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第6話
「京一は数学だっけ?」
「ああ、この問題マジで意味わかんねーから教えてもらおうと思って」
「ん、なになに」
素麺を食べ終えた2人は、机にそれぞれ持って来た参考書やワークを広げていた。
「んーこれは、②の方がやりやすいね。こっちの計算式の方でやってみて」
「これ?なんかこっちのが面倒くさそうだけど…」
京一はそう言いながらも、ワークに書き込んでいく。
「そっちのが結局手順省けるんだよ、そうそう……うん…あ、そこちがう」
京一の肩に、瀬良の温かい肩が当たる。
優秀な瀬良が、勉強が苦手な京一に教える。
2人が小さい頃から、何度も繰り返されてきた時間だ。
京一の誤った計算式の隣に、サラサラと正しい式を書いていく。
京一は瀬良のペン先から紡がれる数字をじっと見ていた。
「うん、ここからズレて間違っていってるね。もう一度ここからやってみよう」
「おお〜、よくそんなスラスラと…やっぱ賢いな」
「ふふ、それほどでも。この問題難しくはないし」
瀬良は大袈裟にメガネをくいっとあげてみせた。
フレームの上で、さら、と瀬良の前髪が揺れた。
「…お前、ほんと前髪のびたな、目にささりそうだ」
「うん、だいぶ放置してる。切りに行くのめんどくさくて」
瀬良は前髪を持ち上げてみせた。
手からこぼれた美しい金の髪が、瀬良の目を少し隠す。
「髪、きれーだけど…せっかく、目も綺麗なのに」
京一は瀬良の瞳をじっと見つめた。
瀬良は1度瞬きをしてから、参考書の方に目を向けた。
「……京一、僕の目、昔からよく褒めてくれるね」
「べつに。紫って綺麗じゃん、俺のがその色だったら、皆に見せびらかしてると思う」
「……僕は、京一が綺麗だって思ってくれてるのなら、それでいいな」
瀬良が独り言のようにそうつぶやいた。
「え、」
「他の人に知られなくても、君がそう思ってくれるのなら…。僕はそれでいいよ」
今度はまっすぐ京一の方を見て、そう言った。
「……あっ…そ……、ふうん…」
なんで、俺?と京一は思ったが、声には出せなかった。
1度瀬良から目を逸らしてから、再び視線を交じ合わせる。
瀬良の美しい瞳が、金の隙間から覗く。
京一は、やっぱり綺麗だな、と思った。
少しだけ沈黙が生まれて、台所の方から皿を洗う音がかすかに聞こえた。
「……でも、ちゃんと髪切るんだぞ。その…、目に入ったりしたら、痛いし」
「うん、そうだね。また切りに行くよ」
「ん。…あ、そうだ。さっきアイス食ってた時なんか言いかけてなかったか?言いたいことがあるって。あとで聞こうと思っててさ」
京一は机に肘を着いた右手で、シャーペンを回しながら聞いた。
「あー…うん、そういえば」
「なんだったんだ?」
「…受験のことなんだけど、ようやく行きたいとこ決めたんだ。」
「おー!どこに決めたんだ?」
「僕、帝元大に行きたいと思ってる」
「え……?」
京一の回していたペンが、手からテーブルに落ちた。
「帝元っ?…すっげー遠いじゃん……。めちゃくちゃ賢いとこだろ?」
「うん…。でも、帝元が1番僕の条件に合いそうだったから。決めたんだ」
「そうか……うん。ちゃんと考えて決めたんだな。……瀬良ならきっと合格する。マジで」
京一は笑顔で言おうと思ったのに、上手く笑えなかった。
「ふふ、ありがとう。京一は比野だよね」
「おう、そこ。家から1番近いし。あー……てか瀬良さ、そこ行くってことはあっちで一人暮らしとかすんのか?」
「ああ、うん。もし合格できたらね、実家から通うのは遠すぎるし」
「そーだよな…。遠いよな、そっか、」
京一は拳をきつく握りしめながらそう言った。
「…僕ちょっとトイレ行ってくる。ついでにお茶も貰ってくるけど、京一もいる?」
「あー…おう。俺のも頼む」
わかった。と言って瀬良は部屋を去って行った。
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