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第15話
「京ちゃん!!しっかりして!!」
瀬良がそう耳元で怒鳴る。そうしてようやく、京一は自分が大声で叫んでいる事に気づいた。
「ああ、あー、あー……、……?瀬良……?」
「京ちゃん!?気づいたんだね、良かった……!きょうちゃ……っう……よかった……」
瀬良は涙ながらにそう言うと、思い切り京一を抱き締める。京一が苦しい、と言っても瀬良は離さなかった。
「ちょ、瀬良っ?あれ、俺なんかすっげー怖い夢見てたような……?」
手の平に昨夜敷いた柔らかい敷布団が触れる。どうやら寝ていたらしい。あのおぞましく生々しい光景は、夢だったのであろうか。
京一は顰め面で先程のことを思い出しながら、手を伸ばして瀬良の柔らかい髪を撫でた。金色の髪が、光を承けて撫でる度に艶めいている。
瀬良の頭上を見上げると、見慣れた蛍光灯が白く光っている。その蛍光灯には、なにやら文字が書かれた紙が貼られていた。こんなのあったっけ、と京一は目をこらそうとして、今いる場所の異様さに気づいた。蛍光灯だけでなく、天井の四隅にびっしりと同じ紙が貼られているのだ。
祖父母に借りた一室の筈だが、2人を囲むように蝋燭が立てられており、難しい漢字が書かれた札のようなものが部屋の壁に貼られていて、異様な空気が漂っていた。
「こ、この部屋どうなってんだっ?!」
「結界をはっているんじゃ」
京一の質問に答えたのは、襖を開けて入ってきた祖父、修二だった。修二は、見たことの無い白装束を纏っており、白髪混じりの髪を後ろへ撫で付けている。普段の穏やかな雰囲気と違い、今はなんだか高貴な空気感を纏っている。
「じいちゃんなんだよその格好?!」
「無事に済んだようじゃの……。まあ待て、質問には後で答えよう」
修二はそう言うと、2人を囲むように置かれた中央の蝋燭に近付いた。そのまましゃがみこみ、ふ、と蝋燭の火に吹きかける。と、その火が音を立てて大きくなった。しかし一瞬で消えてしまう。それに続けて、反時計回りに蝋燭の火が次々と消えていった。
「これで最後じゃ」
修二がパン、と両手を叩くと部屋中に貼られた紙や札がバラバラと床に落ちてきた。書かれていた文字がいつの間にか消えている。
京一は何が何だか分からず、未だにしがみついて離れない瀬良の肩をバシバシ叩いた。
「いた、痛いよ京一」
「おま、さっきの見たか?!なんか漫画の術みたいにさあ!」
「……術、使えるんだって。京一のおじいちゃん、祓い屋さんらしいから」
「祓い屋?」
聞いた事のない単語を聞いて、訝しげに修二を見上げると、修二はキラリと目を輝かせた。
「いかにも。元、祓い屋じゃがの。若〜い頃に、名通り、霊を祓う仕事をしておった。この服装も当時のものじゃな」
「マジかよ!?じいちゃんすっげえ……ていうか、なんでこんな部屋になってんの?」
「それはお前の中にいたヒトミを弱らせるためじゃ」
「は……?俺の中にいたってどういことだよ、ヒトミって誰?」
「京一に憑いていた超激アツ悪霊じゃ。その脅威さから、昔は海の神様とも言われておった。憑いた者の最も願うことを夢として見せ、精神を引きずりこむ。憑かれた者は命こそあれど魂を抜き取られた状態になるんじゃ。そして数日後に自殺する。海の中でな。そうして魂と身体を回収し、力を付けていく」
「なんかよく分かんねえけど、俺悪霊に憑かれてんの?!何ともないけど……」
「いや、もうすっかり祓えた。もう大丈夫じゃ。瀬良くんのおかげじゃの」
「え……瀬良?」
「瀬良くんが助けに来てくれただろう、お前の夢の中まで行って」
「夢……夢って……、あの海の……?」
「どんな夢を見たのか知らんが、お前が望む夢だっただろう。そこへ瀬良くんが行ったんじゃ」
「望む……夢……。つーか、夢に行くってどうやって……」
