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第7話

「はあ……」 京一は1人になった部屋でため息をついた。 京一は、さっき瀬良から言われたことを思い返した。 帝元大学。 テレビでもとりあげられるような、K県にある有名大学である。 だが、きっと瀬良は合格するだろう、京一はそう思った。 昔から、賢いやつだったから。勉強が好きで、真面目なあいつなら、と。 京一はリュックからスマホを取り出し、帝元大までの行き方を調べ始めた。 「よ、4時間半…1万…越え…」 京一の家から帝元大まで片道4時間半、料金1万六千…まで読んで、電源を落とした。 「俺ん家からあっちまであんな遠いのか…いやそりゃそうか……」 真っ黒なスマホに、京一の顔が映る。いつもよりスマホが重く感じた。 ──俺は何をしてるんだ。今から将来の瀬良に会いに行く算段を立てたりして……。 スマホに映る自分と睨み合いながら、京一はそう思った。 瀬良が帝元に行くことが、自分と瀬良との距離に大きな影響を与えるだろうと、なんとなく思った。 「しっかも一人暮らしって…んなのあいつできんのか……?」 しばらくスマホを睨み続けた後、京一は肩の力を抜いて項垂れた。 あいつももう、自分と同じように子供じゃない。自分が居なくても、何でもできる。そう分かっていても、その事実は京一を寂しくさせた。 京一は目の前のテーブルに伏せ、目を瞑った。 頬に触れるテーブルが、ひどく冷たく感じる。 「俺がほっとけなかっただけだな、」 瀬良を放っておけない人間など、京一以外にも今までたくさん居た。 すらりとした長身、美しい髪と瞳を持った端正で甘い顔、穏やかで優しい性格。 よく躓く癖に運動もそれなりにできたし、勉強は他人よりもずっとできる。 おっとりしててドジな所があるが、そこが良いと気付く人も今まで数多く居た。 瀬良にはたくさんの魅力があるのだ。 きっと、瀬良が将来会うであろう多くの人も、放っておけないだろう、と京一は思った。 自分がそうであるように、と。 瀬良が合格して、家を出て、大学で友達ができて、そのままそこで就職なんかしたら、自分はどうなるのだろう、と思った。 瀬良にとって自分は、きっと「過去の友達」になるのだと思った。やがて、瀬良の堆積してゆく思い出の中で、自分は埋もれてしまうのだと容易に予想できた。 自分の知らないところで、瀬良が人生を歩んでいくのかと想像すると、気持ちがぐちゃぐちゃになる。 悲しいのか悔しいのか、腹が立つのか京一にはよく分からなかった。 いろんな感情が混ざり、ぐつぐつと煮えたぎっていっぱいになる。 もしかして、瀬良は俺から逃げるつもりなのか? と、つと思った。 だから、大学で遠くに行って離れようとしているのではないか……と、疑念が湧く。 初めて会った頃から、瀬良はずっと自分のものなのに、どうして勝手に離れようとするのか京一には訳が分からなかった。 一方で、瀬良は自分のものではないと強く否定する。 瀬良は大切な友達だと、それ以上が溢れだしそうな心に、今まで何度も蓋をするように縫い付けてきた。 頭の中で本音と建前がぐるぐる回って、落ち着かない。 京一はギュッと目を閉じて、あの夏の日を必死に思い出そうとした。 瀬良から言われた言葉、自分を強く求める眼、締めつけられた手の痛み。 「大丈夫、大丈夫だ、」 何が大丈夫なのか京一には分からなかった。 しかし、繰り返し、繰り返し、そう唱えた。 瀬良が、他人と楽しそうにしている時や、かつて急に違う高校に行くと言った時と同じように。 「よし……。」 京一はテーブルから体を起こして、自分の頬を叩いた。 「ちゃんと応援する。大切な友達だろ、俺……」 大丈夫。京一は、もう一度そう唱えた。 ♢ 襖が開く。 お茶をおぼんに載せた瀬良が部屋に入ってきた。 「はい、京一、お茶」 「おーありがと、」 お茶がことり、とテーブルに置かれる。 瀬良が心配したような目で京一を見たが、京一はすぐに目をそらした。 「どうしたの?京一、顔暗いよ」 「え…あーいや、なんでもない」 「そう……。うん、ならいいんだ」 瀬良はそう言って、美しい微笑を口元に浮かべた。

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