならいいんだけど。
もし仲違いでもして、またそーちゃんがスランプに陥ったら、って——それが心配で」
心配する早苗に対し、奏は少し考えた後、こう言った。
「……響なんだけどさ。
仲違いはしなくても……、いつまでもここに住んでいるとは限らないかもしれない」
「え?」
「……響が居なくなったら……俺も俺がどうなってしまうのか、よくわからない」
「どういうこと?サツキくん、そーちゃん家を出ていくかもしれないの?」
「今はそういう気配はないけど。
でも、そう遠くない未来に響が居なくなるかもしれないって思うことがあって」
奏の言葉に、早苗は不思議そうに眉を寄せた。
「……でも、考えてみれば私、サツキくんのことって実はあまり知らないかも。
よく会ってるし、話しやすいからサツキくんとは私も仲良くさせてもらってるつもりだけど……
考えてみれば、サツキくん自身のことは何も知らないのよね。
出身とか、どんな経緯でそーちゃんの家政婦になったのかとか、素性について聞いたことってなかったわ」
早苗がそう言ったところで、玄関のドアが開く音がした。
「ただいま。——あれ?加納さん、来てるんですか?」
玄関にハイヒールの靴が転がっているのを見た響は、靴を揃え直してからリビングにやって来た。
「あっ、サツキくん!今日も今日とてお邪魔してまーす!」
早苗が明るい声で挨拶をすると、響も「こんにちは」といつものように愛想の良い笑みを見せた。
「ちょうど良かった。
加納さんの好きなお酒も買って来たところです」
「えっ、ほんと!?嬉しいー、ますますこの家に入り浸っちゃう!」
「とりあえず冷蔵庫で冷やして来ますね」
「はーい!ありがとー!」
響がキッチンに去って行くと、早苗は
「サツキくんってデキる男ねぇ……」
と感心するように呟いた。
「サツキくんが元々気が利くのか、そーちゃんと接するうちに面倒見が良くなったのかはわからないけど」
「マネージャーに振り回されてそうなったのかもしれないよ」
「ええー?私がいつサツキくんを振り回したのよぉ?
ちょっとお酒で失敗して迷惑かけちゃったことならあるかもしれないけどー」
「マネージャー、酔うと毎回やらかしてるよ。自覚無いと思うけど」
「そうなのっ!?今度何かやらかしそうになったら止めてよね!」
早苗と奏が軽口を叩いている間にも、キッチンからは良い匂いが漂い始めた。
「……奏が居なくなったら……」
奏はぽつりと呟いた。
「自分がどうなるかわからないのが……怖い」
「——おまたせ」
料理を作り、リビングまで運んできた響がようやく腰を下ろすと、早苗はすかさず響に尋ねた。
「ねっ。サツキくんってずっとここに居るわよね?」
「え?」
箸を持とうとしていた響は動きを止め、ぽかんと早苗を見た。
「ね?ずっとそーちゃんの家政婦兼彼氏で居てくれるわよね?」
「かっ——」
「彼氏でしょ?二人、相思相愛なのよね?」
「……ま……あ」
響は少し気まずそうに頬をかくと、味噌汁に口を付けた。
「サツキくん。私、サツキくんがどこでどんな風に生まれ育って来たのかは全然知らない。
だけど私の知ってるサツキくんは面倒見が良くて、責任感もある人だって思ってるの」
「……つまり……?」
「だからそーちゃんの側に、ずっと居てあげてね?」
「ちょっと、マネージャー……」
奏が止めようとした時、早苗はぽろぽろと涙を溢し始めた。
酒を一口も飲んでいない早苗が泣き出したことで、響も驚いて呆気に取られていると、早苗は暫くして口を開いた。
「……ごめんなさい……。
私ね……、そーちゃんのことがずっと心配だったの……。
そーちゃんが中学生以降、曲を書けなくなるなんてこと、今まで無かったから……。
それがサツキくんとの距離が縮まってからは、また前みたいに——ううん前以上に聴く人の心を震わせる音楽が作れるようになって。
きっとサツキくんのお陰で、そーちゃんが人を好きになる気持ちを知ったからだと思うの……」
早苗は涙を拭いながら、奏と響を交互に見た。
「……そーちゃん、綺麗な顔してるし、才能もあってお金持ちだから、昔から女の子は沢山寄って来てた。
でも、誰と接する時も態度は揺るがなくて、楽しそうにしている姿を見たことがなかった。
そーちゃんの琴線に触れるものは音楽だけって感じだった。
それがサツキくんと暮らし始めてからは表情が変化することが増えて、昔よりお喋りになって、私から見て凄く生き生きして見えた。
きっとサツキくんのこと、気に入ってるんだろうなって私も微笑ましく思ってた。
——そして『2月のセレナーデ』を聴いて確信したわ。
色々な曲を作って来たそーちゃんだけど、聴いた瞬間にこれが『恋の音楽』だってピンと来たのは初めてだったから。
