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楽園 8

休みの日、キヨハラと動物園に行くことになった。 「どこに行きたい?」 キヨハラが前日、家の前で別れる時、そう聞いてきた。 まだどこへ行くかはきめてなかったのだ。 「動物園!!」 タクミは言った。 言ってしまってから後悔する。 友人達からはそう言うといつも却下されてきたからだ。 「高校生になっても動物園かよ」 友人達は容赦ない。 体育会系男子ばかりなのだ。 だが、友人達とするようなバッティングセンターとか、ボルダリングジムに行ってみるとか、アスレチックでガチレースとか言った肉体系の遊びをキヨハラとするのもなんか違うと思った。 キヨハラは。 良い匂いのする男で、・・・そんな匂いしている男子はタクミの周りにはいない・・・髪のおくれ毛1つがいちいちおしゃれな・・・タクミ達は近所の散髪屋で切ってる・・・とにかく、そういう汗臭いのとは違う、と思った。 体育の授業などで、その身体能力の高さは知ってたけれど、キヨハラはその肉体をどうやってつくったのか維持しているのかを聞いても、笑って教えてくれなかった。 生まれた時から死ぬまでこういう肉体のままの人間もいるのかもしれない。 苦労して身体をつくったタクミには羨ましすぎる話だが、でも、キヨハラならそれでも良かった。 でも。 オシャレでオトナなキヨハラを動物園にさそうって。 タクミは言ってみてから後悔した。 友人達にそう言うのは全く気にもしたこと無かったし、却下されてむくれてみせたのに。 「動物園?いいね」 キヨハラが優しく笑ってくれて。 でも。 「別に。別に、他でもいいんだ・・ケド」 そう言って、何故かタクミは項垂れて。 「オレはタクミと動物園に行きたい」 キヨハラはハッキリ言って、タクミの髪をくしゃくしゃにした。 タクミ、とキヨハラが名前を呼び出したのはこの数日で、それにもタクミは慣れてない。 ドキドキしてしまうのだ。 そして、親しみに満ちたタクミの髪を掻き乱すその仕草に、やはり優しい指に。 タクミはまた、胸が痛くなる。 なんで? キヨハラを見つめてしまう。 キヨハラが、タクミの視線に何故か息を呑む。 「・・・タクミと行きたい」 囁くように繰り返すキヨハラの声が甘い。 「じゃ、動物園・・・」 タクミの顔は何故か熱い。 赤くなってるんだと分かって焦る。 キヨハラが笑った。 またあの笑顔。 優しさがこぼれだす、柔らかい柔らかい笑顔。 タクミにはみせてくれる笑顔。 さらにタクミの顔が赤くなる。 わけが分からない。 「じゃあ、明日、10時に迎えにくる」 キヨハラは言った。 「うん」 タクミは赤い顔を隠すように俯く。 キヨハラが小さな笑い声をたてた気がした。 嬉しそうな笑い声。 でも、タクミは今、キヨハラの顔を見る勇気が何故かない。 タクミは勇敢なボクサーで。 どんな相手にも怯えたことなどなかったのに。 「じゃあ、明日」 キヨハラは言った。 「うん」 タクミはそう言って、慌ててキヨハラに背を向けた。 こんな顔はもう隠したかった。 なんだか恥ずかしくて。 その時、暖かいものに背中から包まれた。 またキヨハラに抱きしめられたのだと理解するのに、少しかかったし、キヨハラは前よりもう少し長い時間そうしていた。 「あしたね」 キヨハラは耳元で囁いて、そっとタクミから離れた。 「うん・・・」 タクミは答えると、ふりかえらないで玄関に入った。 振り返る勇気がない。 どんな顔に自分がなってしまっているのか分からない。 キヨハラの顔も怖くてみれない。 でも。 囁かれたキヨハラの声の甘さと、抱きしめられた温もりが身体から離れない。 また玄関に崩れおち、ドアにもたれたまま、タクミはキヨハラの名前を繰り返していた。 ずっとずっと。

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