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楽園 55

顧問、見に来た仲間、そして観ていた人達、大会を主催するジムの会長にまで、タクミは祝福を受けた。 会長は対戦相手の父親だったのに。 しばらくして、対戦相手が真っ赤な目をして握手を求めに来た。 タクミが彼に負けた日泣いたように、彼も泣いたのだろう。 「次は・・・無いんですね」 悔しそうに彼がいったからタクミは笑った。 「うん。ごめんな。勝ち逃げするよ」 こんな風にボクシングに打ち込むのは最後だと決めていた。 「強かったです。来年のオレはもっと強いけど」 彼の言葉は本気で、もっと彼が強くなるのは分かっていた。 「うん。もう勝てないよ」 タクミの言葉も本気だった。 何度も試合すればタクミの方が負けるだろう。 だが、タクミは負けられない最後の勝負に勝った。 勝ってみせた。 「悔しいです」 彼は言ったが、この負けを繋いで行くだろう。 彼にはこの試合はタクミ程の意味はない。 それがこの勝負の差でもあった。 タクミには負けられない試合だったのだ。 「戦ってくれてありがとう」 タクミの言葉は心からのものだった。 対戦したもの同士にしか出来ない握手をした。 きっとどちらもこの試合を忘れない。 スパーリング大会が終わった。 それはタクミの大人という時間の始まりだった。 タクミは仲間達と別れてジムの外に出た。 もちろんキヨハラと一緒だ。 キヨハラと歩く。 「・・・泊まりに来ないか?」 タクミは言った。 母親は留守だった。 言ってみてから慌てた。 「いや、ほら、お前、父親とああいうことになったわけだし・・・マンションだってどうなってるか分からないだろ?父親が待ってるかもしれないし・・・」 タクミはキヨハラと生きていくつもりだったし、何なら大学の費用まで出すつもりだった。 あの父親と離れさせるためだったら、何だってする。 でも、泊まりに来ないかということは。 これまでキヨハラを散々待たせていたわけで。 タクミは真っ赤になる。 そういう意味? でも。 でも。 もう確かに支障はない。 試合も終わったし。 キヨハラを父親から奪ったし。 でも。 でも。 「今日泊まらない・・・マンションに戻るよ。あの人はオレに興味はそんなに無いんだ。オレはあの人に似てるからね。自分は二人要らないから、あの人はオレにだけは無関心だ。大丈夫。本当に興味本位だっただけだから。もう金銭的な援助は無いだろうけど、オレをそこまで欲しがらないよ。オレが生きてるだけでオレの兄には圧力になるし」 キヨハラはタクミの誘いを断った。 タクミはちょっと安心して、ちょっとガッカリもした。 キヨハラに触れたい気持ちは。 タクミだって強かったから。 でもまあ、こんな顔だし。 試合の後でボロボロだし。 キヨハラが試合後のタクミの身体を思いやってくれているのはわかった。 二人で黙って帰る。 電車に乗り、そしていつもの川原を通る。 街の光が僅かに差し込む、ほとんど光のない川原の道。 川の流れる音。 月が水面に道を作って映る。 二人で歩いた。 キヨハラが手を握ってきた。 そっと握りかえした。 殴られて腫れた顔が熱いのはパンチで腫れたからだけじゃなかった。 言葉は無かった。 でも。 言葉以上に分かりあっていた。 家の前で別れた。 「次は抱くから」 キヨハラはそれだけ言った。 そういうキヨハラの顔は赤かった。 「止めらなくなるから、今日はダメ。スゴイしたいけど」 赤い顔で早口で言って下を向くキヨハラが、胸が痛くなるほど可愛いかった。 俯いたキヨハラに伸びあがってキスをした。 切れた唇から血の味がしたかもしれない。 でも。 したかった。 「オレのだ」 タクミは言った。 「うん」 キヨハラは頷いた。 もう一度、今度はキヨハラから優しく唇を重ねて。 「オレの」 と言った  「うん」 そうタクミも頷いたのだった。 タクミはキヨハラが角を曲がって見えなくなるまで。 ずっと見ていた。

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