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楽園 56

本当はキヨハラの受験が終わるまで待つべきだったのだろう。 だけど。 キヨハラもタクミも待てなかった。 次の週末。 タクミはキヨハラのマンションに向かった。 泊まりに行くのだ。 キヨハラは新しい部屋を借りていた。 キヨハラはあの後すぐに父親のモノだったマンションを出たのだ。 今日で引越しを終わらせてしまうことになっていた。 その後、キヨハラの新しい部屋にタクミは泊まることになるだろう。 その部屋はタクミの母親の知人から格安で借りれたのだ。 キヨハラは女達に貰った金をかなり貯金していて、それで大学の進学費用や入試までの生活の資金にするつもりだ。 もちろんそれだけでは底がつく。 働ながら学ぶことになるだろう。 特待生になれる可能性も探すと言っていた。 キヨハラの頭脳なら可能だろう。 とにかく格安の部屋は有難かった。 キヨハラは高校生で、親とは縁を切った。 保証人もいないキヨハラにはこの先困ることが多くなる。 だから。 タクミは母親に相談したのだ。 泣きながら。 タクミはキヨハラを守りたい。 でもまだ、タクミとキヨハラは子供で。 大人がどうしても必要だった。 キヨハラが親と縁を切り家を出るとして。 何の社会経験もないタクミだけでは支えられないとタクミは認めたのだ。 キヨハラのために助けてくれるちゃんとした大人が必要だった。 だから、母親に助けを求めた。 母親は、いつも元気で、親に心配1つかけたことの無い息子が、泣きながら助けを求める言葉を黙って聞いていた。 「キヨハラくんが好きなのね?」 母親の声は平坦だった。 タクミは頷く。 「ひとりにしたくない!!」 タクミはすすり泣いた。 母親はこれまで必死で母親を支えようとしてきた息子を見つめた。 笑顔で、ワガママを言わない、優しすぎた息子を。 「私はいつでもタクミの味方。だからキヨハラくんの味方」 母親はにっこりと笑った。 「頼ってくれてありがとう」 母親はそう言って、小さかった頃みたいにタクミを抱きしめた。 母親も ずっと。 まだワガママだった小さなタクミが恋しかったのかもしれない。 タクミがただ甘えるだけの母親が恋しかったように。 母親はその後キヨハラを家に呼んで、キヨハラと二人だけで話をした。 二人が何を話したのか、その後、二人とも教えてくれなかった。 けれど、母親とキヨハラの楽しそうな笑い声は、隣りの部屋でハラハラしているタクミにも聞こえてきた。 そして、母親はキヨハラの親代わりになると宣言してくれた。 「息子が二人になった」 母親はそう言った。 母親がそう言ったなら、母親にはそうなのだ。 タクミの母親はそういう人だった。 「カッコつけてもオレだけじゃ、オレ達だけじゃまだやっていけない・・・悔しいけど」 タクミの言葉にキヨハラは頷く。 「オレ・・・やっとあの家から出られるんだな」 キヨハラはぽつりと言った。 キヨハラの言葉は重かった。 キヨハラは。 あの家では見えない存在で、父親がキヨハラの兄を支配するためだけの道具だったのだ。 そこは本当に酷い家で。 子供一人では。 誰にも頼れない子供では。 どこにも逃げることなど出来なかったのだ。 「オレたちは。一人じゃない。二人だけでもない」 タクミはキヨハラに言ったのだ。 「生きてくんだ。どこかに閉じ込められ、支配されるんじゃなくて、支配するんじゃなくて。世界と繋がって」 タクミはそう言いながら、それを信じることにした。 だって。 その方が世界は美しいから。 その日はまだキヨハラのマンションには泊まらなかった。 それはまだキヨハラの父親の家だったから。 キヨハラが完全に自由にならないとダメだった。 だから。 引越しは早かった。 タクミだってキヨハラを。 抱きしめて、その存在を感じたかった。 キヨハラが欲しいのは。 誰よりもタクミだったから。

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