39 / 56

寝台列車旅行④

「私だって、右京くんと恋人なのよって周囲に言えたら嬉しいけど。 そんなことしたら、右京くんの仕事の妨げになりかねない。 私の存在は世間に知られないようにしておくのが一番よね」 「……マネージャーは、それでいいの?」 「寂しいけど、仕方ないじゃない? 恋人同士といったって、相手への配慮は必要だから。 なんでもワガママを言っていい関係なんて存在しないもの」 早苗が言うと、奏は小さく息を吐いた。 「……響は、俺がワガママを言うのを可愛いって言ってくれた。 でも——あんまり言わない方が良かったかな」 「うーん。全くワガママ言わないで我慢するのも健全な関係とは言えないし……。 何事もバランスが大事よねえ」 「バランス?……そういう難しいこと、よくわからない」 「そうよね。バランスって、経験で培われるものだから。 そーちゃんにとって、誰かに恋するって初めての経験でしょ?」 「……」 「ま、学生時代いろんな子に言い寄られて、デートしてたのは私も良く知ってるけど。 モデルのナッピとかいう女狐とも一時期付き合ってたわけだし……ね」 早苗はどこか恨みがましく言うと、パッと表情を切り替えた。 「でも、そういうデートだけの関係の子達とは違うんでしょ?」 早苗が言うと、奏はこくりと頷いた。 「……うん、違う。響とはキスもセックスもしてるし……」 きゃー!という悲鳴が上がる。 何事かと響と速水が振り返ると、早苗が両頬に手を当てて顔を赤く染めていた。 「早苗さん、大丈夫ですか?」 速水が心配そうに尋ねると、早苗は頬を染めたまま笑顔を浮かべた。 「なんでもないっ! そーちゃんと秘密の恋バナ中なのぉ」 「恋バナ?なにそれ楽しそ——」 「秘密の恋バナだから、速水くんには話さないわよぉ」 「ええー」 「ほら、気にせず歩いて!引き続き、そっちはそっちで盛り上がっててね!」 響と速水が不思議そうに顔を戻し、再び話し始めたところで、早苗は小声のまま奏に言った。 「やだぁ!いきなりそんな直接的な言葉言われたら、こっちまでドキドキしちゃう」 「そんなに?」 「そうよ!だってセッ……もぅやだぁ」 早苗は両手でパタパタと顔を仰いでみせた。 「マネージャーだって、してるんでしょ。速水さんと」 奏が冷めた声で言うと、早苗はふるふると首を横に振った。 「それが、未だなのよー」 「そうなの?」 「デートの時間があんまり取れないのもあるけどねぇ」 「……昨日の寝台列車とか、個室だったじゃん」 「エッ。まさかそっちのお二人は楽しんじゃってたの?あんな狭いベッドで?」 「うん。セックスした」 「きゃあー!」 早苗は再び小さく悲鳴を上げると、声を抑えてこう口にした。 「……速水くんって真面目な人なの。 私がそーちゃんのこと大事な家族だと思ってるのを知ってるから、 『奏さんが俺を好いてくれるまで、そういうことは我慢します。 将来、奏さんにも祝福してもらえる形で早苗さんと一緒になりたいから』 ——ですってぇ!」 早苗が嬉しそうに自分で自分の身体を抱きしめた。 「ねっ!?こんな硬派な人、そうそう居ないでしょー?」 「……俺が速水さんを好きにならないと、マネージャーは速水さんとセックスできないんだ」 「あ!そーちゃんにプレッシャーをかけてるわけじゃないのよ? 今のプラトニックな関係だって、充分楽しいんだから!」 早苗はぴょんぴょんと飛び跳ねながら、その後も嬉しそうに速水のことを話した。 「……マネージャー、速水さんとのことを話すとき、すごい楽しそう」 ひと通り、早苗の惚気話を聞き終わった後に奏が言った。 「そりゃそうよ! だって恋愛って楽しいものだもの!」 