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アメリカにて③

……この声は…… 「——速水さん」 『えっ?』 「俺、奏だよ」 『あれっ?奏さん……?』 「時々マネージャーに電話貸してもらってるから。 今は俺が借りてる」 『……あー、なるほど!そういうことっすか!』 なんだ。速水さんだったのか。 確かにマネージャーがこの携帯を借りてるんだから、マネージャーも普段からこれで速水さんと会話してるんだろうな。 ……ん? でも、今表示されてるのってウチの番号だよな…… 「——今、俺の家にいるの?」 『ハイ!お邪魔させてもらってます! 響からも、奏に許可は貰ってるって聞いたんで遊びに来てるところっす!』 「……ああ」 確かに、言ったな。 ほんとに招待したんだ。 まあ、いいけど……。 『そうかぁ。今携帯を持ってるのが奏さんなら、せっかくなら響と喋りたかったっすよねぇ……』 「喋りたかった?何、響はそこに居ないの?」 『居るっすけど、そのー……』 「何?」 『ちょっと俺が飲ませ過ぎちゃって……。 かなり酔っ払ってるんで、あんまり会話できないかも……』 は? 人んちに上がり込んで、なに響のこと酔わせてんの? 「……そもそも今、そっちって昼じゃないの?」 『そーっすよ!今日は俺がオフなんで、昼から飲んでたんす!』 「……ふうん。元気だね……」 『響、お酒が好きって言ってたんで、事務所の先輩から譲ってもらった高級ワイン持参したんすよ。 そしたら響が気に入ってくれて——』 え? 響って、お酒が好きだったの? 俺があまり家では飲まないから知らなかった……。 でも、考えてみたらマネージャーがうちで飲む時に毎回一本は付き合ってあげてたっけ。 マネージャーに気を遣ってのことだと思ってたけど、ほんとは逆——響は俺に気を遣って一本だけに留めていたのか? 本当はもっと飲みたいと思っていたのかな…… 『——で、自宅だし酔っぱらっても平気っしょ!ってことで二人でグイグイ飲んでたんすけど…… 響、急に酔いが回ったっぽくて——ああでも、悪酔いじゃないっすよ!? 気持ち良く酔っ払って、今は寝落ち寸前って感じになってます!』 「……あっそう」 『でもせっかくなんで、響に代わります?』 「話せる状態なの?」 『……途中で寝ちゃうかもしれないっすけど、許してやってくださいね!』 なんであんたの許可制なんだよ。 それから、通話の向こうで電話を持ったまま廊下を歩いて行く足音が聞こえ、暫く待っていると響の声が聞こえて来た。 『……奏、おはよ……』 「おはようって。こっち夜だけど。そっちももう昼でしょ」 『そーだっけ……?ああ、はは……昼かあ』 「ちょっと、大丈夫なの?」 『大丈夫、空に太陽が昇ってるから!ちゃんとお昼だよ……』 ……大丈夫じゃなさそうだな。 「響、どんだけ飲んだの。ちゃんと水も飲んでた?」 『みず?』 「ウォーター。ミネラルウォーターのこと」 『おー、いい発音じゃん……さすがアメリカに滞在してるだけあるね……』 「別に英語の勉強をしに来てる訳じゃない。 ——いいから水飲んでよ。 っていうか速水さんに飲ませてもらって」 『ハヤミィ?……あー、右京は……二人でゆっくり喋りたいでしょって言って……どっか行った』 「どっか、って。酔っ払いの響を放置するのは——」 奏が言いかけた時、部屋のチャイムが鳴った。 「あ」 そうか、アシュレイが来る時間。 ん?アシュレイ?アシュリーだった?……どっちでもいいか。 「約束してた人が来ちゃった」 『約束してた人……?』 「電話、切るから。ちゃんと水飲んで、寝るならベッドで暖かくして寝てよね」 奏は通話終了ボタンを押して携帯電話をテーブルに置くと、もう一度鳴ったチャイムに出るためドアの方へ向かった。 「今、開ける」 奏が鍵を外すと、そこには昼に会ったアシュリーが立っていた。 「こんばんは、ソウ!——はい、これ手土産!」 