「わしが創った結界の中で、夢を見ている京一の近くで目を瞑れば、ちょちょいのちょいで行けるぞ。但し、京一の所へすぐたどり着けるのではなく、夢の中で見つけ出す必要がある。さらに、行くのは簡単じゃが戻れなくなることも――つまり、瀬良くんも取り込まれる可能性が強い術じゃった。じゃが、一刻も早く「ヒトミ」は祓わねばならぬものでな。危険な代わりに早く祓える方法じゃ。夢を夢だと憑かれた者に意識させる事が最も効果的なんじゃ」
祖父は顔色を何一つ変えずに、恐ろしいことを口にする。瀬良が取り込まれる……つまり、「ヒトミ」に憑かれてしまうということだろう。
祖父の話すことはにわかには信じ難いが、恐ろしい夢のことを思い出し、信じずにはいられなかった。あの出来事は、ただの悪夢にしては、今まで味わったことのない底知れぬ恐怖感があったからだ。
「よく分かんねえけど、瀬良が危なかったってことか?俺のせいで……、なんでそんなこと」
抱きついて離れない瀬良にそう聞くと、瀬良はゆっくりと離れて、京一の目を覗き込むようにおでこを近付けた。その目は瞳孔が開ききっている。
随分怒っているようだ。
「なんで?……なんでってなに」
「はあ?だからそんな危ないこと、」
「じゃあ京一は、もし僕が君みたいになってても何もしないで居るの?自分がどんな風になってたか知ってる?突然倒れてぐったりして、動かなかったんだよ。海から離れても、京一から潮の香りが濃くなっていったり、おぶって帰る時、まるで海水を含んだみたいに、どんどん身体が重くなっていくし……。……意味分からないよね。それに、それに……京ちゃんの身体が冷たくなっていくんだよ。……僕が……僕がどんな気持ちで……」
そこまで言って、瀬良は黙り込んだ。今まで気付かなかったが、瀬良の眼鏡のレンズに深い斜めのヒビが入っていた。
「……そっか。お前、怖い思いして俺のこと助けてくれたんだな。……眼鏡、割れたのか」
眼鏡のヒビを、人差し指の腹で触れながらそう言った。瀬良は京一のその手を掴み、そのまま自らの元へ引き寄せてまた抱き締めた。
「ごめん、瀬良。……ありがとう」
「……うん」
瀬良のからだは温かい。このまま目を瞑れば深い眠りに落ちてしまいそうだった。
「…………喧嘩……?は終わったかの?」
修二がややためらいながら口を開いた。京一はハッとして、瀬良から一瞬で離れた。
「あ、おうっ!瀬良っほんと感謝してるぜ!ありがとなっ」
「というか京一、お前わしがやったお守りを瀬良くんに渡したじゃろう」
「えっ……ああ、うん」
「あれはお前が持っておかねばならぬものじゃった。人にやっては不幸が訪れると言ったじゃろう。なぜそれを瀬良くんにやったんじゃ」
「そ、それは……」
瀬良を自分の元から離れさせないようにする為にやった、とは言えずに京一は黙り込む。
「京一は僕を心配してくれたんだよね。お守りが僕を守ってくれるって思ってそれをあげたんでしょ。……そうだろう、」
瀬良がまっすぐ京一を見つめてそう言う。いつものように口元には美しい三日月を浮かべている。本心を見透かされているような気になった。
まさか、知られてはいないだろうか。瀬良にあのお守りを渡した本当の理由を。京一はゴクリと唾を飲み込んだ。
京一が何も言えずにいると、瀬良が視線を修二に移した。そのことに密かに安堵する。
「それより、どうして京一はそのお守りを持っていないといけなかったんですか?」
「京一は昔から呼び寄せる体質を持っているんじゃよ。簡単に言うと、幽霊や妖怪、そのようなモノにとって京一は他人より美味しそうに見えるんじゃな。喰いたい、憑いてみたい、そう思われるんじゃろう。だから、魔除として京一にはわしの師匠と作った強力なそのお守りを渡したんじゃ。そのお守りは並大抵のものは京一に近付けん。結界を張る役割を担っておった」
「な、なんだよそれ……そんなの初耳なんだけど」
「京一は小さい頃から怖がりだったからのう。そのようなことを言えば怯えて生活するようになるのではないかと思ったのじゃ。じゃが、魔除を持たせておけば大丈夫だと思ったのじゃ。あと京一は怖がりのくせに怪談話は好きじゃったろう?じゃから、わしが今まで祓い屋であった出来事を伝えて、少しでも危機感を持たせようと思って伝えていたのじゃが……」
