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第5話

「あら、京一!瀬良君!遅かったわねえ。」 庭で草抜きをしていた、京一の祖母である千代子《ちよこ》が2人を迎えた。 大きな麦わら帽子をかぶり、細い腕にアームカバーを着けた祖母は、2人を見てニッコリと笑った。 微笑んだ目尻には優しさが刻まれている。 足元には大きなビニール袋が置かれていて、葉の長い草が放り込まれている。 木造の二階建ての家が背後に見え、屋根が光に反射して強く光っていた。 「ばーちゃんお盆ぶり。ちょっと休憩しながら来たんだ。」 「お久しぶりです。」 瀬良が微笑んで会釈をした。 瀬良がここに来たのは初めてではない。中学一年生の時、京一の母の車に乗せてもらい、遊びに来たことがあった。 その時も日照りが強い、夏の暑い日だった。 「まあ〜瀬良君大きくなったわねえ」 「はい、大きくなりました。」 瀬良は背伸びして笑顔を見せた。 「ばあちゃん、お腹すいたー。」 京一は玄関で靴を脱ぎながら、庭で瀬良と談笑する祖母に言った。 「はいはい、お昼は素麺よ。瀬良君もどうぞ食べてね。」 「はい、頂きます。」 2人も京一の後を追って家に入っていった。 祖母は台所へ、瀬良は京一が居る畳の部屋に入っていく。 襖を開けると、畳の香りがふわりと匂い、少しだけ冷えた空気が瀬良の肌を触った。 真ん中にこっくりした茶色の小さなテーブルが置いてあり、1番奥に掛け軸が飾ってある。 掛け軸の隣は押し入れがあり、隙間から布団が覗いている。入って左側の障子は、外の太陽を浴びて白く光っている。 瀬良は、エアコンのリモコンを操作している京一の横に座り、リュックサックを降ろした。 「お腹すいたね」 「ああ、腹減った。あ、瀬良、ご飯食べたら下見がてら海見に行こうぜ」 そう言ってリモコンをテーブルの上に置いた。 「海の前に勉強しようよ、僕に教えて欲しいところがあるって言ってたでしょ」 「う…覚えてたのか…」 京一は机の上で組んだ腕の中に顔をうずめた。 「覚えてるよ。京一が行く前にメールしてきたんじゃないか。僕も少し勉強しようと思って参考書持って来たし」 京一ははたと思ったことがあり、腕の中から顔を少し覗かせて瀬良を見た。 「…もしかして、模試とか近かったり…するか?」 「あさってに模試があるよ。塾でね」 瀬良は涼しい顔をしてそう答えた。 「マジか!大丈夫なのか?俺と遊んだりして、」 「大丈夫だよ。京一をひとりで行かせた方が心配で勉強できなかったと思うし」 「なっ…、1人でも大丈夫だっつの」 瀬良は、だいじょばない。と言ってからリュックサックを膝の上に置き、中を漁り出した。 「メガネ拭きーメガネ拭きー」 手をリュックの中に突っ込んでかき混ぜるように探している。 「あ?メガネ拭き?前の小さいポケットじゃねーの」 机に頬杖をついて瀬良の様子を見ていた京一は、片方の手で前のポケットのチャックを開けて探った。 「…これ、まだ持ってたのか」 ポケットの中から、メガネ拭きではなく、お守りを取り出した。 「うん。京一から貰ったものだから。ずっと持ってるよ」 「…そうか」 瀬良は手を止めて京一の持つお守りを見つめた。緻密な金の刺繍が施された赤いお守りが、2人の眼前で光沢を放つ。 文字は書かれておらず、光によって鱗のような模様が見える赤い布地に、金の糸が美しい大輪の花を描いている。 「このお守りどこの神社のものなの?調べたけど、でてこなくて」 「…忘れた。まあ持っとけよ、きっといいモンだから。あ、あったぞ、メガネ拭き」 京一はお守りをポケットの中に入れ直し、奥の方にあったメガネ拭きを瀬良に渡した。 ♢ 「はーい、素麺ですよ〜。」 白いお盆に素麺をのせた祖母が部屋に入ってきた。 素麺の上に、氷が4つのっている。 「わあ美味しそう」 「うまそうっ」 2人はピシッと背筋を正し、ご飯食べ体勢に入った。 「生姜とネギはお好みでね〜。」 涼しげな水色のガラス皿に入った素麺の隣に、生姜とネギの入った小皿を置いた。 次に、ラップに包まれたおにぎりを2つずつ置く。 「いただきます!」 「いただきます。」 京一は素早く素麺を適量取り、めんつゆにたっぷり浸した。京一は瀬良を見て少しだけ笑ってから、自分の麺つゆにネギと生姜を少量入れた。 冷たい素麺がつるりと口内に入っていく。時々、ネギを噛むシャキシャキした音が鳴る。 「ゆっくり食べんのよ〜。」 京一と瀬良は、声を揃えてはーい、と言った。 祖母は2人の食べっぷりを見て、微笑みながら部屋を後にした。

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