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第40話
それから佐理は酒で酔っ払うような大失態は起こさなかったが、帝は言った通り、佐理を腕に抱いて寝るだけで、それ以上のことは何もしてこなかった。
佐理は申し訳なさでいっぱいだったが、あのあと帝が佐理の耳元で囁いた言葉に、佐理は赤面しながらも、ほっとしたのだった。
『それに、ここの夜は聞き耳を立てられているからな。私は佐理の声を誰にも聞かせたくない』
そうなのである。
帝には四六時中、護衛がついている。
それは夜、寝る時も同じだった。
新しい宮には選りすぐりの最少人数だけを連れて行くという。
それでも夜の護衛は必要なのではないかと思ったが、ちょっとやそっとの声では聞こえない場所に待機させるらしい。
ここ清涼殿では色々と従わなければいけない決まり事が多いが、新しい宮ではそれがなかった。
それでは護衛の意味がないのではと思ったが、新しい宮は刺客に備えたさまざまなカラクリが施されているのだそうだ。
帝はそのために唐から最先端の技術を持った宮大工を呼び寄せたのだと聞いた。
『佐理の命を守るためなのだから当たり前だろう』
帝の深い愛を感じ、幸せが怖いとはこういうことを言うのだと佐理は知った。
朝から太陽が白く溶けるような盛夏に、新しい宮は完成した。
実はこの頃になると、佐理は清涼殿の生活にもすっかり慣れ、なんと大学で文章博士の助手を務めるようになっていた。
後々には博士の資格を取るつもりだ。
それ以外にも佐理は和歌や漢詩の歌合戦に引っ張りだこで、毎日帝より忙しいくらいだった。
このまま清涼殿でもいいかも、などとチラリと思ったりする佐理とは反対に、帝は早く新しい宮に移りたそうだった。
新居に移る日、一緒に連れていけない世話係たちと佐理は別れを惜しんだ。
「別に会おうと思えば、いつでも会えるだろうに」
佐理の横で帝は不機嫌に言った。
新しい宮は、大きくはないが屋根には檜の皮が敷き詰められた美しい神殿造だった。敷地の南側には池もあって、白い水蓮が競い合うように水面を飾っていた。
「佐理」
帝は新居に着くと早々に人払いをし、佐理を後ろから抱きしめた。
「佐理は清涼殿の方が良かったか? 私とこうして二人きりになれるここより」
「清涼殿でも二人きりになれていたじゃありませんか」
「あれは二人きりとは言わない。すぐそばに人が控えていただろう」
子どものように拗ねる帝が可愛くて佐理はクスクスと笑った。
その佐理の唇を帝の唇が覆う。
口づけの間から帝の湿った息が漏れる。
毎晩、帝の腕に抱かれて朝まで眠り、口づけも数えきれないほど交わした。
けれどそれらはいつも、お互いの温もりを確かめ合い、愛の言葉を囁く代わりの挨拶のようなものだった。
けど、今のこの口づけは違った。
この先にあるものをはっきりと想像させる口づけだった。
帝は貪るように佐理の口内に舌を差し入れ、逃げようとする佐理の舌を捕まえる。
お互いの身体に火をつけるような荒々しい口づけは、二人が再会した賭弓の日以来だった。
帝がずっと自制していたことを佐理は知っていた。その精神力の強さは、もしかしたら自分は帝に求められてないのではと不安になるほどだった。
けれど、この欲望を剥き出しにしたような口づけで、そんな不安は一気に消えてなくなる。
ついに自分は帝に抱かれるのだ。
喜びと恥じらい、そして期待の後ろに見え隠れする恐れ。
ふいに帝の唇が離れた。
「佐理、おいで」
帝に手を引かれ連れて行かれた奥には、白金の屏風で囲われた屋礼(しつらえ)があった。
中央に御張(みちょう)があり、霧雨の日の蜘蛛の巣のような蚊帳(かや)で覆われていた。
白と銀で縁取られた繧繝縁(うんげんべり)の畳の上には褥(しとね)が作られており、白い水蓮の花が散らされていた。
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