早苗がにこやかに言うと、奏は胸にずきりとした痛みが走った。 「……恋愛って、楽しくなきゃいけない?」 「『なきゃ』ってことはないと思うけど……?」 「楽しくないなら、恋愛してないってこと?」 「そうは言ってないわ。 恋愛には時に苦しいこともつきものよ。 でも、そういうしんどい気持ちも含めて、自分の心が乱されるのって楽しいことじゃない?」 「……」 奏は早苗の言葉を真剣に受け止め、黙り込んだ。 「——着いたぁ!」 その時、前を歩いていた響と速水の足が止まる。 「早苗さんが予約してくれた旅館、ここっすよね?」 速水が旅のしおりと見比べながら尋ねた。 「そうよ!ここ、温泉がとっても良いって評判なの!」 「へー!」 速水は顔を輝かせると、 「後で入ろうぜ!」 と響の肩を叩いた。 「うん。じゃあチェックインして部屋に荷物置いてこよっか」 早苗は代表してチェックインを済ませると、 「はい、これ二人の部屋の鍵ね」 と響と奏にそれぞれ個室の鍵を渡そうとした。 だが奏は、響と同じ部屋番号の鍵を一瞥するとこう言った。 「……俺、マネージャーと同室がいい」 「えっ?」 早苗と速水が声を漏らした。 「あ、でもほら、一応カップル同士のほうが……ね?」 「マネージャーと同室にして」 「……んんー、どうしようかな……」 響は黙って奏から顔を背けていた。 すると速水は、 「俺はそれでもいいっすよ!」 と答えた。 「響、一晩よろしくな!」 「あ——うん」 速水に言われた響が頷く。 その後、それぞれに部屋に荷物を置きに行き、廊下で待ち合わせをする約束をした。 だが、早苗と奏の部屋から出てきたのは早苗一人だった。 「あれ?奏さんは?」 響と一緒に出てきた速水が問うと、早苗は少し残念そうにこう言った。 「そーちゃん、疲れちゃったみたいで。 部屋で待ってるから夕日は三人で見てきてって」 「えーまじかあ。 宍道湖の夕日、マジで綺麗なんだけどな。 ちょっと休んでからなら、奏さんも元気になって、出られるようになったりしないかな?」 速水が言うと、響がこう告げた。 「いいよ。どうせ誘ったって来ないから。 俺たちだけで行こう」 ——結局、奏を旅館に残して宍道湖まで歩いてた三人。 日が沈みかけた湖付近には、既に多くの人達が日没を待つため集まっていた。 三人は湖畔にある美術館で日没までの時間を過ごすことにし、 葛飾北斎の珍しい肉筆画に感動したり、併設のカフェでコーヒーを飲んだりしてゆったりとした時間を楽しんだ。 ——響だけは、展示を見ていても美味しいコーヒーを飲んでも、終始浮かない表情をしていたが。 もうそろそろかと美術館の外に出た後も、敷地にあるうさぎの像を見つけ 「湖から二番目に近い像に触ると幸せになれるそうよ!」 と言って早苗が像を撫でたり、そんな早苗のそとを速水が写真に納めたりと 彼らが純粋に旅行を楽しむ様子を見せる一方で、響は笑顔を貼り付けるのが精一杯だった。 「素敵ー!」 ——日没を迎え、みかん色になった空を見上げた早苗は、 それから空の光に反射して同じ色に染まった湖にも目を向け、うっとりとした表情を浮かべた。 三人は速水を真ん中にして見晴らしのいい場所に座ると、日がだんだん沈んでいくのを眺めた。 「こんな景色を、速水くんと一緒に見られるなんて……。 今日まで仕事頑張って来て、良かったぁ」 早苗が景色を見つめながら言う。 「私、今とっても幸せ……」 「俺も」 速水はそう返すと、隣に座る響に 「わり。ちょっと反対側向いてて」 と耳打ちした。 響が言われた通り二人と反対の方を向くと、その直後、ちゅっと唇同士が重なる音が聞こえた。 わ。キスしてるな、右京。 