そーちゃんがサツキくんのこと、愛おしいと感じるようになったんだろうなって。
……そーちゃんはこういう音楽も作れるようになったんだって……すごく嬉しかった」
早苗はそう話すと、冷めかけている味噌汁をすすって塩分を補給した。
「……一方的に話しすぎちゃったわ。
そーちゃんと接し慣れてるせいか、私がガンガン喋っちゃうのよねえ。
いきなりこんな話を延々としちゃってごめんね、サツキくん」
早苗が帰った後、響がキッチンで食器を洗っていると、背後に気配を感じた。
「!奏——」
響が振り向こうとするより先に、奏が後ろから両手を回し、響の背中に抱きついた。
「……居なくならないで」
「俺だって、ずっとここに居たいと思ってるよ」
「なら、ずっと居て」
「居るよ」
響は水を流していた蛇口を止め、布巾で手を拭くと、くるりと後ろを向いて奏と目を合わせた。
奏が目を閉じたため、響はその唇に口付けを落とす。
今までそれぞれの部屋で寝ていたこともあり、一緒に寝ることは何となく気恥ずかしく感じたため、肌を重ねるような行為は東京に戻って来てからはしていなかった。
そのせいか、奏が少し寂しそうにこちらに視線を寄越してきていたのは響も気が付いていた。
遠征中は非日常の空気に包まれて、いつもより大胆な行動に出れた自覚がある。
だから如月邸に帰って来て、また日常に戻ったという安心感を得ると同時に、どこか怖気付いてしまっていたのも事実だった。
奏のことは好きだ。
それは向こうにいる間に自分の心と向き合って、ちゃんと確認できたことだ。
だけど奏とこれから先もずっと一緒に居られる保証がある訳でもないのに、
関係をもっと深めていきたいと望むことがどうしても怖くなってしまう。
奏が好き。
それを自覚したせいで、奏を求める気持ちが日々強くなっていくのは事実だ。
その気持ちを程よくセーブできなければ、予期せぬ未来に傷ついてしまうかもしれない。
「……いれて……」
「え?」
「前みたいに——舌、いれてよ」
「……っ、うん……」
奏に口元で囁かれ、響は言われるがままに舌を差し込んだ。
雫が滴るような音がキッチンに響き、奏の呼吸が荒くなっていくのを感じる。
気持ち良い——
どうしてキスをしているだけで、こんなに気持ち良いんだろう。
女の子とキスをしたことは何度もあるのに、こんなに幸せな気持ちが溢れてくることはあっただろうか。
奏のキスが上手だから、とか、そういう物理的な快楽ではない気がする。
もしかしたら、いつか訪れるかもしれない別れという切なさに酔いしれているのかもしれない。
だけど悲しさよりも、何故だか幸せな気持ちに包まれるのだから不思議だ。
奏はいつもそうだ。
俺の心を掴んで、奥底から震わせるような音楽を作ることができて——
そして俺の心に、火を付けることもできる。
ただキスをしているだけで、奏を愛しいと感じる気持ちが強くなっていく。
このままじゃ、歯止めが効かなくなってしまう——
「……ね。響——」
暫くして、奏が顔を離した。
奏の唇からは細い糸が引いている。
まだ僅かに二人が繋がっているのだと思うと、それだけで堪らない気持ちになる。
「今夜は同じ部屋で寝ようよ。
お風呂出たら——2階で待ってるから」
先にバスルームへ向かった奏を、思わず呼び止めたくなるのを響はぐっと堪えた。
馬鹿。
風呂に行くのすら惜しいと思ってしまうほど、奏と離れることに抵抗を感じてしまうなんて。
男同士であることを理由に拒絶していたのは俺の方なのに、
今は俺が勝手に翻弄されている気さえする。
——奏がバスルームを出て2階に上がって行く音が聞こえ、響はパジャマを持ってバスルームに入った。
身体を洗って浴室を出、パジャマに袖を通す。
元の時代では、パジャマなんて子どもの頃しか着たことがなかった。
風呂上がりはいつもジャージかスウェット、あるいは下着姿だったけど、奏は毎晩パジャマを着ている。
奏の家で暮らす俺も、奏に貸してもらったパジャマを着て寝ている。
今までは何とも思わなかったことなのに、なんだか『ちゃんと』二人で暮らしてるんだな、という気持ちが湧いてくる。
同じシャンプーを使って、同じ素材の服を着て、同じ屋根の下で寝てるって……もはや家族みたいだ。
でも、今夜は初めて同じ部屋で一晩を過ごす。
旅館で同室だった時はこんなこと思わなかったのに、奏の寝室に行くのになぜか緊張している。
響は一歩一歩踏みしめながら、2階への階段を登って行った。
「入るよ」
響が声を掛けて寝室のドアを開くと、奏は既に横たわり、毛布の中に身を包んでいた。
「お待たせ」
「……ん」