アシュリーは手に持っていた袋の中からワインのボトルを取り出して見せた。 「飲みながら話しましょ!」 ……ちょうどワインに酔った響と話したばかりだから、タイムリーだな…… 「これ、ノランもお気に入りなの! このワインを飲むとノランはいつもご機嫌になって、作品への思いとか、ストーリーに隠したメッセージを熱く話してくれるの」 じゃあ、これをノランにも飲ませれば、もっと楽曲に対しても具体的な指示がもらえるかもしれないってことか。 他人を飲みに誘うのは敷居が高いけど、そんなワガママ言ってる場合じゃない。 それでこの状況を打開できるなら—— 奏が興味津々にボトルの名称を確認していると、アシュリーはニコッと笑い、グラスの用意をするからソファで待っててと告げた。 テーブルの前にあるソファに奏が座ると、グラスを二つ持って来たアシュリーが隣に腰掛けた。 また距離を詰められた奏は、失礼かもしれないと思いつつも尋ねてみた。 「ねえ、距離……近くない?」 「うふふ。そうかな?」 「こんなにぴったりくっつくのは、当たり前のことなの?」 「ンー、わたしは割とこの距離がスタンダード」 「なるほど?」 「それに、これからヒミツのお喋りもすることだし……」 ヒミツ? ああ、ノランのことを教えてくれるって話か。 「でも、まずはカンパイしましょ?」 ワインの入ったグラスを差し出された奏は、アシュリーとグラスを合わせた。 チン、と軽やかな音が鳴る。 奏がワインを一口飲むと、飲み慣れない味に一瞬顔を歪ませた。 「ふふ、口に合わなかった?」 「……このワイン、苦い……」 「フランスの年代モノなの。渋味が強いんだけど、ノランは渋いの好き。 『この酒の味が分かる人には、心を開いて色々話してしまう』って言ってた」 「……なるほど……」 奏が我慢してもう一口含めると、アシュリーは唇の端を上げた。 「良い飲みっぷり!——この後、じっくり楽しめそうね」 「……え……?」 奏はそう言いかけた直後、身体に異変を感じた。 まだ二口しか飲んでいないのに、身体が急に重くなり、目が周るような感覚がする。 身体が熱くなるような感覚と、強烈な眠気に襲われた奏が動揺していると、アシュリーはそっと奏の胸元に手を添えて来た。 「ふふ、もう酔っちゃうなんて、キュートね」 「……何、これ……」 「心臓がバクバクしてるよ?もしかして、私がくっついてるせい?」 「ち……が……」 なんで。 たかがワイン二口で、こんなに身体が熱を帯びたようになるものか? 熱い。熱い—— 「きゃあ、ソウ!ここが大きくなってる!」 「っ、ア——」 股間を弄られ、奏は咄嗟に退けようとしたが、身体が思うように動かなかった。 「触られて直ぐに大きくなるなんて、ソウ、そんなに興奮してるんだ?」 「や……め……」 やめて。 そう言いたいのに、身体が動かず、声もまともに出せない。 「でも、お楽しみはもう少しとっておきましょ? ちゃんと上から順番に責めてあげないと。 ——アラ?」 アシュリーに対抗したくても身体に力が入らない。 騙された—— 奏が絶望していると、アシュリーは奏の服を捲り上げて言った。 「ソウってば、こんなセクシーなところにピアスを付けてたなんて!」 「……あッ!」 乳首のピアスをくりくりと弄られ、奏は思わず甲高い声を上げた。 まともに声が出せず、「やめて」の一言さえ出てこないのに、アシュリーに触れられた瞬間に喘ぎ声を上げてしまった奏。 やめて。触らないで。 「ふふ!ソウ、そんなに感じてるの? もしかしてこっちも弱かったり、する?」 次いでアシュリーは、へそピアスに長い舌を這わせた。 「ん……んうぅ……!!」 嫌だ。 響にしか見せたくない場所なのに。 響にしか触って欲しくない場所なのに! やめて!! 「ニップルにベリーボタンに—— こんなにボディピアスを開けてるなら、もしかしてここも開けてる?」 「……ッ!」 アシュリーの指先が下半身に降りていく。 「知ってる?ココにピアスがあると、女は入れられた時に気持ち良いんだって。 