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『2月のセレナーデ』②

「あー……」 響は少し言葉を詰まらせた。 自分も今まではよく知らなかったが、こうなることを予期してパソコンで詳細な手順を調べていた……とは、堂々と言いにくかった。 「ま、まずは…… どっちが挿れる側で、どっちが挿れられる側かを決めるところからなんだけど……」 「挿れるってどこに?」 「……お尻に」 「……入るの?」 「……頑張れば、入る……らしいよ」 「そうなんだ……」 奏は驚いた表情を見せながらも、響が言うのならばそうなのだろう、と納得している様子だった。 「で……、奏はどっちがいい? 挿れるのと、挿れられるの」 「……うーん」 「多分……挿れられる側の方が身体への負荷が大きいと思うから…… 奏が決められないなら、俺が挿れられる側でいいよ」 響が提案すると、奏は「待って」と止めた。 「響は、挿れる側になって」 「……いいの?」 「うん。俺——挿れるのは少し抵抗がある。 響との行為中に、母さんとの行為を思い出してしまったら嫌だから……」 「……そっか」 そういうことなら、俺が挿れる側になった方が良いんだろうな。 響は「わかった」と頷いてみせた。 「じゃあ、挿れる前に中を解すから、ちょっと指を入れるね」 「えっ」 奏はぎょっとしたように目を丸めた。 「お尻に?指を入れるの?」 「うん。だってこの後、指より太いものを挿れる訳だから…… 身体を慣らしておかないと苦しいって、調べたらそう出てきた」 「なんか、手で直に触られるのは……嫌だな。 前に股間を触られた時は、そんなに嫌じゃなかったんだけど……」 「うーん。世の中には指に嵌める用のゴムもあるにはあるみたいだけど…… その辺のコンビニやドラッグストアには売ってないっぽいんだよね。 でも、いきなり挿れるのは絶対痛いと思うから……どうしようかな」 響が腕を組んで考え込むと、奏は 「フツーのならあるけどね」 と言い、ベッド近くの棚からコンドームの箱を取り出した。 「あ。それ……」 「響が余計な気を利かせて買ってきたやつ。 一つも使わないまま置きっ放しにしてた」 「確かに普通のゴムでも指2、3本嵌めて使うことはできるな……。 これ、使ってみるかな」 「面倒で捨てずに取っておいただけのこれに出番が来るなんて思ってなかったよ。 響のお節介に救われたわけだね」 奏は少し嫌味っぽく言いつつも、箱を開けてゴムを一つ取り出し、小袋を破いた。 「じゃあ……指、入れるよ?」 響はゴムを右手の人差し指と中指に被せると、奏を寝かせて言った。 「うん」 奏は短く返すと、両膝を立て、脚を開いた。 「痛かったら言ってね。俺も初めてだから、探りながら触っていくからさ」 「ん」 響は断りを入れ、恐る恐る指を入口にあてがうと、中の方へゆっくりと入れていった。 「っ……!」 奏の表情が苦痛に歪む。 「大丈夫?」 思わず響が尋ねると、「いい。続けて」と奏は答えた。 響がその後も内側で指を動かすたび、奏の表情が歪むのを見て、響はだんだんと申し訳ないことをしているような気持ちになってきた。 「ね……、挿入はやめておこうか?」 とうとう、見かねて響が言うと、奏は硬く閉じていた瞼をうっすらと開けた。 「……挿れられる側って、こんな痛い思いをするんだね……」 「奏を見てると、ほんと痛そうな顔してた。 無理してまですることじゃないしさ、挿れなくても気持ち良くなることはできるし」 「……でも挿れるのがセックスの普通なんじゃないの?」 「それは人それぞれでしょ。 俺たちには俺たちのやり方があっていいと思う」 「んん……」 奏は少し考える素振りを見せたが、 「でも、やっぱり続けて欲しい」 と口にした。 