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第3話
「京一、久しぶり。」
「げっ……。」
午前9時。都市伝説検証の日。
現在、激安 (スーパー店)。
2人は安遠海岸近くに住む、京一の祖父母宅に行くため、まず日谷駅へと向かった。
京一が祖母に、久しぶりに泊まりで遊びたいと電話でお願いすると快諾してくれたのだった。
祖父母宅へは、電車で1時間半、バスに30分乗って行くことが出来る。家に着いてからは、都市伝説検証の夜まで遊んで過ごす予定にしていた。
「なに、げって。」
「お前、なんかまたでかくなった気がする…。」
中学卒業後、違う高校に入った2人だったが、京一は会う度に瀬良の身長についてとやかく言うのだ。
「そうかなあ?3ヶ月前に会ったばかりだけど、僕、大きくなってる?」
ニコニコした瀬良が、京一の顔を覗き込んだ。
京一の深い黒色の瞳に、瀬良の薄紫色の瞳が映る。
「覗きこんでくんな!」
京一は瀬良の顔をぐいっと押し戻した。瀬良はまだニコニコしている。
「お前……何センチだったっけ…?」
京一は瀬良を睨みながら、ほぼ威嚇しているような声で聞いた。
「ええと…170………9だったかな~」
「…180になったら絶交すっから」
「しないよ~。京一は167.7……だよね?」
「見んな!!測ろうとすんな!」
京一は瀬良を置いて走り出した。瀬良も京一を追って走り出す。走る2人を、朝の爽やかな空気が包んでいた。
♢
──次は、最原。最原に停ります。
「あ、比山で乗り換えな。」
「うん……。」
京一達は、2人乗りの席に瀬良を窓際にして座っていた。瀬良は既にうとうとし始めている。
京一は、瀬良越しに窓に映る景色を見た。
青空と家々が連続して映る。何駅か過ぎた頃、川が見え始め、ずっと奥に山が覗いた。
窓に映るすべてのものが朝に照らされていた。
京一は電車の振動を足裏で感じ、心地良いリズム音を聞いた。瀬良の横顔を見ると、重たそうな睫毛が頬にくっきりと影を落としている。手をのばしてブラインドを閉める。
瀬良は完全に目を閉じて、船を漕いでいた。
――こいつ、昔から朝弱いもんな。
京一はそう思って、少し微笑んだ。
金色の癖毛が、ブラインドの隙間から零れる光で淡く輝いた。
♢
──瀬良と京一が初めて会ったのは、小学3年生の6月頃だった。
京一が親の転勤に伴い、瀬良が通う小学校に転校してきたのだった。
ある日の放課後、京一は1人で校舎裏を探検することにした。校舎裏は、校舎の影のせいで少し暗いことから、生徒から人気のない場所だった。さらには、夜になるとお化けがでる、などという噂が広がって、怖れられている場所でもあった。
この頃から既にオカルト好きの京一は、少し怖かったが、実際に行って見てみることにしたのだ。
校舎裏に行ってみると、確かに少し暗く、草がほぼ生えっぱなしの状態だった。だが、人が何度か歩いた形跡があったり、所々手入れされた跡があり、人の気配が感じられた。
京一が運動靴で歩く度に、葉の先っぽがふくらはぎにツンツン当たる。
辺りは、草の青臭いにおいで充満していた。
――なんだ。もっと怖い場所かと思ったのに。
京一がそう拍子抜けしていると、前方から草を踏む音がした。
「あいつって……。」
目の前に現れたのは、京一の前の席に座る、楠木(くすのき)瀬良であった。
窓側の後ろから2番目の席で、休み時間も集中して本を読んでおり、話しかけづらい雰囲気を漂わせていた。
京一とは、1度自己紹介をしてそれっきりだった。
たれ目で、くせっ毛の、メガネをかけた大人しそうなやつ。京一はそう思っていた。
瀬良についてはほとんど知らない。
だが、窓から注ぐ光を受け、金色の癖毛が淡く光ることは、確かに知っていた。
瀬良が草むらにランドセルを置き、何かを取り出した……後に、視線に気づいたのか、びくりと驚いてこちらに向き直った。
「う、梅田くん…!?」
「…よ、よぉ!そこでなにしてるんだ?」
京一は、気付かれて少しびっくりしてから、そう言った。
「梅田くんこそ、こんなところで何してるの…?」
瀬良が、取りだした何かを背中にまわして隠した。
