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楽園 3

タクミの最後の試合は呆気なかった。 必死だったのに、やる気は空回り。 何をやっても上手くいかず、相手のパンチばかりもらってしまって。 焦れば焦るほど、ドツボにハマり、全てのラウンドを相手にとられて終わった。 3年間のタクミのボクシングの集大成は無様な負けだった。 取り柄だった根性も見せれるような試合ではなく。 相手のテクニックに振り回されて、何一つできないで終わった。 いつもは厳しい顧問の先生は何一つタクミを怒らなかった。 何も出来なかったのが気の毒すぎたのだ。 顧問は タクミが誰よりも練習を頑張っていたのを知ってて、誰よりも根性があるのを知っていたからだ。 相性が最悪だった、というのもある。 タクミの試合の相手は、タクミの良さが完全に消えてしまう相手だった。 ボクシングにはそういうこともある。 でも、最後の試合でそうなるのはあんまりだった。 いつもは生意気なことばかり言う後輩達が、タクミに声をかけられなかった。 苦労を共にしてきた3年生なら尚更だった。 タクミは負けはしても、自分より遥かに強い相手と良い試合をしたりもしてきたのだ。 そう、中々勝ちに繋がらなかったとしても。 タクミは勝ち星こそ少ないが敬意を払われるタイプのボクサーだった。 だけど、 最後の試合は悲惨だった。 そんな日もある。 あるとしても、こんな。 最後の試合で。 それでもタクミは負けて腫れた顔のまま、他の部員の応援はしたし、他の部員の勝利に喜びもしたし、負けた部員には笑って言った。 「オレよりマシだって!!」 他の部員達は苦笑いした。 だって。 その通りだった。 でもタクミは明るかったから、部員達もそれをジョークとしてあつかった。 それで、タクミも吹っ切れてるのだと。 みんな思った。 タクミは笑顔で。 最後の大会を終えた。 今日勝った部員の試合は来週またある。 ボクシングは選手は1日1試合しか出来ないのがルールなのだ。 だが、タクミの大会は終わった。 終わったのだ。 タクミは会場の片付けを他の出場者達と手伝い、会場を後にする。 タクミの家の方角は部員のみんなと違うから、途中で別れて一人になった。 タクミはいつも人のいない河原の道を選んで帰った。 なぜなら、一人になってから涙が止まらなくなったからだ。 最後だった。 才能が無いのは分かってた。 ボクシングは過酷なスポーツだ。 だから。 選手としてやるのは高校までにしよう、と決めていた。 好きなだけでは続けられない。 長くやるべき競技ではないから。 でも 好きだったから。 最後くらい、何か何か何か自分の中だけでも良いから納得したかった。 「でも・・・オレ・・・なんにも出来なかった・・」 タクミの口から無意識に言葉が零れた。 自分の口から出てきた言葉が、タクミの耳からまた脳に入り、それが事実なことをタクミに突きつけてきた。 なんにも。 なんにも。 出来なかった。 悔しくて。 悔しくて。 やり切れなくて。 タクミは人のいない河原で大声で泣いた。 夕焼けに赤く染まった河原で、まるで幼い子どものように、タクミは泣き叫んだ。 苦しかったから。 そして。 誰もいないと思っていたからこそ。 立ち尽くし、泣きじゃくっていたタクミは、突然背後から誰かに追い抜かれる足音に泣き止んだ。 誰かが小石を蹴って、タクミの隣を通り抜けた。 誰もいないと思ったから泣いていたのに、誰かがいた。 タクミは真っ赤になった。 恥ずかしすぎた しかもそいつは立ち止まりこちらをふりかえっていた。 マズイもの見てしまった、みたいな困った顔をして。 いや、そこはせめて気づかないフリして足早に通り過ぎろよ!! とタクミは思ったが、立ち止まったままソイツは動かない。 そして夕陽と恥ずかしさで真っ赤になったままのタクミと、気まずそうな顔をしたソイツの目があった。 タクミはソイツを知ってた。 私服だったけれど。 「スカシた嫌なヤツ」と男子生徒達から言われてるクラスメイト、タカハシだった。 タクミもほとんど口をきいたこともない。 クールな顔が、困ったとでも言いたそうに眉を寄せていて、タカハシに表情があることをタクミは知った。 最悪。 クラスメイトにこんなところを見られるなんて。 タクミは更に真っ赤になった。 タカハシの眉が寄せられ、目が動揺したように泳ぐ。 タクミの涙はまだ止まることはなかった。 2人は黙って見つめ合う。 時間が流れていく。

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