「……怪談話、それ、逆効果です……」
瀬良が眉を寄せて苦しげにそう言った。瀬良の言う通りで、京一がオカルトに興味を持ったのは祖父の怪談話を聞いたことによる影響が大きい。オカルトに対する危機感ではなく、興味や関心を引き出す材料になっていたのだった。
「じゃああの怪談話、じいちゃんの実話かよ?!通りでなんかリアルだなと思ってたんだよ。俺、幽霊見てみたくてよく出るって噂の場所に行ってたわ」
「なんじゃと?!……わしがしたことが裏目にでていたとは……」
修二がガックリと項垂れる。隣にいる瀬良もなぜかため息をついていた。
「でも、引き寄せっつったって俺幽霊とか見た事ないんだけど。ほんとにそんな体質持ってんのかな俺」
「お前は見えないからのう、引き寄せるが見えはしない。じゃが、感じたことも無かったか?何かよくないものが近づいてきてるんじゃないか、とかのう」
京一はうーん、と記憶を辿っていると、隣に居た瀬良が口を開いた。
「…もしかして、京一が言ってた、1人で噂のある場所に行ったら吐き気や頭痛がしたっていうの……それのことなんじゃ」
「あー!そういえば、なんか気分悪くなったりしたなあ。それってただの体調不良とかだと思ってたけど」
「いや、恐らく本能的に感じていたんじゃろう。それが身体の反応としてでたんじゃな。今までも霊障として体調不良を訴える依頼者も多かったからのう」
「ふうん……、でも瀬良とそういう場所に行く時はなんもなかったけど。やっぱ1人だったからか?」
「いや、違う。瀬良くんが特別なんじゃ。瀬良くんは特に、この世ならざるものに干渉されにくい。基本的に、邪のある場所に行くと勝手に周囲を浄化するのじゃろう。瀬良くんの近くに居れば、京一も浄化された場所に居ることになるから、霊障は受けなかったのじゃな。京一のような呼び寄せる者もいれば、その正反対の全く干渉されない、むしろ清める力を持つ人間も勿論居るんじゃな」
「よ、よく分かんねえけど……瀬良ってすげーってこと?」
「まあ……超〜簡単に言えば、すげーってことじゃな……」
「すげーで片付けられた……」
「瀬良くんも京一と同じく霊は見えないはずじゃが、自分の持つ体質にはなんとなく気付いていたんじゃないかの?」
「……そう、かもしれないです。なんとなく、不気味だなって思った所に行っても、すぐすっきりした雰囲気になるというか……。だから……今回も大丈夫だと思ってしまったんです。やってきた検証と同じように何もないだろうって、どんな場所でもきっとすぐいつも通り良くなるだろうって。……そもそも僕は幽霊とかそういうものを信じていませんでした」
「そうじゃったか……。確かに瀬良くんのその体質は類稀なるものじゃ。じゃが、ヒトミの脅威は大きすぎた。瀬良くんの浄化する力が通用しない程にな。ヒトミはここ何十年もなんとか封印されて出てこなかったのじゃが、運悪くなのか、狙われていたのか分からぬが、京一に惹かれて蘇って来たのかもしれぬ」
修二は続けて、瀬良くんはその体質により、ヒトミの干渉は免れて京一をここまで運ぶことができたのじゃろう、と微笑んで言った。
「ほんと、瀬良さまさまだなっ。お前いなかったら俺とり憑かれてたんじゃね?ありがとな、瀬良」
「……違うよ。僕が嘘の都市伝説なんて書かなければ、京一はこんな危ない目に会うことも無かったんだ」
「違ぇだろ、俺が行きたいって言ったんだから。お前は反対してたけど、俺が無理やり……」
「僕が悪いんだ……、あんなこと書かなければ京一は行こうって言わなかっただろう、」
「それは……」
瀬良の瞳が心細く揺れている。京一がなんと言おうとも瀬良は謝るばかりになりそうで何も言えずに居ると、修二が口を開いた。