「探検しに来た。……お前なにもってんの?」
京一は、瀬良が背中に隠したものを見ようと、瀬良に1歩近づく。
「なんにも持ってないよ、」
「それ、ノート?だよな?」
「ちが、」
靴と土が擦れる音が鳴る。瀬良は後ずさりして、走り去ろうとした。
「ま、待って…」
と京一が言い終わる前に、足をもつれさせた瀬良が音を立てて尻もちをついた。
「大丈夫か?!瀬良!」
京一は瀬良の元に駆け寄り、しゃがみ込んだ。
「う、うん…だいじょぶ…。」
瀬良は、長い葉を伸ばす草の上に手を置き、上半身を起こした。
「それ…。」
瀬良の手には、先程まで隠し持っていたノートがあった。ノートには、マジックペンで「お絵かき帳」と書かれている。
「お絵かき帳?」
「あっ……!えっと、」
瀬良は咄嗟に隠そうとするが、逆にノートを落としてしまった。
あっと瀬良が声を上げると同時に、落ちたノートがペラリと開いた。京一がノートを拾い上げて、ページを捲っていく。
ノートには、昆虫の絵がたくさん描かれていた。
「これ、瀬良が書いたのか?」
瀬良は、俯いて少しだけ首を縦に振った。
「瀬良……めちゃくちゃ絵上手いな!」
京一はノートから顔を上げ、笑顔でそう言った。
「え、」
「これ、なんて言う虫?なんかかっけえ!」
京一は瀬良に顔を近づけ、ノートに描かれた虫を指さした。
「えっと…、えっとね…!」
瀬良は顔を紅潮させ、やや興奮気味に虫の名前を教えた。名前だけでなく、何を食べているのかや、どこにいるのかなど詳しく話した。校舎裏には虫がたくさんいて、よく観察できるということも。
「瀬良ってすげーな!虫博士じゃん!」
「そうかな…。」
微笑む瀬良を見て、京一はとても嬉しい気持ちになった。
「おう!だって…」
京一は言いかけて、瀬良の腕から血が出ているのに気づいた。
「お前、血ぃ出てるぞ!大丈夫か?」
「え、どこどこっ?!」
京一は、ここ。と瀬良の左手を指さした。さっき尻もちをついた時に肘を擦っていたのだった。肘を伝って腕の方に血が流れている。瀬良は血を見て青ざめたが、すぐに目を逸らし、ズボンのポケットをポンと叩いた。
「大丈夫、ぼく絆創膏持ってるから。」
「まて、まずは水で洗った方がいいぞ。前保健室の先生に教えてもらったんだ。まずは水でキレイにするんだって。運動場の方に水道あるだろ、行こ。」
そう言って、瀬良の前で立ち上がった。
京一の影が、地面に伸びて土草を覆う。手をパンパンとはたいてから、瀬良の目の前に右手を差し出した。
「ほら、手。」
差し出した右手越しに、瀬良が上目遣いで見つめている。
「ありがとう……。」
右手に、瀬良の体重がかかる。
温かい手のひらだ。
京一の瞳に、同じ高さの美しい瞳が映った。
長い金色の睫毛に縁取られた瞳が、きらきら光っていた。
♢
京一が水道場の蛇口を捻り、瀬良が傷口を洗う様子を見守っていた。
「やさしく洗ってみ。」
「うん…いてて、」
血が少し混じる水が排水口へゆるやかに流れていく。
「…梅田くん、ありがとう。」
「いいよ、べつに。あの時、おれが急に近づこうとしたから、びっくりして尻もちついたんだろ。」
「梅田くんのせいじゃないよ。ぼくがドジなだけ。ありがとうって言ったのは……今のこともだけど、絵、上手いって言ってくれたのも、すごく…すごくうれしかったから。」
瀬良が、京一に言われた通り優しく傷口を洗いながら、俯いて言った。
「べつに。絵上手かったから上手いって、言っただけ。」
京一も、顔を俯かせて言った。
「えへ、……なんでてれてるの?」
俯きながら横目で京一の様子を見ていたらしい瀬良が、はにかみながら聞いた。
「バカ、てれてねえっ!もう洗うのいいだろ、絆創膏はれよ。」
「うん……あれ……」
ポケットにビチャビチャの手を入れて、ずっともぞもぞしている瀬良が、京一の視界の端に映る。
「どうした?」
「あのね…、絆創膏…なかった……。」
「ないのかよ……。」
京一が絆創膏をいつも持つようになったのは、この日からであった。
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