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楽園 35

キヨハラは驚いていた。 これは予想していなかった。 こんなことは。 女子生徒達が一人の生徒をキヨハラのために傷つけるとは。 少女の白い頬が切れて血が伝う。 血を見て取り囲んでいた女子生徒達の興奮が増すのがわかった。 ヒステリックに笑う女子生徒達の中にキヨハラは飛び込んだ。 笑い声が止んだ。 ピタリと。 合図があったかのように。 「何してんだお前ら!!」 キヨハラは怒鳴った。 そんなことはしたことがなかった。 キヨハラは興味は無くても女子生徒生徒達にそれなりに優しく接してきていたからだ。 キヨハラを欲しがる彼女達の反応は面白かったからだ。 女子生徒達の間に気まずさが漂う。 だけど子供が言い訳するかのように少女達は口にする。 ソイツが調子に乗ってるから。 勘違いしてるから。 鬱陶しいから。 キヨハラくんに キヨハラくんに キヨハラくんだって こんなヤツが こんな女 キヨハラは。 自分が笑いかけ話しかけただけでこれが起こったことを確認する。 少女達は。 キヨハラを欲していた。 キヨハラに見つめられたくて、笑いかけられたくて、そのためになら誰を傷つけても構わない。 キヨハラはそのドロドロとした熱量に後ずさった。 キヨハラは少女達には興味がなかった。 キヨハラのセックスの相手は大人の女達だ。 自分を欲しがるのが面白かっただけだ。 なのに。 こんな。 キヨハラには想定外すぎた。 キヨハラは少女達から背を向けた。 気持ち悪かった。 その熱量に吐き気がした。 キヨハラは少女達がいる玄関から教室へと逃げ出した。 早足で歩き、血を流す少女も、彼女を取り囲む少女達も置き去りにした。 見たくもなかった。 そう逃げ出したのだ。 だが。 教室へたどり着く前にキヨハラは捕まった。 キヨハラの取り巻きの一人が笑顔でキヨハラを呼び止めたのだ。 「キヨハラくん、キヨハラくん、ちょっと来て!!」 キヨハラは足を止めた。 少女達が気味悪かったから、男子生徒の声に少し安心した。 「どうした?」 でも、少し不機嫌そうにキヨハラは答える。 こんなに何故嬉しそうに声をかけてきた? 褒められたがっているのはすぐわかった。 キヨハラに気に入られ、褒めてもらうためになら、キヨハラの周りにいる少年達は何でもするようになっていた。 そうコントロールしたのはキヨハラだったのだけども。 「いいから来てよ」 そうニコニコ言う男子生徒にキヨハラはついていく。 「とにかく来て来て、見て見てキヨハラくん」 男子生徒が連れていったのは溜まり場になってる空き教室だった。 何を見せたいと言うのだろう。 キヨハラの取り巻きの何人かがもうこの教室にいるようだった。 こんな早く学校に来て何しているのだろうか。 キヨハラは疑問に思ったが、空き教室の中からは楽しげな声が聞こえてきた。 嬉しそうにはしゃぎながら、キヨハラを連れてきた男子生徒はドアをあけた。 キヨハラはデジャブかと思った。 少年達は誰かを取り囲んでいたからだ。 誰なのかは見えない。 でも少年達は罵声をあげていた少女達とは違って楽しげに取り囲んではいた。 「あ、キヨハラ君」 キヨハラに気づいた、輪になってる少年の1人が言った。 とても嬉しそうだった。 何がそんなに楽しいのだろう。 キヨハラは不思議に思った。 その場にいた全員が笑顔でキヨハラを見つめる。 10人以上はいた。 みんなキヨハラの信奉者だった。 キヨハラのためなら何でもする。 「キヨハラくん」 「キヨハラくん」 彼らは口々にキヨハラの名を口にして、嬉しそうに取り囲んでいたものを見せるため、輪を解いた。 「・・・・・・!!」 そしてキヨハラは絶句した。 その輪の中にいたのは。 彼らが取り囲んで笑っていたのは。 血まみれの少年だった。 見覚えはあった。 「キヨハラくんの悪口言ってたから、もう言えないようにしといたよ」 明るくキヨハラをここまで連れてきた男子生徒が言った。 何一つ。 罪悪感もない、明るい声で。 彼らはキヨハラに喜ばれるためだけに、リンチをしたのだとわかった。 少年達の笑顔は。 どこまでも明るかった。

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