お互いに、どこか上擦った声が出る。
「……俺も、毛布に入っていい?」
寝室には当然のことながら一組しか毛布も枕も置かれていないため、今は奏がくるまって毛布を独り占めしている状態だった。
「……いいよ」
奏が答えたため、響は心臓をどきりと鳴らしながら毛布の端をめくった。
すると、その中の様子を見て響は思わず呼吸を止めてしまった。
「えっ……裸……?」
奏は裸の状態で毛布にくるまっていたのだった。
「パジャマ、着てないの?」
思わず響が尋ねると、奏は少しむっと唇を尖らせ、毛布の中に顔を隠した。
「……だって……。
どうせ脱ぐと思ったから……」
なんだそれ。
可愛いな——
響は毛布をがばりとめくり、奏の全身を晒し上げた。
「っ!何するの」
奏が驚いて毛布を取り返そうとすると、響はつい意地悪な気持ちが働いて言った。
「俺に見せたかったんじゃないの?裸の姿」
「違う……っ。見せるためじゃなくて、最初に脱ぐ手間を省いておこうと思っただけ……」
「でも、脱いだらどうせ見るじゃん?」
「見なくたっていいじゃん……」
「見せてよ」
響は、反対側に向けている奏の身体を抑えて仰向けにさせた。
すると旅館で見た時と同じ場所で輝いているピアスの存在に目が行った。
「……奏のピアスってさ。
『ここが俺の弱点です』って分かりやすく示してくれてるみたいで、なんだか可愛らしいよね」
「え——あッ」
奏が何か口にするより早く、響はへそピアスに舌を這わせた。
「それに、奏のおへそに似合ってる」
「……それ、褒め言葉?」
「そのつもりだけど?」
「じゃあ……こっちは?」
奏は少し頬を染めながら、自分の乳首を指差した。
「……誘ってるの?」
「誘ってる?何が」
「そっちも俺に触って欲しいんでしょ」
「そうじゃない。乳首のピアスも似合ってるかって聞いてるの」
「確かめて欲しい?」
「確かめるも何も、見れば——んッ!?」
奏が言い終わらぬうちに、響は奏の乳首に吸い付いた。
ちゅっ、と小さく音を立て、唇が突起に触れると、奏の身体がぴくりと跳ねた。
「こっちも似合ってるよ」
「……あ、そう」
「奏がそういう反応するのを見てると、似合ってるなって思う」
「なにそれ。見た目は関係ないってことじゃん」
「そーだね」
響はそう言って再び乳首を吸い上げ、同時に指でへそピアスをくりくりと弄った。
「あっ。ああ……」
奏が甲高い声を漏らす。
「だめ……。乳首とおへそ、同時は——」
「同時だと、何でダメなの?」
「なんか、きゅんってなるから……恥ずかしい」
「——何それ。可愛いな」
「あアッ!?」
響は体勢を変え、舌先をへその穴にあてがうと、舌でへそピアスをさすりながら、乳首のピアスを指でなぞった。
「気持ち……ぃ」
奏は消え入りそうな声で呟くと、不意に身体を起こした。
響がきょとんとすると、奏は響と上下反対側を向く形で響に覆い被さった。
「響も気持ち良くなって欲しい。
お互いのおへそ、舐めっこしよ」
「え?——あっ」
奏は顔を響のへそに合わせると、舌先でちろちろと穴の中を舐め始めた。
仰向けになっている響の眼前には、ピアスの付いた奏のへそがある。
響は腹の真ん中から全身に広がっていく、痺れるような快楽に悶えながらも、自身もまた奏のへそに舌を挿し込んだ。
「気持ち良い?奏……」
「ん……。響は……」
「俺も気持ち良い」
「ピアスの奥——中の方まで、もっと舐めて……。
あ……きもち……ぃっ」
響は奏を気持ち良くしたいと意識しながらも、
目の前で引っ込んだり震えたりを繰り返している腹の動きから視線が離せなかった。
奏の身体が艶めかしく動く様——こんなに欲求を掻き立てられる光景は無かった。
そして響は、自身がへそを責められて快楽を得ていることにも戸惑っていた。
「俺……っ、なんで……おへそで……こんな……」
「響も俺と同じように感じてくれてるってことだよね……」
「……そう、ぽい……」
「嬉しい——」
「あッ。奏、そんな風に舐めるのは——ああ……!」
奏がへその奥を舌でトントンと突くたびに、下腹部にぎゅっとした快楽が押し寄せる。
「響も——きゅんってした?」
奏が唇を離して尋ねると、響はコクコクと頷いてみせた。
「きゅんって、した……。
それから……そのせいで勃ってしまった」
奏が視線を下に向けると、響の下半身が大きく膨らんでいるのが見えた。
「……ねえ。こないだは、お互い手で触って出ちゃったけど……
セックスって、性器を身体に出し入れする行為でしょ。
——男同士で、どうやればいいの?」
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