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楽園 36

「キヨハラくんに謝れよ!!」 男子生徒の一人が血を流して泣いている少年を笑顔で蹴った。 鼻や口から血を流し、顔を汚した少年は泣きながら「ごめんなさい」をくりかえした。 泣きながら鼻血にむせて、血が迸る。 キヨハラは血の気が引くのを感じた。 キヨハラは取り巻きを殴り合わせることを楽しんだことはあった。 だけどそれは。 どこまで自分のためにやれるかを確認しただけで、危うくなるまでに止めたつもりだった。 こんな。 大勢でのリンチをさせたかったわけではない。 「キヨハラくん」 「やっつけたよ」 「キヨハラくんの悪口言うやつは許さないから」 褒めて欲しくて、血に汚れた手を見せつけ、少年達はキヨハラに自慢する。 自分達はここまで出来るのだと。 キヨハラの為に。 「キヨハラくん」 「キヨハラくん」 「キヨハラくん」 褒めて欲しいと少年たちは待っている。 その顔にキヨハラは嫌悪した。 それは自分だった。 欲しがってもらえる誰かを求め続ける自分だった。 キヨハラは父親とは違った。 父親なら、これを楽しめただろう。 自分の為に誰かを傷つけた部下達を褒めてやり、自分のために争う女達を眺めて楽しむ。 キヨハラは父親のやり方をよく知っていて、父親と同じようにそれを行うことも出来たけれど、父親程壊れてはいなかった。 キヨハラはこんなモノが欲しかったわけではない。 違う。 だけどそれはもう、起こってしまった。 キヨハラは呆然と立ち尽くしていた。 そして、教師達が怒鳴りながら、やってきても呆然と立ち尽くしていた。 キヨハラが解放されたのは、夕方だった。 警察に連れていかれた。 流石に学校も学校内で収められる話ではなくなっていた。 キヨハラには速やかに弁護士が父親によってよこされた。 どういう話があったのか、キヨハラには分からない。 でも、キヨハラは実行犯では無かったし、指示したわけではないと、加害者である少年たち達も認めたので、あっさり解放された。 「・・・の息子か。父親と似てるな」 誰かが言った。 顔の話ではないのは分かってた。 父親とは似てない。 だが、狂信者のようになってる信奉者を使い捨てにする父親のやり方は警察が一番知っているのだろう。 警察署を出て、家に帰りたくはなかった。 夜約束していた女の家に泊まろうと思った。 女達はずっと大人で、利用しているのはお互い様だから、安心出来ると思った。 女の部屋へ女の合鍵をつかって向かう。 今日は流石にセックスする気にはならなかった。 泊めてもらうだけでいい。 マンションの部屋の前に着くと、ドアが少し空いてるのがわかった。 不用心だな、と思った。 何かが挟まっていた。 それを見た。それは女の白い踵だった。 キヨハラは慌ててドアを開けた。 そこは真っ赤な血が広がっていて、微かな息をしている腹に包丁を突き立てられた女と、ぼんやり玄関に座ってそれを見てる女がいた。 朝送ってくれた女だった。 女の手は血まみれだった。 女はキヨハラに気付いて顔を上げた。 「これで約束無くなったよね。私のところに来てくれる?」 女は嬉しそうに笑った キヨハラは。 血の中に座りこんだ。 それでも。 救急車をよぶことはなんとかした。 「ねぇ、私の家に行こう?」 そう囁いてくる女を、キヨハラは虚ろに見つめていた。 もう。 限界だった。

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