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第6話

「平田、後でちょっと時間もらえないかな」  講義室で平田を見つけ、思い切って声を掛けた。相談した手前、平田には報告しておかなければという義務感があった。おーいいよ、と平田が軽く返事をする。 「何、どっか行くの? 俺も行っていい?」  たまたま近くを通りかかった大輝が加わってきて、俺も驚いたが平田はわかりやすく困った顔をした。平田には、俺が話したいことをなんとなくわかっているようだった。 「うん、いいよ。じゃあまたあとで」  俺の返事に、平田が驚いたような顔をした。本当はタイミングを見て話したかったが、いずれは大輝にも話すつもりだったのでちょうどいいと思うことにした。 「羽田さんと付き合うことになった」  講義の後、大輝がコーラを飲みたいと言ったので自販機に買いに行くことになった。ちょうど人気がなかったので、思い切って告白した。驚いたのは大輝も平田も同じだった。違ったのはその後の反応で、平田はおめでとうと好感を示してくれたのに対し大輝は不快感をあらわにした。 「えっ、羽田さんってあの羽田さん? ソッチの人だったの?」  おい、と平田が大輝をたしなめる。ちょっと前の俺だったら、深く傷付いていたかもしれない。今だって何も思わないわけではないけれど、こうして平田は平等に接してくれようとしているし、羽田さんはゲイだと知った上で俺を好きになってくれた。 「羽田さんがどうなのかはわからないけど、俺はそう」  そうなんだ、と大輝が呟く。目が泳ぎ、反応に困ると顔に書いてあった。これが普通の反応だと思う。やっぱり俺がゲイであることは人を困らせることなんだと素直に受け止める。これまでずっと隠してきて、ようやくふたりに受け入れられたからと言って、全員が簡単に受け入れられるわけではないということはわかっていた。そうでなければ、俺も隠したりしなかった。それでも拒絶反応を示さないだけ大輝は優しいと思う。 「実は俺、そういう意味で大輝のことが好きだった」 「ええ、あ、うん」  返事に大輝のテンパり具合がよく現れている。これは言わなくてもよかったのかもしれないが、自分なりの羽田さんと付き合うためのけじめだった。 「これからも友達として仲良くしてくれると嬉しい」 「それは、もちろん」  その言葉を聞けただけで大満足だった。これ以上一緒に居ても気を遣わせるだけなので、用事を思い出したと言ってその場を離れた。  歯ブラシ、部屋着、コンタクトの洗浄液。羽田さんと付き合うことになってから急速に部屋に羽田さんの私物が増えた。前はお邪魔しますと言って部屋に入ってきたのに、今ではただいまと言って入ってくる。前は夕食後には自分の部屋に帰っていたのに、今では泊まりが当たり前で着替えるためだけに部屋へ戻っているような状態だ。元々スキンシップが多い人ではあったけれど、付き合ってみると鬱陶しさが増した。それから、セクハラまがいのようなことをしてくるので困る。洗い物をしているときに背後に立って服の中に手を入れて直に胸を触られる、羽田さんの足の間で一緒に動画を見ているときに下着の中に手を入れられる、といった具合だ。付き合いたてのカップルはこんなもんなのだろうか。 「春陽、こっちおいで」  風呂から上がって部屋に戻ると、ベッドに腰かけていた羽田さんがベッドの側面を叩いた。ベッドの上には、コンセントにつないだドライヤーがある。これも羽田さんの私物だ。気恥ずかしくて一瞬ためらうが、お言葉に甘えて羽田さんの足の間の床に座った。羽田さんが俺の肩に掛けてあったタオルを取り上げ、わしわしと濡れた頭を拭く。それから、優しい手つきで丁寧にドライヤーで乾かしてくれた。基本的にはデリカシーに欠けた人だけど、たまに愛されてると実感する瞬間があって、こそばゆくて居たたまれない気持ちになる。 「終わり」 「ありがとうございます」  髪が短いのですぐに乾いた。羽田さんと付き合う前まではタオルで拭くだけだった。