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楽園 49

窓から飛び出してきたタクミをキヨハラが抱きしめる。 キヨハラが震えていて、タクミはキヨハラが怖がっていたことを知る。 キヨハラは父親がタクミに危害を与えるのではないかと思って怯えたのだ。 ああ、キヨハラも。 この男の支配から完全に逃れているわけではない。 恐怖という支配はあるのだ。 だが。 タクミはキヨハラの父親である男の、あの綺麗に澄んだ目にのぞき込まれたことを思う。 純粋な飢餓がその目にはあった。 あの男は。 恐怖などでの支配なんか求めていない。 自分を愛し破滅することを求めている。 「タクミ・・・コイツには近寄ってはいけない!!」 悲鳴のように叫ぶキヨハラを落ち着かせるために、タクミはその背中に手を回す。 「おいおい、父親だぞ、私は。コイツ呼ばわりはないだろう」 支配者が笑う。 「オレは大丈夫だ。キヨハラ」 タクミは言い聞かせる。 「タクミに近寄るな!!」 キヨハラは恐らく生まれて初めて、父親を怒鳴りつけた。 割れた窓から車内の父親をにらみつけながら。 キヨハラの怒りは恐怖すら押しのけるもので、キヨハラの父親には面白く無いものだっただろう。 キヨハラの背後で真っ白な顔をして固まっている部下達ほど父親の怒りを恐れてもらわないと、楽しくないはずだからだ。 こころから自分の支配を愛し、そして恐れる、それがキヨハラの父親の支配だからだ。 この部下達は支配者の為なら死ぬことだって厭わないだろう。 「大丈夫だ。オレ達をこいつは支配できない」 タクミは言い切った。 その無邪気なまでに互いを信じて疑わない様子に、キヨハラの父親は唇を歪めて笑ったが、言葉にはしなかった。 そう。 愛する人間の存在を信じて疑わない、そんな人間には、支配者は漬け込む余地がないからだ。 愛されたい。 愛して欲しい。 満たされない人間が、キヨハラの父親のおもちゃになる。 「二度と会わない」 キヨハラは言った。 父親は頷いた。 「お前より可愛い息子はもういるしね。今からでもスベアは作れるしね・・・」 父親の言葉にキヨハラは苦く笑った。 でも。 それなりに効いたのだ。 自分を愛してくれた存在など、最初からいなかったという事実は。 でもだから。 タクミをキヨハラは抱きしめた。 今はいる。 タクミにはキヨハラが。 キヨハラにはタクミが。 「さよなら、父さん」 キヨハラはそう言った。 そして、タクミの腕を引き歩き出す。 もう片方の手で握っていた鉄材は、投げ捨てて。 「オレがキヨハラを幸せにするから」 タクミも支配者に言い捨てた。 支配者は笑顔で二人を見ていた。 部下に追わせることもしなかった。 そのまま行かせた理由はわからない。 幼い二人の愛を笑っていたのかもしれない。 キヨハラは言った。 「タクミ、スパー大会に今ならまだ間に合う!!」 タクミも頷く。 確かに送ってくれる気はキヨハラの父親にはあったらしく、二人がいる場所はスパー大会をするジムの近所だった。 「オレ、勝つから!!」 そし てタクミは言う。 「タクミは。・・・勝ち負け以上に強いから」 キヨハラは言った。 「オレだけなら、父親から離れられなかった」 キヨハラの言葉は重かった。 そしてそれは事実だった。 「・・・今日からどうする?」 タクミは父親に言ってしまったけれど、まだ高校も卒業していないキヨハラの立場を思いやる。 もちろん、本気でキヨハラを養うつもりだった。 大学だって卒業させたい。 「・・・あまり自慢出来ないけど、お金ならある。女の人達から貰ってたお金がまだ残ってる。大丈夫。大学入学まではいける。オレも働いて大学に行く」 キヨハラの言葉にタクミは複雑になる。 キヨハラが年上の女達と寝てお金を貰っていたことは知っていたけれど。 だが。 今は 「タクミ走ろう、間に合わない」 キヨハラが言って、タクミはキヨハラと走り出す。 いろんな不安はあった。 でも。 タクミはキヨハラを支配者から取り戻した。 キヨハラは。 あんな男の元にいるべきでは無かったのだ。 それだけは確信があった。 二人は笑いながら走った。

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