ソウのはどうなってるかな——」 やめ…… 奏が薄れそうな意識の中、必死で抵抗しようともがいていると、不意に音が聞こえて来た。 『——奏……奏!』 あれ……? この声、響……? なんで?幻聴? 『奏!何してるの——』 ……え……? 奏がどうにか目玉を動かして音のする方に視線を向けると、音はテーブルの上に置いてある携帯電話から聞こえてきていた。 「……!!」 どうやら、慌てて通話を終了させたため、ボタンをちゃんと押せていなかったらしく 響との電話がずっと繋がったままになっていたようだった。 先程までは寝落ち寸前の様子だったはずの響が、電話口で必死に叫んでいる声が聞こえて来る。 「何の音——?」 アシュリーもノイズに気づいたらしく、奏に跨っていた身体を起こして辺りを見渡した。 『返事して、奏!そこにいるのは誰——』 そして携帯電話が通話モードのままになっているのに気付くと、まだ響が叫んでいるのを遮るように通話終了のボタンを押した。 「あ……」 「邪魔だから、電源をオフにしておくね」 響との繋がりを絶たれ、奏が絶望した表情を浮かべると、アシュリーは振り返ってくすりと微笑んだ。 「電話を切り忘れるなんて、ソウはうっかりね。 でも、気づいて良かったあ。 わたしがうっかりクスリのことを口にして電話の相手に聞かれたら、面倒なことになるものね」 クスリ……?! 奏が顔を青ざめると、アシュリーはニッと笑みを見せた。 「——わたしがノランの親戚だって話は、ウソ」 「……!?」 「スタジオに来るあなたのことを前から見てて、チャンスを狙ってたの。 あなたがわたしを招いてくれて、クスリを入れるチャンスもくれたから、おかげで大成功!」 「……」 「心配しなくてもいいよ。 クスリといっても、軽い睡眠薬。 あと、ラブポーション……日本語だと、ビヤク?身体が反応しやすくなる」 「!?」 「クスリが抜けたら副作用は残らないから大丈夫」 そう言ってアシュリーは、奏の乳首をペロリと舐めた。 「……ッ!!」 感じたくないのに、刺激に対して反応をしてしまう。 「ほんとソウの身体ってホットね。 まだ始めたばかりなのに、こんなに感じてるの?」 「や……」 やめて。それ以上触るな。 「もしかしてピアス付けてるのも、感じやすいから? ソウってほんとにセクシーね。 じゃあ、ベリーボタンも感じるってことよね——」 そこに触るな……! やめろ!!! 奏が必死に抵抗しようとしていたその時、再び部屋のチャイムが鳴った。 「……ッ!」 アシュリーはハッとして顔を上げたが、すぐに冷静になって言った。 「ルームサービスでも頼んでた? でも、応答しなければ留守だと思って帰るよね」 「……っ」 「さあ、続きをしましょ——」 ガチャリ。 鍵の開く音が鳴り、誰かが中へ入って来る。 アシュリーが驚いて振り返ると、そこには鬼のような形相をした早苗が立っていた。 「な……!?あなた、突然何——」 「そーちゃんから離れなさい!!」 早苗はツカツカと近寄ると、アシュリーの頬を問答無用で平手打ちした。 「きゃあッ!?——何するの!!」 頬を打たれたアシュリーが反撃しようと身を乗り出すと、早苗は躊躇なくアシュリーの腹部を蹴り上げた。 げほ、と胃液を吐き出したアシュリーは、そのまま後ろへ倒れ込んだ。 「あなた、そーちゃんに何するつもりだったの!?言いなさい!!」 早苗はアシュリーの上に馬乗りになり怒鳴りつけた。 奏は、身体を動かすことができず、声もほとんど出せなかったため、ただ視界の隅で早苗がアシュリーに殴り掛かるのを見ているほかなかった。 「言いなさい!言いなさいよぉっ!!」 「ぐっ。ぐふ……!や、やめ——」 「そーちゃんを傷つけたら許さないんだから!!」 早苗はアシュリーの顔が真っ赤に腫れ上がってもお構いなしに、彼女の頬を叩き続けた。 「……ごめんなさいぃ……」 暫くして、アシュリーが耐えきれずに大粒の涙を流すと、早苗はようやく手を止めた。 「二度とそーちゃんに近づかないと約束しなさい!」 