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楽園 40

「綺麗な目だと思った」 キヨハラは言う。 くだらない。 タクミは言った。 その通り。 キヨハラもそう思った。 この世界の何もかもがくだらない。 タクミの怯むことのない瞳だけが美しかった。 だから。 自分なんかを映してはいけない、そうも思った。 支配とか、欲望とか。 そんなものに汚れた自分が、近づいてはいけない。 キヨハラはタクミに強く惹かれ、そしてだからこそ遠ざかった。 決して近寄ることはなかった。 長く長く。 三年間。 あの引退試合の帰りまで。 でも惹かれていた。 「見てたよ。ずっとタクミを。気付かれないように」 キヨハラの告白はタクミには予想もつかないものだった。 キヨハラが。 そんなに前から自分のことを好きだったなんて。 キヨハラはタクミを見ていた。 決してその目に自分が映らないようにしながら。 景色の1つ以上にならないように。 でも。 キヨハラはタクミを見ていた。 同じクラスになるまでは、朝練でグラウンド走る姿や通り過ぎる廊下でふざける姿。 僅かな姿を目に止めて。 記憶した。 それだけで良かった。 自分はダメだと分かっていて。 同じ性別とかそういうの以前に、自分のような人間はダメだと。 だから見てるだけだった。 見れば見るほど好きになった。 素直に、真っ直ぐにこの世界と向かいあって。 嘘が無いのが分かっていく。 キヨハラは嘘だらけの存在なのに。 キヨハラに出来るのは支配だけなのに。 見つめずにはいられなった。 見ている時だけ。 冷えた心が暖かくなった。 ボクシング部だと知って。 こっそり試合も見に行っていたと白状した。 「・・・あの日も。俺はタクミの試合を見てた」 キヨハラは言った。 ずっと見てたから。 ずっとタクミがボクシングに一生懸命だったのを知っていたから。 タクミは試合が終わっても。 絶対に泣かなかったし、辛そうな顔1つしなかった。 だから。 どれほど辛いのかと思った。 そして。 どうしてもタクミが心配で。 皆と帰るタクミの後をついていってしまって。 そして。 あの日。 とうとう。 タクミが泣いていたから。 どうしても。 どうしても。 手を伸ばしてしまった。 絶対に触れてはいけないと思っていたのに。 触れてしまったならもう。 だめだった。 その目に映ってしまったなら、もう諦められなかった。 もう。 どうしても。

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