「……海に行った経緯は瀬良くんから聞いておるが、確かに夜にそのような場所に行くのは危険なことじゃったな。じゃが……どんなに避けていても、京一はそのようなモノをいつかは引き寄せ、こうなっていたかもしれぬ。仕方なかったと言って済むことではないが、起こるべくして起こったものであるのやもしれん。わしももっと警戒すれば良かったと思っておる。わしが居ながら怖い思いをさせてしまってすまなかった、2人とも」
修二はそう言うと、申し訳なさそうな表情をして、2人に向かって頭を下げた。
「もーじいちゃんも瀬良もやめようぜ。起こっちまったことはしょうがねえし!なっ!やばかったけど無事だったしっ」
京一はへへっと笑ってみせると、修二は顔を上げ安心したように微笑んでみせた。
「京一、お前が1番危ない目にあったんじゃぞ。分かっておるのか……」
修二のその問いに、瀬良が呆れたような顔をして
「分かってないんです」と言った。
「いや分かってるけど!いいじゃん、もう。俺元気!へーき!」
「京一……そういうところ、ほんと尊敬するよ」
「なんかよく分かんねえけど……尊敬したまえ、瀬良君」
「ひとまず、瀬良くんも京一も疲れたじゃろうからゆっくり休みなさい。朝飯はばあちゃんが美味しいもの作ってくれるじゃろうから」
「ん。じいちゃん、ありがとな」
京一がそう言うと、修二は「礼には及ばん」と困ったように微笑んで襖を開けて退室していった。
「いやーまさか俺らがあんなヤバい目に遭うとはなあ……」
「まさかだね……」
京一はスマホを探して手に取ると、午前5時半の数字が画面に浮かび上がる。
体感的にもっと時間が過ぎていると思っていたが、検証から2時間半しか経っていないことに驚いた。
部屋の障子は淡い光を受けて、和紙が白く輝いているように見える。
そうだ、もう朝が来る。そう思うのに、ゆったりと眠気が襲ってくる。
「あー、眠くなってきた……」
そう言って欠伸をすると、瀬良に頬を掌でそっと触れられた。そのまま親指の腹で優しく頬をさする。眼鏡越しに、瀬良の目が瞬きした。
瀬良の癖毛が、ちょうど障子から零れた光できらりと輝いている。
京一は見惚れてされるがままになっていた。が、思い出したように顔を赤くして瀬良から顔を背けた。
「な、にすんだよ……」
「京一、ごめんね」
「だから謝んなくていいってば」
「でも……」
瀬良の重たそうな睫毛が頬に影をつくる。
京一は慰めるように、瀬良の頭を優しく撫でてやった。
「そんな申し訳なさそうな顔すんなよ」
「うん……。でも、謝らなくちゃいけないから、」
「んー?なにを?」
突然瀬良を撫でる手を止められ、薄紫色の瞳が、射抜くように京一を見た。
「京一は僕に、不幸な目にあってほしかったの?」
ドクリ、心臓が大きく跳ねる。
瀬良に掴まれた右腕の手のひらに、ぐっと力が入った。
「お守り。僕にあげた本当の意味。僕に不幸なことが訪れるようにって思ってあげたの?」
「……なん、なんで、なんで、それ……」
震える声でそう訊ねる。浅い呼吸を繰り返すが、酸素が身体に入っていく気がしない。
瀬良はいつもの調子で、淡々と話し続ける。
「やっぱり、本当なんだ。ごめんね、京一の隠してたこと、勝手に聞いちゃった」
「は……?どういう、こと」
「京一の夢の中に入って君を探している間、ずっと声だけは聞こえてたんだ。京一の声と僕の声。僕の声というか、僕の声で話すヒトミって言った方がいいかな」
「……じゃあ、全部、聞こえてたのか、」
「うん、そうだよ」
いつもの声で、いつも向ける眼差しで、瀬良はそう言った。
ぞっとした。
瀬良の瞳はいつもの優しく穏やかなままだった。それが怖かった。不幸になって欲しいと思われ、執着されていたことを知ったにも関わらず、なぜそうも普通にしていられるのか、意味が分からなかった。
同時に、瀬良の瞳に映る自分がとてつもなく醜悪なものとして映っているような気がして、この場から消えてしまいたいと思った。
そう思った途端、京一は瀬良から後ずさりしようとした。が、瀬良の右腕を掴む力が強く、結局離れることはできなかった。
「っなせよ……」
「どうしたの?」
「おまえ、い、嫌じゃねえの……?」