「はいぃ……ヤクソクしますぅ……」 それを聞いた早苗がアシュリーの上から退けると、アシュリーは泣き腫らした顔で荷物をまとめながらこう溢した。 「……あなたソウのマネージャーね……? あなたのこと、ノランに言ってクビにしてやるから……!」 すると早苗は負けじと仁王立ちになって言った。 「それはどうかしら?アシュリー・ウォーカー!」 「ハァ?」 「あなた、これまでも気に入った共演者やスタッフに薬を飲ませて無理やり関係を持っていたそうじゃない! この映画に出れたのも、あなたに入れ込んでいる事務所社長のプッシュがあったからなんでしょう? でも、ノラン監督は撮影現場の輪を乱す人が何より嫌いだそうね。 あなたが騒ぎを起こしてるってノランに伝えれば、あなたが先にクビになるんじゃないかしら?!」 「……っ!」 アシュリーは唇を噛み締めると、鞄を持ってホテルを出て行った。 「——大丈夫!?そーちゃん!!」 それを見届けてすぐ、早苗は奏の元へ駆け寄った。 「……っ」 「動けない?声も出せないのね……可哀想に……」 アシュリーによって乱された服を直してやると、早苗は奏を抱き締めた。 「怖かったでしょう……? ごめんね、助けに来るのが遅くなって——」 マネージャー、かっこよかったよ。 それに、謝らないで。 あの人の言葉を間に受けて、何も疑わずに部屋に招いた俺が悪いんだから—— 奏はそう答えたかったが、声が出て来なかった。 「ごめんねえ、そーちゃん……」 早苗は奏を抱き締めたまま、暫く泣き続けた。 ——それから数時間、ソファから動けないままだった奏だが、 だんだんと身体の感覚が戻ってくると、ようやく声も出せるようになり、早苗に礼を言えた。 そしてアシュリーとの間に何があったのかも説明できた。 「マネージャー、さっきは本当にありがとう。 ……何も警戒せず、あの人と二人きりになって……自分が情けない」 「いいのよ。私の方こそ、あのアシュリーとかいう女優の悪評は耳にしていたのに、何の対策もしてなかった。 普段は私がそーちゃんの側にいるし、私もそーちゃんと同じホテルで暮らしてるんだから、近付いては来れないって思ってたのに……。 まさか私がトイレに立った十分程度の間にそーちゃんを誘うだなんて……」 早苗が悔しそうに唇を噛み締めた。 「それにしても、よく俺が襲われてるって分かったね。 同じホテルとはいえ、部屋の階数が違うのに」 「——サツキくんが教えてくれたの」 「……え?」 そうだ、響!! さっき俺が襲われた時、響と電話が繋がったままになっていた。 アシュリーに切られてしまったけど、途中までは響に聞かれていて—— ……俺、アシュリーに触られて思わず反応してしまって…… 俺の喘ぎ声も、響に聞かれてしまっていた……よな……? 「……っ、響は——なんて……?」 奏は震える声で早苗に尋ねた。 すると早苗はこう言った。 「順を追って話すとね、まず私の借りてた携帯はそーちゃんに預けていたじゃない? だからサツキくん、おうちの電話帳を調べてウチの社長の携帯に電話をかけたみたいなの」 「社長に……?」 「それでサツキくん、『奏が緊急事態かもしれない。すぐに早苗さんに連絡を取って様子を見てもらって欲しい』って社長に伝えてくれて—— 私の借りてる携帯が繋がらないことも話してくれたから、社長はこのホテル宛に電話してくれたのよね。 それで私の部屋にホテルマンが転送してくれて、私が気付くことができたってわけ!」 ……響…… 「……響が言ってたのは、『緊急事態』ってことだけ……?」 奏は恐る恐る、早苗に尋ねた。 「俺が、アメリカで女の人とセックスしようとしてたとは、疑ってなかった……?」 すると早苗は、自分が聞いたのはそれだけだと答え、携帯電話を手に取った。 そしてアシュリーによって落とされた電源を入れ直すと、奏に手渡した。 「——アシュリーも出て行ったことだし、そーちゃんから連絡してあげたらサツキくんも安心するんじゃない?」 