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楽園 39
「オレとその日に会った?覚えてないけど」
タクミは首を捻る。
キヨハラの話はタクミには驚くことばかりだった。
だが、キヨハラと会ってたなら絶対に覚えているはずだ。
キヨハラのことは入学式の間からもう話題になっていた。
タクミもなんかやたらと顔の良い目立つ男子が同じ新入生にいる、とは思っていたくらいだし。
壁を作ったかのように集団の中にいても明らかに孤立している、綺麗な顔のキヨハラは、あまり他人の外見を気にしてないタクミでも眼を止めてしまったのだ。
そこからキヨハラと話をしたのは、引退試合に負けたあの帰り道、3年は過ぎていたはずで、覚えが全くない。
絶対にキヨハラと話をしたりそういうのがあったら、覚えていたはずだ。
「・・・声もかけてないからね」
キヨハラは小さく、恥ずかしそうに笑った。
「喧嘩止めてたでしょ」
キヨハラの言葉にタクミは思い出す。
入学式の日、新入生の男子の1人が誰かと喧嘩になったのだ。
誰だったかも覚えてないが、どうでも良いようなことで揉めて、ちょっとした騒ぎになった。
「デカイヤツらの間に、迷わず飛び込んで、偉そうに説教して、で怒った相手に殴られそうになってて」
キヨハラの言葉にタクミは真っ赤になる。
タクミはどちらにも怒っていた。
最初に態度が悪かったヤツもヤツだし、
だが、そこから暴力に持っていったヤツもヤツだったからだ。
そんなことで喧嘩なんてくだらない、そう言ったら二人ともからキレられて。
結局二人が殴りかかってくるのにタクミは立ち向かうことになった。
タクミは確かに小柄だが、その分身が軽い。
ひょいひょいとそれをかわしてた。
ボクシング部に入るつもりでこの学校に入学はしたが、その時はまだボクシングはしてはいなかった、が、タクミはいつだって誰にも怯むことはない。
冷静に動いて攻撃を避けていた。
「感心したよ。二人相手でも怯まないし。そしてタクミは誰も殴らなかった」
キヨハラは言った。
キヨハラに見られていたのかと思ってタクミは赤くなる。
タクミはボクシングをしたかったが、喧嘩はしたいと思わなかった。
ケンカはくだらないと思って言って、それで怒られ手を出し喧嘩になるなら、もっとくだらないから殴らなかっただけだ。
でも二人で追いかけ回されていると、まだ素人だったタクミはとうとう捕まり、一人に殴られてしまう。
キヨハラは離れた場所から見ていたが、この結果はそんなものだと思った。
だが。
殴られてもタクミは怯える気配もない。
怒りにかられることもない。
タクミはその目を向けた。
殴った相手からそんな目で見られたことは、少なくともこの二人には無かっただろう。
静かな、怒りではない、でも強い意志だった。
そのタクミの目は離れた場所にいたキヨハラでさえ撃ち抜いたのだ。
拳なんかよりよっぽど効く。
キヨハラはそう思った。
「つまんないだろ、こんなの」
タクミは二人に向かって言った。
殴った相手にそう言われて。
まだ殴ってはいなかったけれどそうしたかった相手にそう言われて。
二人は何故か拳を下ろしていた。
そこへ教師が騒ぎを聞きつけて走ってきたから、タクミが真っ先に走り出し、残りの二人も慌てて逃げたのだ。
入学早々、問題は裂けたい。
キヨハラは。
タクミがいた場所から離られなかった。
「つまんないだろ」
そう言われたのは自分だった気がした。
あの目を忘れられなかった。
見つめられたい、そう思った。
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