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第39話
けれど講義の最終日、教育係は書物を閉じると佐理に穏やかな眼差しを向け、こう言った。
「佐理様、帝は佐理様を心の底から愛しておられます。今日まで夜伽のいろはを学びましたが、全て忘れてくださって結構です。男と言うものはですね、愛する者を悦ばせたいと思う生き物なのですよ。ですから初夜の褥(しとね)では、全て帝にお任せいたしなさい」
教育係も清友も、佐理は何もしなくていいと言う。
けれど自分だって男なのだ。帝に気持ち良くなってもらいたい。
知識はある。ないのは実践と勇気だけだ。
佐理はそばにある御酒を盃に注ぐと一気に飲み干した。
「なんだこれ、甘くて美味しい」
もう一杯飲む。
教育係に学んだことを頭の中で復習する。
まずは帝の単衣(ひとえ)を脱がして、あ、いやその前に口づけだ。
最初はそっと唇を挟むように、で、次に……。
自然と御酒に手が伸びる。
口づけをしながら、まずは単衣の上から帝の身体に触れて……。
佐理は次々と盃を傾けた。
とろりと甘い御酒に身体が浸かっていく。
身体がふわふわとなってきて、足裏が火照る。
身体は軽いのに瞼だけが重く、そしてついに目の前の光景にゆるゆると緞帳(どんちょう)が降りてきた。
途中、伽羅の香りが鼻腔をくすぐり、ふわりと身体が浮いたような感覚に襲われたが、佐理の意識はそのまま静かに落ちていった。
目覚めると朝だった。
いつの間にか佐理は繧繝縁(うんげんべり)の褥(しとね)に一人で寝ていて、夜御殿(よんのおとど)のどこにも帝の姿はなかった。
ただ、伽羅の香りだけが褥の中に濃く残っていて、昨夜確かに帝がここにいたことを物語っていた。
佐理の単衣は解かれた様子もなく、そうでなくとも自分の身体に何も変わったところがないのは分かった。
佐理は昨夜、帝を待っている間に御酒で酔っぱらってしまい、そのまま寝てしまったのだ。
なんたる不覚!
佐理は何もしなくていいと言われたが、こういう意味ではない。
これでは教育係に合わせる顔がない。
いや、その前に帝だ。
初夜の勤めも果たさず泥酔して寝てしまった自分をどう思っただろうか。
そうだ、こうしてはいられない、ちゃんと帝に謝罪をしなければ。
「佐理様、お目覚めになられましたか」
几帳の影から声がした。
「朝餉間(あさがれいのま)に朝食の準備ができております」
帝はすでに政務についていて、佐理が帝と顔を合わせたのはその日の昼食時だった。
「佐理、昨夜はぐっすり眠れたか?」
笑顔でそう問いかける帝に佐理は平謝りをする。
「申し訳ございませんっ」
「佐理」
帝は佐理の肩にそっと手を置き、顔を上げさせる。
「私は佐理を朝まで抱いて眠れただけで幸せなのだよ。緊張して御酒を飲みすぎてしまったのだろう?」
その通りだった。
が、にしてもだ。
佐理は素直に頷いていいものかどうか迷う。
「佐理はもともと花月の趣味はないのだから仕方ない」
「い、いえそういうことではなくて。本当に緊張してしまって」
「私に抱かれるのは嫌じゃないのか?」
「……嫌じゃありません」
消え入りそうな声になる。
なんだかいたたまれなくなり目を伏せるが、帝の視線が瞼に痛い。
「緊張しているだけです、今もそうです」
今まで見たことも触れたこともない豪華な家具に囲まれ、ついこの間までは佐理にとって、雲の上の存在だった人たちから様付けで呼ばれ、佐理はずっと息をつく暇もないほど緊張していた。
「佐理、今、新しい宮を建てさせていて、もう少しで出来上がる。ここは人も多いし慣れない事が多く疲れるだろう。私は新しい宮に移るまで佐理には何もしない。だから夜はゆっくり休め」
それに、と帝は佐理の頬に手を添えた。
「佐理がこんなに緊張していては、抱くに抱けない。無理にすると壊してしまいそうだよ」
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