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楽園 46

大きな車の後部座席にキヨハラの父親と二人で座る。 高そうな皮のシート。 外から中は見えないように窓には特殊なフィルムが貼られていた。 運転席と後部座席には仕切りがあって、運転席からは後部座席の様子が見えないようにされていた。 車は滑らかに動き出す。 他の男達は違う車に乗っているのだろう。 護衛役が助手席にはいるのだろうけれど。 タクミはドアを確かめる。 ロックは解除出来ないようにされていた。 運転席側てのみ解除できる。 これは拉致監禁だ。 本当にスパーリング大会の会場に向かうかもわからない。 携帯を確かめる。 圏外になっていた。 どうやっているのか分からないが、タクミは完全に外部と切り離されている。 だがタクミは焦らなかった。 「随分、冷静だね。自分の状況が分かっているのに」 支配者が笑った。 キヨハラと似た声で。 「あんたはオレに今ここで危害を加えることはないからね」 タクミは断言した。 「へぇ?何故分かる」 支配者は面白そうに言った。 その声のその表情の、その仕草がどれ程魅力的なのか。 それをタクミは見せつけられる。 「・・・そんなのあんたはつまらないだろうから」 タクミは思ったことを口にした。 沢山の人間を自分の為に争わせ、傷つけあうことを眺めて楽しむ男が、こんな簡単なことをするとは思えなかったのだ。 それに。 タクミはこの男の獲物にはなり得ない。 もうタクミの心はとっくに渡しているからだ。 キヨハラに。 この男のおもちゃにはならない。 そしてキヨハラも。 キヨハラはタクミに心を渡しているからだ。 この男の「遊び」は相手の心を奪わないと始まらないからだ。 「・・・あの子があんなに面白いとは、思って無かったんだよね」 男は楽しそうに言った。 男には無邪気さがあった。 残酷な子供のような無邪気さが。 「あんたの獲物はキヨハラの兄貴だろ。キヨハラじゃない」 タクミは言う。 この父親に支配されているのはキヨハラの兄。 跡取り息子。 父親はキヨハラの兄を支配する為だけにキヨハラを使っていたはずだ。 父親を愛するがために支配される、哀れな息子。 誰にも救えない、哀れな犠牲者。 キヨハラの父から離れられないのは兄の意志だからだ。 「そう。可愛い息子だよ。あの子の兄は。私の為なら何でもする。文字通り、なんでもね」 キヨハラの父親、支配者は笑った。 美しい笑顔を醜いとタクミは思った。 「キヨハラとオレはあんたの獲物じゃない。あんたの言うことはきかない」 タクミは言った。 「・・・そうだね。つまらないね」 残念そうに父親は言った。 「本当に残念だよ。あの子の兄なら私のためになら何でもするのにね。とても可愛い。人だって殺してくれるだろう」 クスクス笑う声にタクミは寒気を覚えた。 「殺させるつもりか?」 タクミは聞いてしまう。 「知りたい?」 支配者は笑う。 タクミは沈黙する。 狂っていることだけはわかる。 キヨハラの家は狂っている。 あの家で何があったのかタクミには本当には分かることはないだろう。 「あの子は兄と違って私に似ている。本当に似ている」 キヨハラの父親は繰り返す。 少し残念そうでもあった。 「キヨハラはお前とは違う」 タクミは断言する。 「どうかな?・・・あの子が私にならないなんて分からないよ?」 支配者はタクミに美しい微笑みをみせた。

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