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楽園 57
引越しの日、キヨハラの荷物は僅かだった。
持って行ける僅かなものしか、キヨハラは持ち出さなかったのだ。
ダンボール1つを持ってキヨハラは苦笑していた。
キヨハラが自分の身体を大人の女達に提供して稼いだ金で買ったモノたち、そしてその残りが入った通帳。
それがキヨハラのすべてだった。
それでも。
キヨハラはこれで父親と手が切れる。
「オレの全部だよこれが」
キヨハラは言う。
子供が大人に身体を提供して手に入れたモノ、それだけが。
「お前が無力な子供だったことはお前の責任じゃない」
タクミは言った。
人は何も持たずに生まれてくるのだ、そしてそのままで生きられる者等いないのだ。
「お前がお前の父親の金が必要だったのもお前のせいじゃない。そんなことの責任なんか、お前がとる必要はない。生きていくために必要なことだったんだ。それはこれから拒絶していけばいい。オレ達は大人になる。少なくともちゃんとした大人にな」
タクミは実家から持ってきた客用布団を、職場から借りた台車で運びながら言った。
これはキヨハラの布団になる。
キヨハラはもう父親の存在を感じて眠らなくていい。
「実家を離れても。あの狂った家が忘れられなかった」
キヨハラは台車の布団の上に荷物を置け、とタクミに言われてもすこしだから持つ、といって抱えたまま歩く。
そのダンボール1つの重さか必要なものであるかのように抱きしめながら。
「腹違いの兄は。あの父親に完全に支配されていて、毎晩犯されてたんだよ。オレはそれを見せられたことすらある」
ポツリとキヨハラが言って、タクミは思わず立ち止まった。
「あの外道!!!」
タクミのは叫んでいた。
そこまでだったとは思わなかった。
「兄は。可哀想に無理だ。救われない。あの人はもう助からない」
キヨハラは言った。
「オレはそれを見てるしか無かったんだ。同じ子供だったのに。兄があの男に蝕まれて、ボロボロにされて、あの男しか求められなくされて・・・」
キヨハラは荷物を抱きしめて泣いていた。
二人はいつもの河原の道にいた。
ここから駅に向かい新しい部屋に向かうつもりだった。
でも今、キヨハラは動けなくなっていた。
抱えた荷物を抱きしめたまま。
重さが必要なのだ。
キヨハラは。
タクミは理解した。
キヨハラはやっとそれが言えたのだ。
父親はキヨハラを共犯者にもしていたのだ。
兄にしていることをみせつけることで。
「お前は悪く無い!!アイツにそう思わされているんだ!!」
タクミはキヨハラの両頬を挟み、その泣き顔を見上げるように覗き込む。
キヨハラは兄が犯されることすら見せられてきたのだ。
そしてあの男がキヨハラを簡単に手放したのは、キヨハラが逃げても傷付きつづけると知っていたからだ。
むしろ、自由になればなるほど、マトモな世界に触れれば触れる程キヨハラは苦しむと。
あの男は。
悪魔だった。
「お前の兄ちゃんをお前が助けたいなら、オレが手伝ってやる!!」
タクミの言葉にキヨハラは驚く。
「助ける・・・?」
ぼんやり呟かれる言葉にタクミはうなづく。
「助けたいんだろ?」
タクミの言葉に、キヨハラはしばらく黙りこんだ。
タクミは何でもしてやるつもりだった。
あの男を敵に回すのが恐ろしいのは分かるが、あの男が執着しているキヨハラの兄を助けることがどういうことなのかも分かるが、キヨハラのためならそうしようと決めていた。
しばらくの沈黙の後。
キヨハラが笑った。
「タクミは・・・本当にタクミなんだなぁ・・・」
涙は止まっていた。
「兄さんは。助かることを望まないよ」
そう言った。
「でも・・・・」
タクミは言いかけた。
キヨハラは静かに首を振った。
「タクミ。・・・兄を救おうと言ってくれてありがとう」
キヨハラは何かを見つけたようで。
でもそれが何なのかはタクミには分からなかった。
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