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第3話②
「……あった」
俺は冷蔵庫の棚から冷えピタを取り出して、またリビングの方へ戻る。
「大丈夫だよ、僕元気〜。ユキが帰ったらちゃんと寝るから」
「ダメだ」
「なんで?せっかく……うう冷た……」
葵のおでこの冷えピタを剥がして、新しいものを首筋に貼ってやった。おでこより、太い血管が通っている場所を冷やした方がいいとどこかで聞いた事があったからだ。あとは、解熱剤や氷枕も探すか。そうだ、寝かすならリビングではなく、葵の部屋に連れて行った方がいいか。
「葵、部屋行くぞ。ベッドでちゃんと寝た方がいい。あと薬とか氷枕とかあるか?」
「……嫌だ、映画観る……」
「いつでも観れるだろ、今は寝ろ」
「最近ユキと遊べなかったし、久しぶりにって思ったのに……」
そういえば、最近テストが控えていたので葵と学校外で過ごすのは少し久しぶりだった。ただもうテストは終わったのでまた体調が良くなってからでもいいはずだ。
「別に、良くなってからまた遊べるだろ」
「そうだけど……でもユキ帰っちゃうんでしょ」
そう言って葵はあからさまにしゅん、と悲しそうな顔をする。途端に俺の鼓動が早くなる。やめろ、その顔は……。
「……少しはいてやってもいいけど……」
「ほんと?ありがとぉ」
そう言って葵はその熱い手で、俺の手をぎゅ、と握った。
「あれ、ユキどしたの?顔赤い?」
「うるさい……」
葵を連れて2階の階段を上る。
上ってすぐ近くの部屋の扉を開ける。葵の部屋はやっぱり物が多い。昔からずっとそうだ。俺が何度か掃除や整理をしても、すぐこの乱雑な物置状態になる。
「お前……この前俺が整理整頓してやったのに」
「またやって♩」
「もうやらん」
俺は腹いせに葵をベッドに突き飛ばして、布団を顔まで掛けてやった。何が面白いのか布団の中で笑っている葵を残して、俺は氷枕とタオルを下の階に取りに行く。ちなみに解熱剤は、俺が来る少し前に飲んだとのことだった。
氷まくらと水で少し濡らしたタオルを手に葵の部屋に戻る。意外と葵は大人しくベッドに入って待っていた。
「ほら、頭挙げろ」
「はーい」
葵の頭の下に氷枕を入れてやる。冷たい、と気持ちよさそうな顔をする葵に少しだけ頬が緩んだ。
そのまま濡らしたタオルで葵の顔を拭いてやる。
「ユキ、なんかお母さんみたい」
「黙って寝てろ」
認めたくないが、葵の世話を焼くのは、別に、全然、嫌では無い。葵の母親にならなってやらんことも無いくらいだった。こんな気持ちになることは、絶対言わないけど。
「ねえ、ユキ。冷たいの気持ちい……。体も拭いて」
そう言って葵は眠気か熱でとろんとした目で、俺を見つめた。ドクンと心臓が跳ね上がった気がした。
「……体は自分でやれ」
ぐいとタオルを葵に突き出すが、葵は受け取らず、布団を剥いでプチプチとパジャマのボタンを外して上半身を露にする。
「な、なにして……」
「やって」
葵が促すようにタオルを持つ俺の手を自分の胸元に押し付けた。汗ばみ、少し赤らんだ葵の体に、俺はゴクリと唾を飲み込んだ。このまま拭くのはまずい気がするが、頭が沸騰したように熱くてどうしたらいいか分からなかった。少し前まではなんとも思わなかったのに、先日葵への気持ちを理解してからは、身体を見ただけでこの有様だ。
「自分で拭けばいいだろ」
「なんで?いいじゃん。顔は拭いてくれたのに、なんで体はだめなの?」
葵に触れられている手が熱い。
「……分かった」
俺はついに自分の欲に負けて、葵の首元から拭き始めた。葵は急に黙り込んで、されるがままになっている。
ドキドキと煩くなる鼓動に、これは決してやましい事ではないと何度も自分に言い聞かせる。熱を出した幼馴染の看病をしているだけだ。そうだ、汗を拭いているだけ……。それだけだ。
首元から胸元へタオルを滑らせる。葵はやっぱり無言のまま、時折びく、と体を震わせた。
「……びくってなってるけど、冷たすぎたか?」
もしかして、体を拭くには冷たかったのかもしれない。そう思って聞いたが、葵はふるふると無言のまま頭を振った。なぜか急に大人しくなった葵に疑問と緊張を覚えつつも、拭くのを再開する。胸元から、今度は腹の方へ下がらせていく。
「きもちい、」
葵がポツリとつぶやく。俺を見る葵の瞳は、体を拭く前よりも明らかに潤んでいるように見えた。ビク、葵が体を震わせ、布のかすれる小さな音が静かな部屋に響く。気づかないうちに俺の呼吸は浅くなっていた。葵の深い息遣いも、今や浅くなっている。
「下もして」
葵が浅い息遣いのまま、のろのろと布団を足元まで剥いで、俺の目をじっと見つめる。ズボンを脱がせということか。葵の、さっき拭いたおでこからじわ、と汗が滲んでいる。俺のタオルを握る手も変な汗をかいていた。
幼馴染のズボンを脱がして拭くなどおかしい。というか拭くべきはズボンの下ではなく、おでこの方だ……。熱で浮かされたように熱い頭でそう思うのに、汗ばんだ俺の手は葵のズボンの方へ伸びていく。俺はおかしくなっているんじゃないか、と今更思った。
葵のズボンに手をかけた時、下の階からリンの大きな鳴き声が響いた。
俺と葵はお互いビクリと反応する。無言のまま一緒に窓から外を見ると、葵の母親の車が家に入ってくるところが見えた。
「じゃあ……おれ、帰る。ちゃんと寝てろよ」
「う、うん……!ユキありがと……」
俺は逃げるように葵の部屋を出ると、玄関に置いてあった鞄を引っ掴んで家を出た。車からでてきたおばさんに軽く会釈をして、そのまま走って自分の家に帰った。
自分の部屋に戻っても変な汗は止まらないままで、ドクドクと鼓動は速いままだった。
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