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第4話
──次は、魚羽町です。お降りの方はお知らせ下さい。
京一は、すぐそばに取り付けられている降車ボタンを押した。ピンポーンという軽やかな音が鳴る。
「瀬良、もうすぐ着くぞ。」
そう言って、リュックサックを膝上で抱え、京一の肩に寄りかかって眠る瀬良をつついた。
「ん……。」
瀬良は、ゆっくりと瞼を開けた。
「……京一、もう着いたの?」
「あとちょっとで着く。外はあっちいぞ…。」
と、顔をしかめて言った。
バス停の周りは誰も居なかった。
降りてすぐ見えるのは森で、蝉が大きな声で大合唱している。
瀬良達の目の前にある道路を、バスが通り過ぎてゆく。
「やっぱあっつ……。」
「暑いねぇ……。」
2人は暑さに顔を歪ませた。
射抜くような光が道路に反射して散乱していく。
「こっから15分歩くぞ。」
「はーい…。」
少し歩くと、大きな川の橋がある。
橋を渡った後、左に曲がり、川沿いの土手と木々の間の狭い道を歩いていく。
大きな木の影の下を縫うように進んだ。
「あ、みて、京一。」
瀬良が足を止めて、緑の葉を光らせる大きな木を凝視している。
「なに。」
京一はタオルを取り出して、短く切られた前髪の下を拭った。
「この木、すっごく蝉がついてる。」
木の幹に確かに蝉が数匹くっついて鳴いている。
木に近づくほど、蝉の鳴き声が大きく耳に響いた。瀬良の額に、木の葉でできた複雑な模様の影がかかっていた。
「おー、かなりついてんな、」
そう言って、京一は手を伸ばして自分のタオルで瀬良の頬を流れる汗を拭った。
拭く途中に、一瞬瀬良の耳に掛かったつるに当たって、メガネが斜めになった。
「10匹くらいついてるかも。」
「ああ、そんくらいついてんな。この木のしるが美味いんかな…つーかお前、汗タオル出して拭けよ。」
「うん……見てよこのアブラゼミ…でか……。」
瀬良は、リュックからタオルを取り出す最中も蝉を熱心に見つめてブツブツ言っている。
木の葉の隙間から零れる太陽で、睫毛の先がキラキラ光っていた。
そんな瀬良に呆れていた京一だったが、あることを思い出した。
「あ、そうだ、お盆でここに来た時知ったんだけど、ここら辺にコンビニできたんだよ、ちょっと寄ってアイス食うか?」
「そうなの?行こうよ、アイス食べたい。暑いから、きっといつもよりすごく美味しく感じるよ。」
瀬良はようやく蝉から視線を外して、京一の方を見た。
「おし、じゃ、行くか。」
首にタオルを掛けた京一達は、アイスの冷たさや爽やかな味を想像して、再び歩きだした。
♢
「おいし。」
「だな。」
2人は、コンビニ近くにある公園の、屋根のついたベンチでアイスを食べていた。
ベンチまわりに生えた木につく蝉が一生懸命鳴いている。
2人の前方にはブランコや滑り台があって、太陽を浴びてキラリと光っている。
京一はソーダ味の棒アイス、瀬良はチョコバニラの棒アイスを片手に持って、1口1口、口内が冷えわたるのを感じながら食べていた。
「京一ちょっと焼けたね、」
瀬良が、隣に座る京一の顔をチラと見て言った。
「まあな、ちょっと前まで部活行ってたし。瀬良はシロハダビハク〜〜だな。」
京一はアイスをマイク代わりにして、ワンフレーズ歌ってみせた。
「え、それどこかで聞いたことある。えーと…ああ、CMの歌だ。」
「そ。実鈴が気に入ってずっと家で歌ってるんだよ。」
京一は、妹が家で永遠に歌っている様子を思い出し、嫌そうな顔を瀬良に向けた。
「ふふ、そうなんだ。…実鈴ちゃんって中1だっけ?」
「中1。また数学教えて欲しいって言ってたぞ。」
「うん、今度教えてあげるよ。…そっか、実鈴ちゃんも中学生になったんだね、早いなぁ。」
瀬良はそう言って、チョコバニラを1口食べながら微笑んだ。
「あんなにちっこかったのにってな。俺らもあと少しで卒業だし。」
「そうだね。でも卒業の前に受験があるよ…あ、そうだ……京一に言いたかったことがあるんだ。」
瀬良は、口元からアイスを離して京一の方を見た。
「なに?っうわ、……ちょっと待て…。」
「ん?」
瀬良が京一の目線の先を見ると、アイスの末端が融けて人差し指へと垂れそうになっていた。
「やべ……」
京一は顔を少し傾け、アイスの末端を自分の唇に近づけた。
唇の間で待ち構えていた舌で、垂れそうになっている液体を上手に舐めとった。
京一の舌の先っぽが、ぬるくて甘い味に染まる。
「…わり、話の続き……っぶふ…ッ、何その顔。お前もソーダ食べたかったのか?」
アイスから視線を外して瀬良の顔を見た京一は、瀬良の物欲しそうな顔を見て笑った。
「…っえ?、……あっ、う、うん!京ちゃんの美味しそうだなって!っぅうわっ!?」
瀬良は話しかけられてひどく動揺したらしく、ベンチから落ちそうになった――が、京一が咄嗟に手を掴んだ。
「危ないって…!大丈夫か?」
京一が心配した顔で、瀬良の顔を覗き込むようにして見た。
瀬良は俯いて、顔を赤らめている。
「ご、ごめんっ、ありがと。」
「おう…暑い?顔赤いぞ。」
瀬良はだいじょぶ、と言って、先程より少し間隔を開けて京一の隣に座り直した。
瀬良側にある木から、蝉がジジッと鳴いてどこかに飛んで行く。
「ねっ、ねえ京一、家着いたらさ、海の都市伝説についておばあちゃんに聞いてみない?」
「…ばっか、んなの聞いてそんなの無いって言われたら興ざめするだろ。というかそういうオカルト系はばあちゃんよりじいちゃんの方が詳しそうだし…。」
「え、おじいちゃん詳しいの?」
「んー…俺が小さい頃よくいろんな怪談話してくれてさ…だからばあちゃんよりは詳しいかも。じいちゃんすげー話すの上手くてさ、本当に体験してきたみたいに聞こえるレベル。」
「へえ、そうなんだ。ちょっと聞いてみたいかも。」
瀬良はようやく肩の力を抜いたようである。
「あと、占い?とかもやってたな。」
「占い?」
「んー。占い…って言ってたけどよく分かんね、紙に難しそうなの書いてなんかやってたな。趣味でやってるんだって言ってたけど。」
「ふうん。京一のおじいちゃん占いできるんだ。」
「まあ俺じいちゃんの詳しい事知らないんだけど。じいちゃん結構不思議系だから。」
「フシギケイ…?」
「謎に包まれてる的な〜?」
「なにそれ」
京一はそう言って、最後のひとかけらを食べた。
京一は隣に置いたリュックサックの中を漁り、下の方にあったグミのお菓子袋を取り出した。
オレンジやらピンクやら様々な色がついたグミを手のひらに数個出していく。京一は瀬良に手を差し出した。
「僕紫のやつが欲しいです。」
瀬良は、グミの中の1つをアイス片手に指さした。
「お前の目玉色のグミを授ける」
「へんな言い方しないで」
淡い紫の瞳をもつ男の口の中に、グミは消えていった。
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