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9-1-恋い焦がれる

 四月の図書館よりも前に桐矢は運命のオメガとすでに出会いを果たしていた。  四年前のことだ。  担任をしていたカオルの伴侶が病気で亡くなり、桐矢は学校を抜け出して葬儀場まで向かった。中には入らなかった。火葬場へ移動するため、駐車場に出てきていた参列者を遠目に眺めた。  喪主であるカオルの隣には十二歳の皐樹がいた。  車道を挟んだ向かい側で距離はあったが、父親の陰で泣いているのは、わかった。頻りに涙を拭う仕草は十四歳の桐矢の目に焼きついた。  歓喜する魂の音色が血肉の隅々まで鳴り渡るのを感じながら、アルファの少年は、走り去っていく漆黒の車をいつまでも見送った。  廊下を歩く客の笑い声が聞こえて皐樹は強張った。 「人が……」 「この部屋に入ってくるわけじゃない」 「通り過ぎるまで待ってくれ」 「これ以上待ったら干乾びる」  そこは賑やかな繁華街近辺に建つシティホテルの一室だった。  今日はゴールデンウィーク初日であり、余裕をもって予約していたスーペリアのダブルルーム。二十四時間滞在可能のプランで、桐矢は皐樹を連れて近場のホテルに正午過ぎにチェックインしていた。 「ソッチが勝手に待機してただけだ、俺から頼んだわけじゃない」  快適なダブルベッドの上、先月に十七歳の誕生日を迎えた皐樹は、着慣れないバスローブの合わせ目を必死になって死守していた。 「人が通る度に中断とか、やってられない」  一日早く十九歳になっていた桐矢は、ボクサーパンツしか身につけておらず、シャワーを浴び終えたばかりで濡れた髪は撫でつけられていた。  第一志望に掲げていた地元の国立大学に合格し、教育学部に在籍する彼の現在のヘアカラーは……真っ赤だった。受験当時は黒髪に戻していたが、母親のいづみにビビッドな色の方が合うと、入学祝いに染められたらしい。  昨年末のウインターカップで地元の新聞やテレビに活躍を取り上げられた刀志朗は、インターハイの予選大会に向けてバスケの練習に打ち込んでいた。三年生になった凛も加え、昼休みはカフェテリアで三人で過ごすのが皐樹の最近の日課になっていた。  水無瀬は隣慈学園の大学へ、父親と同じ弁護士になるかどうかは未定だが、法学部に進んでいた。大学進学を機に実家を出ており、現在は二見と一緒に暮らしている。両親は断固反対したが、過去は過去、今は気の合うただの隣人だと、マイペースなクイーン・オメガは引っ越していった。月経が訪れたときにはお世話係として来るよう弟に言いつけて。 「お前と再会した日から禁欲してるんだぞ、俺は」  この一年で身長が二センチ伸びて百七十一センチになった、黒髪をしっとり濡らした皐樹は眉根を寄せた。 「再会した日って、いつのことを言ってるんだ?」  桐矢はニンマリ笑った。自分の真下で怪訝そうにしている切れ長な目に「さぁ、いつだろうな」と、うそぶいた。  皐樹と体を重ねるのは十七歳になってからと決めていた桐矢だが、今日までクリーンな日々を過ごしてきたかと言うと、実のところそうでもなかった。 「どこの誰が禁欲してたって? しつこくベタベタ触ってきたくせに……」  入念な準備期間を経て、受け入れ態勢が整っていた皐樹は、当の開発主に毒づいた。 「予行練習もなしに、いきなり本番なんて酷だろ」  桐矢の利き手はバスローブを掻き分け、剥き出しの太腿の狭間に深々と潜り込んでいた。サラサラした寝具の下、如何わしい手遊びに長けた指が意味深に動く。オメガ性の男体が有する、子宮代わりとなる独自の器官に繋がる尻膣(しりちつ)。中指と薬指が捻じ込まれ、ゆっくりと後孔を行き来する。蠕動する膣壁をなぞられて皐樹は喉を引き攣らせた。 「ん……!」  バスローブがはだけ、滑らかな肌を零す体に寄り添って、桐矢は指を動かし続けた。規則的な指姦(しかん)にオメガのペニスは独りでに()ち上がる。すでに暴かれていたコリコリとした性感帯を指の腹で小突かれると、先走りが滲む熱源先端のみならず、ナカも愛液で濡れ出した。 「あっ……ぅ……」  強く疼くところを直に刺激され、空調が効いている客室で寝具が鬱陶しくなるくらい、皐樹の全身は熱を帯びた。 「堪らないな」  同じく火照っている桐矢は純潔にして淫らに蠢くナカを解しながら、扇情的に喘ぐ唇にキスをした。  口内を侵す舌。オスのオメガの聖域を破る指。余念のない戯れに興奮が上乗せされる。ろくに触れられていないペニスがさらに昂ぶって皐樹は身悶えた。今すぐ触ってほしくて堪らなくなった。 「んっ」  まるで皐樹の欲求を汲み取ったかのように、桐矢は、純潔なるペニスを掌で包み込んだ。先端から根元までじっくり甘やかす。緩みがちな下唇を啄みつつ、罪深げに膨れ上がった熱源を甲斐甲斐しく愛撫した。  「ぁ……桐矢……」  指を抜かれた尻膣が今度は無性に切なくなって、皐樹はつい腰を浮かせてしまう。素直な反応に桐矢はひっそりと笑んだ。 「どっちでいきたい、皐樹」

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