髪を乾かしてから寝ると翌日の髪のコンディションが大きく違うことを知ったが、だからといって今後積極的に乾かすかというと惰性が勝って生乾きのまま放置すると思う。 「この後何する?」  ドライヤー本体にコードを巻き付けながら羽田さんが言う。 「今日はもう寝るだけです」 「そっか。じゃ」  ん、と言いながら羽田さんが俺に向かって両手を広げる。来いという合図だ。がばっと抱きつけるような可愛げはないので、両手を羽田さんの肩に置いて、なるべく体重を掛けないように膝の上に跨がった。羽田さんが顔を寄せてきて軽く唇を重ねる。 「あのさー春陽」 「はい?」  珍しく羽田さんが言い淀むので、一瞬不安になる。 「フェラしてくんね?」 「いいですよ」  えっ、と目を丸くする羽田さんに、初めてなので下手だと思いますけど、と予防線を張ってベッドを降りた。大したことじゃなくてよかった。実は浮気していました、だったら絶対に許せなかった。  羽田さんがほんとにいいの? と言いながらいそいそと腰を浮かしてズボンとパンツを脱ぐ。完全に口と行動が一致していない。羽田さんの足元に膝をつき、羞恥で閉じようとしている膝をがばっと割り開いた。大きく口を開け、度胸で羽田さんの半勃ちしていたモノを口に入れた。目で見るよりも、口に入れたときの方が大きく感じる。少し舌を動かしてみると、ほんのりと石鹸の味がした。それから、濃く羽田さんの匂いがする。 「わーお、春陽ってば大胆」  茶化す声色がなんだか引き攣っていた。引かれたかな、と羽田さんの顔を盗み見る。目が合った途端、口の中のモノがビクッと反応してじわっと苦い味が広がった。少なくとも引かれたわけではなさそうだ。  付き合ってから何度もキスしたし、お互いに抜き合って裸のまま朝を迎えたこともある。だが、いわゆる前戯止まりでそこから先に進んだことが一度もない。プラトニックな付き合いでも一向に構わないと思っているはずなのに、やっぱり羽田さんは男が無理なのではと疑心が芽生える。 「春陽、もういいよ」  夢中になって舐めていると、羽田さんからストップがかかった。結局イかせることはできなかったし、気持ちよくなかったのだろうか。口を離したとき、端から涎が垂れていたことに気付いて慌てて拭う。口の中がなんだかぬるぬるして変な味がする。溢れていた唾液と一緒に飲み下した。  視線を少し上げると、羽田さんが目の前で自慰をしていた。あっけにとられて視線が釘付けになる。 「はぁ、はぁ、うっ」  歯を食いしばり、表情を歪めて手の中に吐精していた。こんなときでも羽田さんはかっこいいんだなとぼんやり思う。 「ごめん、かかってない?」  ティッシュを引き抜きながら羽田さんが言う。ハッと我に返り、大丈夫です、と返事をした。 「じゃ、次は春陽の番ね」 「俺はいいです」 「だーめ」  立って洗面所に向かおうとしたら腕を引っ張られて、羽田さんに背を向ける形で足の間に座らされる。後ろから腕が伸びてきて、片方はパンツの中に、もう片方は服の中を這っていく。 「やっ」 「ちょっと勃ってる。かわいい」  下着の中で、なぞるように羽田さんの手がゆるゆる動く。耳の裏にキスをされ、カリカリと乳首を爪で引っ掻かれる。声を殺して身悶えする。もどかしくてどうにかなりそうだ。 「あっ、ああっ、は」  ズボンの中から性器が取り出され、急に激しく扱かれる。背中を仰け反らせ、羽田さんの首に腕を回した。性的な欲求に支配されて何も考えられなくなる。 「イくときイくって言って」 「い、イク、イクッ、あぁ」  断続的に白い液体が飛んで、床とズボンを汚した。少しの間、汚れた床をボケッと眺めながら、羽田さんに抱きしめられて放心する。恥ずかしいことを言わされたような気もするが、そんなことにも気が回らないくらい、気持ちよかった。 「もう寝る?」 「はい」  ぼんやりしたまま返事をする。気怠さに身を任せてずっと羽田さんの腕の中に居たかったが、いつまでもそうしていられない。ティッシュで簡単に出したものを拭いてからベッドに上がり、羽田さんの隣に寝そべった。 「おやすみ」 「はい。おやすみなさい」  リモコンで羽田さんが電気を消す。時刻はまだ23時を過ぎたばかりだ。