しかし奏は、ふるふると首を横に振った。 「……怖い……」 「ええ?」 「……響が、誤解したかもしれない……。 響が電話で聞いていた範囲だと、俺とアシュリーが良い雰囲気になってるって捉えられてもおかしくないやり取りしてたから……」 「実際はそーちゃんが一方的に襲われたんじゃない!」 「そうだけど……。アシュリーから『ノランのことを教える』と言われて会う約束をしたのも、アシュリーから『ノランと仲良くなれるから』って渡されたワインを何も疑わず飲んだのも、全部俺が——」 「だから、そーちゃんは悪くないの!!」 早苗はキッパリ言うと、奏から携帯を奪い返し、如月邸の番号を打ち込んでいった。 「あ……」 「ホラ!心配しなくても、サツキくんなら分かってくれるはずだから!!」 早苗はそう言って携帯を奏の手に握らせると、離れたところで待っているからと、壁で仕切られたバスルームの方へ去って行った。 『もしもし!?奏!?』 電話はすぐに繋がった。 『奏、何があったの!?』 声のトーンから、すっかり響の酔いが醒めているのがわかる。 「……ごめん。さっきまで速水さんと飲んで楽しそうにしてたのに、台無しにしたよね」 『そんなことはいいんだよ! ねえ奏、大丈夫だった?いきなり電話を切られて繋がらなくなったから、俺心配で——』 「女の人に襲われた」 『っ!……』 「クスリを飲まされて、身体が動かなくなった。 見られたくないところを見られて、触って欲しくないところを触られた」 『な——』 「でも、マネージャーが助けに来てくれたから、今はもう大丈夫」 『……っ』 「俺が部屋に招いたせいでこうなった。だから俺のせい」 『……』 電話の向こうで響が押し黙る。 ああ。響、引いただろうな。 俺がアシュリーをのこのこ部屋に上げて、挙句あんなことされて よりにもよって喘ぎ声まで出してしまったんだ。 「……俺のこと、嫌いになったでしょ」 無言のままの響に言った。 「アメリカまで来て何してるんだって思ったでしょ。 早く帰りたいんじゃなかったのかって。 女の人を部屋にあげたりして、お酒飲んで何するつもりだったんだって。 作曲はどうしたんだよって思ってるでしょ?」 響が尚も無言でいると、奏は響が反応しなくなってしまったことと先程のショックとが相まって、自暴自棄な気持ちが湧き上がって来た。 そして焦りと不安から、思わずこう口にした。 「っていうか、もういいよ。 俺に冷めたなら、俺の帰りなんて待たないでいい。 家事もやんなくていいし。 他に恋人作ったって構わないよ。 響が行くとこないなら、俺んちに居候してたって別に文句は——」 『奏』 電話の向こうから、低い声が漏れて来た。 『奏は俺の気持ち、何も分かってないんだな』 ——その一言を発したきり、通話は切れてしまった。 奏は通話が終了した後も、暫く呆然としたまま携帯を耳元に当てていた。 ——奏は俺の気持ち、何も分かってないんだな—— 一番言われたくない言葉だった。 響を思い遣りたい、響をわかってあげたいと望み、口にしていたのに まるでできていなかったことを突き付けられた瞬間だった。 「……ぁ……、俺——」 俺は何を言った? 響に嫌われたと思って、引かれたと思って 咄嗟に出て来た言葉があんなものになるなんて。 帰りを待たなくていい? 他に恋人を作っても構わない? ——全部、嘘だ。 そんなこと、微塵も思ったことないじゃないか。 そうだというのに、どうして俺はあんなこと—— 気付くと奏は、ソファの上にボタボタと涙を溢していた。 「——そろそろ終わったかしら?」 そう言って戻ってきた早苗は、奏が泣いているのを見てぎょっとした。 「そ、そーちゃん!?」 「……ぅう……」 「そーちゃん……!」 早苗は動揺しながらも、響と何があったのかを尋ねた。 すると奏は、口を開いてこう言った。 「……俺、響とはもうダメかもしれない……」

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