響は見ないようにしつつも、その後も隣からは生々しい水音が聞こえて来た。 ……舌まで入れてる! 周りに結構人がいるのによくやるなぁ。 俺が見てなくたって、他の観光客から丸見えじゃん! 響が頭の中でそう思っていると、速水が「お待たせィ!」と肩を叩いて来た。 「お待たせィ、じゃねえよ!」 響は苦笑いを浮かべながら言った。 「俺の隣でよくもいちゃついてくれたじゃん」 「はは、すまん!我慢できなかったわ」 速水が豪快に笑う。 その一つ隣では、早苗が恥ずかしそうに頬を染めていた。 恥ずかしそうではあるが、幸せを噛み締めるように俯く早苗の表情を目にした響は、思わず胸が痛くなった。 加納さん、今すっごく可愛い顔をしてる。 好きな人にキスされて、恥ずかしいけど幸せでいっぱいって感じの—— ……俺は奏に求められても、人前でキスなんてできないと思った。 人が見てなければ、キス以上のことだっていくらでもできるのに。 人目を気にしてばかりだって言う奏の言葉が、今はなんだか胸に刺さる。 俺は奏を、こんな可愛らしい顔にさせてあげることができなかったから。 それから暫く、日が沈み切るまで夕日を見ていた三人だったが 「あ、そろそろ夕食の時間!」 と早苗が弾かれたように立ち上がった。 「部屋食にしたから、予約した時間までに戻らなきゃ!」 早苗に促され、速水と響も腰を上げる。 ——その時、冬の冷たい風が吹き抜けた。 「……寒っ!」 思わず響が身を震わせると、速水は 「確かに日が落ちて急に冷えたなぁ」 と言った。 「手繋ぎません?」 速水が早苗に言う。 早苗が恥ずかしそうにしながらも手を差し伸べると、速水は自分のコートの中に早苗の手を入れた。 響が無言でそれを見ていると、 「あ、響も手繋ぐー?」 と速水が茶化すように言った。 「遠慮しとく」 乾いた笑いを浮かべながら歩き始めた響だったが 日が沈んでからはあっという間に冷え込みが激しくなっていった。 響は暫く両手をさすっていたが、それを見た速水が笑って言った。 「ほら、無理すんなってー!」 「いや、マジで大丈夫だから。右京は加納さんといちゃついとけよ」 すると早苗は 「でも、サツキくんだけ冷えてかわいそう!」 と言い出した。 「旅館まで、仲良く三人で歩こうぜー!」 速水は強引に響の手を取ると、響の手までポケットの中に入れて再び歩き出した。 大の大人が三人、手を繋いで並んで歩くとか…… 響は恥ずかしい気持ちを堪えながらも、楽しそうにしている速水と早苗に気を遣い 「あったかくなったわ」 とテンションを上げてみせた。 そうして旅館の前まで歩いてくると、早苗がふと顔を上げて言った。 「あっ、そーちゃん!」 声につられて響も顔を上げると、旅館の客室の窓に奏の姿があることに気付いた。 窓ガラスこそ閉めているが、窓際で外の景色を眺めていたらしく、 早苗が空いている方の手を振ってみせると、奏は早苗の存在に気がついた。 「おっ。俺らも手振ってあげよ!」 「え?ちょ——」 「おーい、奏さーん!」 速水は両手から手を取り出すと、早苗と響の手をそれぞれ握ったまま、腕を高く上げて奏に合図を送った。 三人の手が繋がれているのを見た奏の表情が険しくなっていくのを、響は見逃さなかった。 響がとっさに速水の手を解くと、速水は響の焦りには気づかない様子で 「どう?奏さん気付いてたかな!?」 と響に尋ねた。 「え?」 「いや、俺視力悪くてさー。窓際に人がいるのは辛うじてわかるんだけど、奏さんがこっちに気付いてたかどうかまでは見えなかったから」 「……ちゃんと気付いてたよ」 そして、俺が右京と手を繋いでるのを見て、多分さっき以上に機嫌を損ねたっぽいな…… 響は冷や汗を流したが、この後の食事は部屋ごとに取ることを聞いていたため 奏と顔を合わせることがないのは救いだと思った。 