もちろん毎日規則正しい生活を送れているわけではないが、それでも羽田さんと過ごすようになってから比較的健康的な生活を送れているような気がする。それは決して悪いことではないのだが、それだけではもどかしいような気もしている。  シングルサイズのベッドに大学生の男ふたりは狭い。慎重に寝返りを打つと、まだ起きてる? と羽田さんが小声で聞いてきた。うとうとしていたので、半分夢の中ではい、と返事をする。布団の中で服を捲られ、一気に目が覚めた。 「ちょっ、何やってるんですか……もう」  羽田さんが布団の中に潜り、俺の身体を抱き寄せて平らな胸を吸っている。舌の感触や髪の毛が肌に触れる感触がくすぐったい。布団の上から羽田さんの頭を押さえつける。羽田さんの好きな身体の部位はどうやら胸らしい。俺に胸はありませんけど、と見ればわかることを指摘すると、ふたつかわいいのが付いてるじゃないかと、両の乳首を人差し指で押された。こんな不毛なやりとりをしたことがある。羽田さんの基準として少なくとも胸に関しては大小は関係なく、男女すらも問わないのかもしれない。相手にしなければ、そのうち飽きるだろう。またすぐにぼーっとして、うとうとしてくる。寝落ちる寸前、ふと思いついたことがあった。布団の中に両手を入れ、手探りで羽田さんの背中に回す。その手をどんどん下ろしていった。 「春陽?」  布団の中から羽田さんが顔を出した。なぜか羽田さんはズボンと下着を穿いておらず、直に臀部に触れた。さわさわと尻を撫でる。 「えっ、何してんの?」  暗くて表情はわからなかったが、動揺しているのが声でわかった。後で知ったことだが、羽田さんは布団の中で自慰をしていたため、ズボンを下着を下ろしていた。尻の割れ目に指を這わせ、穴に指を挿れると、尻全体でぎゅっと指を締め付け、ビクンと羽田さんがすくみ上がった。 「春陽もしかしてソッチ? でも今日は無理だよ、準備とかしてないし」  おやすみ、と羽田さんがそそくさと俺に背を向けて布団をたぐった。もしかして俺は、とんでもない過ちを犯したのではなかろうか。案の定、翌日羽田さんはうちに来なかった。  大輝とは、性指向と片思いだったことを告げてからなんとなく疎遠になっていた。元々ずっと一緒に行動していたわけでもなく、すれ違えば何事もなかったかのように挨拶するので、きっと傍から見れば気付かれまい。気まずいのは理解できるし、言った者勝ちですぐに俺がその場から逃げてしまったのも気まずさを助長させている要因になっている。あのときこうしていればと思わないでもないが、どちらかと言えば後悔よりも諦めの方が強い。代わりに、平田と行動することが増えた。平田は性的マイノリティに理解を示してくれたが、自身は異性愛者であった。 「春陽、最近元気なくない? 大丈夫?」  講義室からの移動中、脈絡なく平田が聞いてきた。カミングアウトの後、平田からはたまに腫れ物に触るみたいな気遣いを感じるときがある。俺にとって大輝のことはもう過去のことになりつつあるので、正直その気遣いには息が詰まる。大輝との仲がギスギスしているのは事実だし、好意からだとわかっているので無碍にはできない。 「あー大丈夫。羽田さんとちょっとすれ違いみたいなのがあって、ただそれだけだから」  遠回しに大輝のことではないと告げる。羽田さんとのことは言うつもりはなかったのだが、他にうまい言い回しが見つからなかった。 「話聞こうか?」 「いや、いい。大丈夫」  さりげなさを装いつつも少し食い気味だったので、もしかしたら興味があったのかもしれない。お言葉に甘えて、平田は男とセックスできるかを聞いてみたとする。しかしそれは平田の回答であって、羽田さんの場合に当てはまるとは限らない。そもそも、どういう聞き方をしてもセクハラになってしまう。 「そ? 気が変わったらいつでも話聞くから」  ありがとうと返すと、昨日心霊スポットの特番やってて、と平田がすぐに話題を切り替えた。上の空で聞きながら、大輝の次は羽田さんまで失うんだろうかと、漠然と思った。

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