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第3話①

いつもは右に曲がる道を左へ曲がる。そうした方が葵の家に早く着く。 俺は風邪で休んだ葵にプリントを渡す役目を押し付けられたため、しぶしぶ学校帰りにヤツの家の方へ歩いていた。葵の家は俺の家から徒歩5分程で着く。 葵が風邪をひいて、熱を出したらしい。 当然だ、あんな雨のなかクローバーを探し、ずぶ濡れのまま帰ったのだ。 馬鹿は風邪をひかない、とどこかで聞いたことがあるが、それは嘘なのだろう。 葵の玄関前に着く。リビングの窓から、俺に気づいたゴールデンレトリバーのリンがしっぽを振りながら鳴いている。 俺はリンに少し手を振り、葵宛てのプリントを郵便受けに入れる。それからスマホで「ポスト入ってる」とだけうって、送信した。これで役目は終わりだ。さあ帰ろう、玄関に背を向けると後方からコンコン、と窓を叩く音がする。振りかえると、パジャマ姿の葵が自分のスマホを執拗に指をさしている。俺は眉をひそめて自分のスマホを見ると、葵から「しきゅー!家入ってきて!」とメッセージが来ていた。 俺は両手をクロスさせて嫌だというサインを送ると、葵は顔の前で両手を合わせて足をバタバタさせた。 どうしても入って来て欲しいらしい。面倒だが、このまま帰るとまた後でうるさいだろうから、仕方なく入ることにした。 俺が玄関ドアに近づくとドタバタ走る音がして、ガチャリと鍵が開く音がする。俺がノブに手をかける前に内側から扉が開く。 「ユキ!来てくれてありがとお」 開くとすぐ側に葵が居た。顔がいつもより少し赤らんでいて、おでこには剥がれかけの冷えピタが乱雑に貼られていた。今日は火曜だから、葵の両親は仕事で不在で、この1人と1匹しかこの家には居ない。俺の足元にはリンが来て、尾を振りながら俺のスラックスをフンフンと嗅いでいた。 「なんだよ、葵。元気そうじゃん」 葵の頬はほんのり赤いが、テンションはいつもの葵のそれだった。葵はへへっと笑って、そうなんだよねえと間延びした返事をする。 「ちょっと寝たらおっけーになった!」 葵はそう言って、ブイ!とピースサインを作って笑って見せた。俺は不機嫌そうな表情を崩さないよう注意しながら、いつもの葵の笑顔に内心でほっと胸をなでおろした。 「あっそ…。で、何だよ?」 「何って?」 「俺を呼んだだろ?なに?」 「あー実はさあ今から映画見ようと思って!ユキがせっかく来てくれたんだし一緒に見たいなあって」 「はあ?1人で見ろ。俺はもう帰る」 「えーお菓子もあるからぁ!」 葵は帰ろうとする俺の腕をグイグイ引っ張ってリビングに連れていく。もう抵抗するのも疲れたのでしぶしぶ家に上がることにした。 葵は俺をテレビの前にあるソファに座らせた。それから、台所の方へ行き、棚からクッキーの箱をだして皿にバラバラと出した。 「おまたせー。さ、見よ!」 葵が俺の隣にボフンと音を立ててソファに座る。ついでにリンも葵の隣にピョンと飛び乗った。どうやらクッキーを狙っているようだ。 「この前僕が言ってた映画覚えてる?」 そう言ってリモコンに手を伸ばす葵の手を、俺は腕を伸ばして止めた。 葵の腕は熱い。先程引っ張られた時にも感じたが、やはりまだ熱がだいぶあるのではないか。 「ユキ?」 「お前、熱計れ。まだ下がってないだろ」 えー?と言う葵を残して、体温計を探して手渡す。葵の家には昔からよく来ていたから、どこに何があるかは大体理解していた。 「もう熱ないと思うけど」 そう言いながら葵が1番上のボタンを外し、体温計を脇に差した。少し露になった首元も、頬と同じようにほんのり赤く見える。なんとなく、俺は葵から視線を逸らす。 ピピピ、と音が鳴って、葵が脇から体温計を抜く。俺は体温計の画面を覗くと、「38.3」と熱が下がったとは言えない数字が映っていた。 「映画はなしだ。寝ろ、起きてる場合じゃないだろ」 俺は葵をソファに押し倒すと、立ち上がって冷蔵庫まで向かう。後方から葵の不服そうな声が聞こえるが、無視した。

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