「え……いいの?」 「正直、痛いし、指を入れられても気持ち良いとかは無かったけど—— 響が俺の内側に入ってきてくれるのが嬉しい」 奏は起き上がると、 「そっちも挿れて」 と響の下腹部を見て言った。 「いや、でも……指でこんな痛がってるのに」 「痛いけど、痛くてもいい。 痛いことには慣れてるから」 「良くない!」 響は思わず奏を抱き寄せ、背中に両腕を回した。 「俺は……奏の痛がることはしたくない」 「俺、痛いことを嫌がってはいないよ」 「嫌じゃなくても! 奏に辛そうな顔をさせたくないんだって!」 響が力を込めて抱き締めると、奏はぽつりと言った。 「……乳首とおへそ。ピアスを開けられた時は、すごく痛かったのを覚えてる。 母さんがネットの見様見真似で開けたから、ピアスが貫通した後も、膿んだり腫れたりしてずっと痛かった。 動くたびに、身体と金属が擦れて痛かった。 外したくても接着剤で固定されて外せなくて、ずっと痛みに耐えてきた。 ——でも、響が触れてくれたら、『痛い場所』が『気持ち良い場所』に変わったんだよ」 奏は顔を上げ、響と向かい合った。 「今こうして、響の身体と触れ合ってるこの時も—— 俺の乳首とおへそ、きゅんってなってる。 ……俺の弱いところは、俺が気持ち良くなれるところ。 だからお尻も、響が挿れてくれるなら、痛みが気持ち良さに変わっていくと思う」 そう言って、奏は唇の端を上げてみせた。 その表情が健気で愛らしく思えた響は、思わず奏の唇を塞いだ。 「ん……」 響が舌を入れると、奏も交わるように舌を絡めてきた。 熱を帯びた舌が重なり合うのが気持ち良い。 奏と薄膜一つ隔てず接していることが嬉しいと感じた。 暫く音を立てながら唇と舌の感触を楽しんだ後、股間が熱くなるのを感じた響は、自分のものにもゴムを付けていった。 「じゃあ——挿れるよ」 響は奏を四つん這いの体勢にさせると、それをお尻にあてがった。 ゆっくり、奏の中へ身体を沈めていく。 奏は反対側を向いているため、表情は見えない。 しかし全身の筋肉が強張っているのを見るに、きっと先ほど以上の苦痛に顔を歪ませているのではないかと響は思った。 それでも、奏が「やめて」と言わない限り、最後まで続けようと決意を固めていた響は 狭い穴の奥へ力を込めて入っていった。 「……ッ」 押し進むたびに、奏から無言の悲鳴のような吐息が溢れる。 ごめん、奏。 痛いよな。苦しいよな。 響は心の中で何度も謝りながら押し進み、とうとう自分のものが最後まで刺さると 「入ったよ……」 と奏に声を掛けた。 「……ほん、と……?」 奏から、消え入りそうな声が返ってくる。 「ほんと。俺の、全部奏の中に入ってる」 「……そっか……」 「このまま続けても大丈夫?」 「……ん」 奏がコクリと頷いたため、響はゆっくりと腰を動かし始めた。 「っ……、ふ……ぅ」 動くたび、奏から掠れるような呼吸の声が漏れ聞こえてくる。 嫌がってはいない——それは分かるが、痛がっているのは目に見えて分かるため 響は気持ち良さよりも申し訳なさが先行してしまい、なかなか集中することができなかった。 けれども自分が出すことを行為の区切りだと考えると、ちゃんと出さなければというプレッシャーもある。 早く出して、奏を楽にしてあげたい。 そんな気持ちで響が腰を動かしていると、不意に奏が口を開いた。 「……っ、響——」 「!……何?」 「今——響、気持ち良い?」 「え?……」 奏の身体を気遣うことにばかり意識がいっていた響は、自身の身体がどう感じているかをまるで気にかけていなかった。 奏の言葉でそれに気がついた響は、改めて自分の身体の内側と向き合ってみた。 