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第4話
「おはよお、ユキ」
ふあ。大きなあくびをしながら、眠たそうな顔をした葵が来た。葵と俺の家の中間地点。小学生の頃からの待ち合わせ場所だった。
「おはよ」
俺は何だか葵のことをちゃんと見れなくて、少し目線を外して挨拶した。歩き出した葵がまたあくびをする。葵のあくびがうつったのか、俺もひとつあくびをした。正直とても眠い。
昨日葵を看病して、逃げ帰った後、なんだかずっとドキドキして中々寝付けなかったのだ。今日はきちんと授業を受けれないかもしれない。
「んー?ユキも眠いの?」
「まあな」
めずらしー、葵が間延びした声でそう言う。
俺はなんとなく気まずさを感じるのに、葵は通常運転だ。昨日は絶対におかしかったのに。葵もいつもと違って変に……色気なんかあったし、それに……。そこまで考えて、止める。あんまりあの時の葵を思い出すと良くない。これは昨日これから葵に接する上で気をつけることを考えた俺が導き出した答えだった。
できるだけあの時の葵を思い出さないこと。そうすれば葵に対していつも通り接することが出来る……はずだ。
葵に俺のこのよこしまな気持ちが少しでもバレてしまえば、もしかしたら気持ち悪がられるかもしれない。俺だってあの日の自分はかなり気持ち悪かったと思う。葵にそう思われこと、それだけは避けたかった。
♢
生徒達が動く度に、キュ、キュ、と足元から鳴る音が体育館に響く。今日の体育はバレーボールだった。
俺は先程試合を終えたばかりで、体育館の壁際で休憩をしていた。
ピーッ。笛の音が鳴る。次のチームの試合が始まるようだ。コートへ目を向けると、葵がサーブを打とうとしているところだった。
葵はおっとりした見た目とは裏腹に、昔から運動神経は良い方だ。スポーツは割と何でもできて、運動会の徒競走でもいつも上位に入っていた。運動部に入れば、もっとその才能を磨けたかもしれないのに、と思い伝えたことがあるが、葵はいつも「運動部ってたいへんそぉ」とかなんとか言ってやる気を見せることは無かった。要は興味が無いのだろう。
葵が動く度に、淡いブラウンのくせっ毛がふわふわ揺れている。触ったら、やはり見た目通り気持ち良いのだろうか。……いや、別に触りたくないけど。
葵のチームメイトがスパイクを決めた。葵は笑顔でそのチームメイトに駆け寄りハイタッチをする。葵が手を上げると、半袖から色白の腕が見えた。ふと、あの日の白い肌がほんのり赤くなった葵が脳裏に浮かぶ。……いや、思い出すな俺。
「はあ……」
思わずため息をつく。やはり俺は変態になってしまったのだろうか。嫌すぎる。忘れようとすればするほど、あの日の葵が思い出され、記憶されていくような気がする。俺は体育座りをして、顔を腕に埋めた。動悸がする。葵のことばかり考えて馬鹿になりそうだ。こんな気持ちを手放したいのに、手放せないのが苦しい。
「ユキ!!あぶない!」
突如葵の大声が聞こえたので、驚いて顔を上げる。
しかしその時にはもう遅くて、バレーボールが俺の顔面を直撃した後だった。
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