「嫌?何が?」
「瀬良に不幸が起こるようにって願ったやつが、目の前に居るんだ。それ、嫌じゃねえのかって……」
「嫌じゃないよ。京一は僕にそばに居て欲しくてそう思ったんでしょ。僕も京一のそばに居たいよ」
「お前のそれと俺のは全然違うんだよ……。夢ん中の、聞いたのに分かんなかったか?」
「違わない。ちゃんと分かってる、同じだよ」
そう言って、綺麗な瞳を細めて見せた。
瀬良のその目に自分が映ることで、瀬良の目が穢れてしまうのではないかと思った。黒くにごって、瀬良のせっかく美しい瞳の輝きが無くなってしまうよな、そんな気がしてならなかった。
「違う!!俺のはもっと汚い……っ」
「汚い?そう。やっぱり同じだよ、」
なにが同じだ、なにも分かってない癖に。
顔に熱が一気に集まるのを感じる。
「テキトーに合わせんなよ……頼むから……」
合わせてない、瀬良がそう言い終わる前に、瀬良の襟元を強引に引き寄せて唇を重ねた。
勢い余って、前歯同士が当たる硬い音が鳴る。
瀬良の柔らかい唇から離れるまで、3秒もかからなかった。
「……ほら、違うだろ。……お前のこと、とっくの昔から友達だなんて思ってねぇんだよ。……ずっと独り占めしてやりたいって、そう思ってた」
友達だなんて思ってない、その言葉を口に出して、ひどく納得した。今まで瀬良のことは仲の良い友達だと思い続けてきたが、友達などとは到底思えなかったのだと、ようやく過去の気持ちと答え合わせができた気がした。
あの薄暗い気持ちは、友達という線からもうとっくにはみ出していたものだったのだと思った。
「友達として傍に居るだけじゃ、足りない。俺、そんなやつなんだよ、分かっただろ?瀬良の思いとはきっと違う」
やっと瀬良をまっすぐ見て、そう言った。
瀬良は軽蔑しているだろう。そんな目で見ていたのかと、動揺を隠せない瞳で、自分を見ているのだろうと思った。
「ううん、やっぱり、同じだよ」
瀬良の目には、動揺も軽蔑も、京一が予想したものは何一つ見られなかった。
ただ、獲物を見つけた獣のように、ギラギラした光を瞳に宿し、京一を見据えているのだった。
「んんっ?!」
押し倒されたかと思った時には、もう唇を重ねられていた。両手首を頭の上に縫い付けられ、身動きが取れない。
至近距離で瀬良の視線とぶつかる。昔テレビで見た、小動物を捕食しようとするオオカミの姿が脳裏をよぎった。顎を片手で支えられ、角度を変えて何度もキスされる。
「ん……っ」
唇を離し、満足そうに瀬良が微笑んだ。瀬良はやはり美しく、それが今は腹立たしく感じた。
京一は動揺を隠せないまま、瀬良を睨みつける。
「せ、せらのばかやろ……はあっ……ふ、」
今まで息を止めていた京一は、荒い呼吸を繰り返した。
「分かった?僕の気持ち。どうかな、京一と同じだと思うんだけど」
瀬良はいつも通りの声音でそう言った。なぜか余裕そうな瀬良と違い、荒い呼吸を繰り返す自分に、京一は恥ずかしさと苛立ちを感じた。
「僕も、友達でなんか満足できないよ。全部ほしい。京ちゃんの嫉妬も、関心も、全部」
「はあ、……ふ、……ぜんぶ……?」
「うん、全部。僕のこともぜんぶ欲しがってほしい。僕しか興味が無くなったらいいのに、そう思ってる。僕は、そんなやつだよ」
「瀬良……」
欲しい言葉を紡ぐ、形の良い唇に釘付けになる。京一は解かれた手で、瀬良の口元に触れた。
瀬良がその手に唇を軽く押し付ける。それから瞬きを1度して、京一の瞳を射止めた。
「ずっと見てて、京ちゃん。僕も京ちゃんを見てるから。ずっと。だから、約束して」
瀬良の瞳はあの夏の日と同じように、煌々と光っている。大好きな美しい幼馴染の欲を一身に浴びて、身体の奥から甘い痺れが走った。
京一は瀬良の頭を引き寄せて、瀬良が最も欲しかった言葉を言った。
もう逃げられないし、放せなくなる、京一の脳裏にそんな言葉が浮かんだ。
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