経験したことがないほど狭い場所に刺さったそれは、確かに奏の中で硬くなっている。 動くたびに擦れる感触の心地よさを、身体は正直に受け止めているからこそ、その形を保てていることに響は気がついた。 「……気持ち良いよ」 「ほんと?」 「ほんと。奏の身体の中……気持ち良い」 「……なら、良かった」 奏はそう言うと、ずっと地面に垂れていたこうべを上げ、ぐるりと後ろを振り返った。 そして響を見上げ、 「響が気持ち良くなってくれて、嬉しい」 と微笑んだ。 その表情と言葉に、響はドクリと胸を打たれた。 ——奏はひたすらに痛いだけだろうに、 俺が気持ち良く感じていることを喜んでくれている。 なんて優しくて——可愛いんだろう。 「……奏って、実は優しいんだな」 思わず響が言うと、奏は一転してむすっとした表情を浮かべ、 「は?俺のこと、優しくない人間だと思ってたってこと?」 と返した。 「ごめん。優しくないとは思わないけど、ワガママだとは思ってる」 「俺は優しくてワガママなんだよ。それじゃダメ?」 「いいよ。そういうとこが可愛いから」 「——あッ!?」 響が再び腰を動かし始めたため、奏は唐突な刺激に驚いたような声を上げた。 「そうだ。声、出して奏」 「は……?」 「痛い、とかでもいいから。 無理して声を抑えようとしないで」 「『痛い』なんて言ったら、響が気を遣って動かせなくなるでしょ」 「いいよ。『痛い』って言われても、イクまでやめないから」 「……!」 奏は再び地面を向くと、響が動くのに合わせて息を吐き出した。 そして時折、 「う……」 と痛みを堪えるような声を漏らした。 「……気持ち良い……」 一方の響は、自分も身体が感じているのに合わせて、そう声に出した。 「ん……っ、奏……」 「……ッ」 「そ……う……」 「……うぅ」 「……出すね……」 「——ッ!」 響の動きが激しくなり、奏は奥歯を噛み締めた。 四つん這いになっている全身を震わせられ、奏は痛みを堪えながら目をきつく閉じた。 ——それから間も無く、激しかった動きがぴたりと止まる。 ゆっくりと、身体の中から異物が引き抜かれていく感覚があり、やがて身体がふわりと軽くなった。 全身が強張り、抜かれた後も酷く痛むお尻に悶えながらも、奏はどうにか横たわり、響の方を見上げた。 響は両手をベッドに付き、汗だくの姿で息を整えていた。 前髪が額に張り付き、顎先から汗が滴っている。 重作業を終えた後のような疲れ切った表情をしているが、一方で頬を紅潮させ、時折ピクリと身体を震わせていた。 「……すごく……気持ち良かったよ」 ようやく息を整えた響が言うと、奏は 「そ」 と言い、布団を被った。 「——え?」 「ん?」 「まさか、もう寝るの?」 響は奏から布団を引き剥がした。 「また奪われた……」 「だって、奏の番が未だじゃん」 「俺の番って?」 「まだ奏がイッてないってこと」 響はそう言って額の汗を腕で拭うと、奏の全身に視線を向けた。 「……俺、お尻が痛くて、あんまり動けないよ……。 それに俺の番って言われても、さっきも言った通り、俺が響に挿れるのはなんか抵抗があるし」 奏が怪訝そうな表情を浮かべると、響は 「でも、奏だけ痛い思いをして終わるのはフェアじゃないでしょ」 と引き下がることなく言った。 「それに挿れなくてもイク方法はあるわけだし」 響はそう言って奏の股間を手のひらで握った。 「っう……」 奏はびくりと身体を震わせると、恥ずかしそうに目を伏せた。 「この前——旅館でも、手でイッたよね」 「え……?うん……」 「じゃあ今日は——」 「!?——ちょっと響、何するの!」 響は身体を屈めると、顔を奏の股に近づけた。 そして奏が止める隙を与えず、舌で根元から先まで舐め上げた。 