その後早苗と別れ、右京と同室に戻って来た響は ちょうど運ばれて来た夕食を二人で食べた。 「はぁー、美味かった!」 食後、速水は満足そうに腹をさすると、 「お腹が落ち着いたら温泉入りに行こう!」 と提案した。 「うん」 「……なんか元気ないな」 速水は、響が浮かない表情をしていることに気付いて言った。 「奏さんと部屋別れて、ほんとに良かったのか?」 「いいよ。俺も奏と離れて頭を冷やしたいし」 「あー、冷やしたいなら温泉はやめとく?逆にあったまっちゃうもんな」 「いやいや、そういうことじゃないから!」 速水がジョークで場を和ませてくれているのは分かっていた。 速水は冗談をよく言うし、冗談の通じる相手だ。 空気を読むのも上手いし、場の空気を作るのだって上手い。 さすがは子役時代から芸能界で生き残ってきただけある。 話していて楽しいし、こちらも自分の口から出す言葉を選んだり、気兼ねする必要がない。 だが、奏が相手だとそうはいかない。 言葉の一つ一つを深く捉えられ、突っかかられるのは響にとってストレスではあった。 ストレスではあるのだが、それだけ奏が響の言葉をきちんと聞いて、自分の中で噛み砕こうとしている証でもある。 好きな相手だからこそ、軽い言葉ひとつでも流すことができない。 好きな相手の言葉だから、全部を真剣に捉え、考えすぎてネガティブになってしまう。 響はそんな奏の思考回路を理解しているつもりだった。 それでも奏が望むような、奏を安心させてやれるような反応を返せない。 そんな自分に対しても苛立ちが募り、ストレスを抱えているのだった。 「……俺、奏と相性悪いんだろうなあ」 響が呟くように言う。 「そうか?」速水が言うと、「多分ね」と響は返した。 「なんで相性悪いって思うの?」 「だって俺と話してると奏ってすぐ不機嫌になるし…… 加納さんの言うことは素直に聞くのに、俺にはいつも反発してくる」 「奏さんにとって早苗さんって姉ちゃんみたいな存在なんだろ? 幼馴染だし、昔からお互いのことをよく分かってるから適切な関わり方ができるってだけじゃないか?」 「そうかな……。俺は奏に何かと気を遣ってるつもりだけど、奏は俺に不満があるみたいだし。 そもそも気を遣ってばかりの関係なんて健全じゃないよな……?」 すると速水は「あんま考え過ぎんなよ」と響の肩を叩いた。 「風呂行こ、風呂!」と立ち上がると、響のことも半ば強引に立たせる。 「いや、ちょっとそんな気分じゃ——」 「温泉入ってさっぱりしたら、もうちっとポジティブになれるっしょ! 俺もネガティブになることがあるからわかるけど、こういう時って無理にでも気分転換したほうが頭の中が整理されるから。 多分、このまま話してたってずっと同じことを悶々と考え続けるだけだぜ?」 「……」 響は頷くと、タオルと着替えを取り、速水と連れ立って温泉に向かった。 「えっ!響——」 脱衣所で服を脱いでいると、速水が驚いたような声を上げた。 「え?」 「それ!へそにピアス!!」 速水が目を丸めているため、響は「ああ」と思い出したように視線を腹部に下ろした。 「『2月のセレナーデ』のロケで一緒に入った時、ピアスなんて開いてなかったよな?」 「最近開けた」 「マジか!響ってチャラいんだなー!」 そんなんじゃない。 俺だって、自分が身体に穴を開けることなんて人生において無いだろうと思ってた。 これは奏の痛みを知りたくて、奏の苦しみを共有したくて開けた穴だ。 それから、俺と奏が繋がってる証としての—— 響は内心そう思ったが、 「うん。