「ふ……ぅッ!」 奏がぶるりと全身を震わせると、響は奏を見上げて言った。 「『これ』を舐めるのって初めてだから、加減が上手くできなかったらごめん。 ちゃんと奏にも気持ち良くなって欲しいから、もし力が強かったり痛かったりしたら言って」 「……ん……」 奏が頬を紅潮させながら頷くと、響は被さるようにして先を咥え、舌を転がし始めた。 「ぅ……、あ……ぁ」 奏から切ない声が漏れる。 声が耳に入ることで、奏がちゃんと感じていることを確認できる響は 舐め方や位置を変えながら、奏が一番感じるポイントを探って行った。 「ひゃ……!」 奏が上擦った声を上げた場所に狙いを定めた響は、そこを舌で刺激しつつも 空いている手で奏の身体をなぞり、やがて指先がへそを探り当てた。 「あっ!あァッ!?」 へそピアスをくりくりと弄られ、奏は悲鳴のような喘ぎ声をあげた。 「同時は——だめ!」 奏は泣きそうな声で言ったが、響は止めることなく指と舌を動かし続けた。 「あっ……ああ……。ダメってば……」 奏は独り言のように掠れた声で呟くと、それから間も無く—— 「出ちゃう——」 そう口にした直後、響の口の中に熱い液が広がった。 「あっ。あっ……」 奏は暫し痺れるような快楽を得た後、顔を真っ赤にしたまま、そっと響の方を覗き込んだ。 響が奏から唇を離すと、奏は慌てた様子で 「それ!吐いて!布団の上でいいから吐き出して……っ!」 と言った。 だが響がそれを無視して呑み込んでしまうと、奏は絶望した表情を浮かべた。 「呑ん……じゃった……」 「駄目だった?」 「わかってる?……精子だよ……それ」 「知ってるよ」 「信じられない……」 奏は先ほどまで真っ赤にしていた顔を一転、真っ青にして響を見つめた。 「汚いから……呑んで欲しくなかった……」 「汚くないでしょ。奏のだよ」 「……でも、響にこんなことさせるのは……自己嫌悪になる……」 奏が落ち込んだ様子を見せるため、響は少し不安になり 「そんなに嫌だった?」 と尋ねた。 「嫌というか……、よく響は嫌じゃなかったね……?」 「……なんでだろ。 奏のものを、自分の身体の中に取り込むって思ったら——なんか興奮した」 「変態じゃん」 「変態だよ?俺」 そう言って響が笑ってみせると、奏は頬を赤く染めながら響を睨んだ。 「変態。響は変態だ」 「変態で結構。でも、そういう奏だって、随分と大胆に喘いでなかった?」 「なっ……!?」 「俺にあんなあられもない姿を散々晒しといて、俺だけ変態扱いされてもなあ」 「馬鹿!馬鹿!」 奏は顔を赤くしたまま響の身体をバシバシと叩いた。 「痛っ!?何するんだよ」 「響がそうさせたんだ!響のせいで俺まで変態みたいになってしまった!」 「変態同士で仲良くしようよ」 「俺は変態じゃない……っ!」 そう言って再び叩こうとする奏の手首を響はギュッと掴むと、そのまま身体を引き寄せ、自分の腕の中に包み込んだ。 「——奏。すごく気持ち良かったよ」 「っ」 「それにすごく幸せだった。ありがとう」 「……!」 「奏には……痛い思いをさせてごめんな」 「……俺だって—— 俺も、気持ち良かったよ……。 響がいっぱい触ってくれて……俺のを舐めてくれたから……」 「ほんと?……良かった」 響が目を細めると、奏はそっと目を瞑り、響の肩に顔を埋めた。 「……響と触れ合って、幸せな気持ちが溢れてきて、身体も脳も溶けそうだった。 甘ったるくて、とろとろしてて、味を知ったらもっともっと欲しくなる——チョコレートみたいな。 こういうのが……恋、なんだね。たぶん」

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