俺、実はチャラいの」 と言い、にやりと笑ってみせた。 右京に開けた理由を聞かれても、本当のことを話すつもりはない。 奏の身体にもピアスがあることは、右京が知らなくていいことだ。 下手に誤魔化すより、おしゃれで開けたんだと思われるほうがいい。 「ふーん」 速水はまだ驚いている様子だったが、 「んじゃ入ろっか」 と響を誘い、浴場の扉を開けた。 「あー、響のピアスを見て思い出したんだけどさあ」 ——湯船に入り、身体が温まったところで、ふと速水が口を開いた。 「俺、高校時代付き合ってた子に『一緒にピアス開けよう』って言われたことあったっけな。耳だけど」 「へえ。右京の高校ってピアスOKだったの?」 「うん。芸能人もそこそこ通う学校だったから服装や髪型とかの規定はなかった。 でも俺、時代劇にもいつか出てみたいと思ってたから、ピアスホール作りたくなくてさ。 だけど役者としてまだまだ実力不足なのに『大河に出るのが夢だから』とか話すのはなんかカッコ悪いなって強がっちゃって。 代わりに『身体に穴を開けるのは抵抗がある』って答えたら、その子にフラれちゃったんだよな」 「ええ!?」 響が思わず声を上げると、速水は湯船の中でストレッチをしながら続けた。 「なんかさあ、俺の学校じゃ付き合ってるカップルはお互いの耳にピアス開ける、みたいなのが流行ってたらしくて。 『私と一緒に開けたくないってことは、私のこと本気じゃないんでしょ。それとも私と付き合ってることを周りに隠したいの?』 とか言われてフラれたんだわ」 速水はぽりぽりと頭を掻くと、 「まあ結果開けなくて正解だったけど」 と続けた。 「その後、念願叶って時代劇にも出させてもらえたし。 その子とも、ピアスを開けたくないからなんて理由で別れちゃったくらいだから、開けた後でもきっと別の理由で別れてた。 もしピアス開けた後だったら、その子に開けてもらったって記憶が身体に刻まれることになるじゃん」 「……確かに一度開けたら、穴が塞がったとしても痕は残るらしいね」 ——暫くして響が言うと、速水は慌てて付け足した。 「あっ!あくまで俺の話な!? 響が開いてるのは、響が開けたかったからなんだろ? 俺みたいに人から開けてって強要されたわけじゃないなら、好きにすればいいと思うし!」 「うん、分かってる」 響は笑みを見せると、へそのピアスにそっと触れた。 「これは俺が開けたくて開けた穴だから。 きっとこれからも、開けたことを後悔したりしないよ」 ——湯船を上がった二人は、浴衣に着替え部屋に戻った。 すると、部屋の前に奏が立っているのが見えた。 「あれ、奏さん!」 響が気まずい思いで目を逸らしていると、速水が明るく奏に声をかけた。 「これから風呂っすか?入れ違いですね!」 すると奏は、かぶりを振って言った。 「……ちょっと、散歩」 「一人で?」 「うん」 「じゃ、奏さんが戻るまで、早苗さんお借りしてもいいっすか? 部屋に酒があるんで、早苗さんも一杯どうかなーって」 速水が言うと、奏は少し考えた後、こう答えた。 「いいけど……一杯どころか、いっぱい飲んだ後だけど」 「へ?」 「多分あと一口でも飲んだらやばいと思う」 「何がどうやばいんです?」 「……介抱、頑張って」 「えっ。えっ、奏さん待って——」 速水が戸惑いながら呼び止めようとするも、奏は無視して旅館の玄関へ歩いて行ってしまった。 「……えー、よく分からんけど…… とりあえず部屋から早苗さん呼んでくるから、響、ちょっと酒の準備しててくれない?」 速水が言うと、響は 「……ごめん」 と言った。 「へ?」 「奏と話してくる」

ともだちにシェアしよう!