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【5】日本
正直僕は、故郷にあまり良い思い出がない。
実家での生活は快適とは言い難かったし、今思い返せば『毒親』という奴だったんだろうなぁと思う。まあ家族に関してはもう片が付いたからどうでもいいんだけど、高校も大学も本当に心の奥にずっと大切にしまっておくような、キラキラした思い出は微塵もない。
僕は年がら年中フィールドワークに出かけていたし、大学性格やっほー! みたいなキャラじゃなかったし、友達ができなくてもあんまり気にしていなかったし……ただ地元のゲイバーだけはちょっとだけ懐かしい、思い出の場所だった。
ド真冬の北海道、札幌。そりゃクソ寒いけど、アラスカよりはましだよなーという気持ちでサクッと弁護士と面会した僕は、思いのほか敏腕な先生だったことに相当安堵しちょっとくらいは飲んでいいんじゃないの、みたいな気持ちになっていた。
といっても、一人で見知らぬバーに入るような勇気はない。
海外のコーヒーショップは素知らぬ顔で入れるけど、日本の店はハードルが高い。日本人は他人に興味なんかないくせに、なぜか一人客をじろじろと評価する人が多い。他人の目が気になって仕方ない僕にとって、知らない店に一人で入るなんて芸当は勿論無茶だ。
思いのほか時間も空いた。ちょっと昔通ってた店を覗いてみようかな……そんな軽い気持ちとちょっとした勇気を胸に十年ぶりに扉を開けた小さなバーは、驚くほど当時のままで、相変わらずちょっとうるさいマスターには『よくこんな地味な男覚えてたよなぁ』と感心する程熱心に歓迎された。
それから数回、数か月おきに日本に帰るたびに時々、顔を出してはいたのだけれど。なんとなく昔の顔見知りに恋愛相談できる店、だと認識していた僕が悪いのだと思う。
前回、夏の終わりにカウンターでぼんやりと論文を読んでいた時、颯爽と隣に座った男も同じ赤いカクテルを注文した。シンガポールスリングはこの店のメニューにはないけれど、マスターが気を利かせてわざわざ作ってくれる裏メニューだ。
いつも僕ののろけのような片恋相談に茶々を入れてくれるマスターは、常連がパートナー申請を出すとか出さないとかの相談につきっきりだった。
あ、やべ、そういやここ、出会いの場所だ。
そんな初歩的で大事なことに気が付いた時にはもう遅く、僕はその後一時間延々と口説かれる羽目になってしまった。
まあ、それだけならもう顔を出さなければいい話だったんだけど、なんとこのナンパ野郎くんは果敢にも僕が相槌程度に零した些細な情報と、マスターが僕を呼んだ『ミキちゃん』という愛称と、テーブルの上に適当に置いた渡り鳥の英語論文の画面から僕が現在アメリカの某大学で仕事を手伝っている日本人鳥類研究者『三木原俊樹』だと探り当て、海を隔ててSNSでアプローチしてきたのだ(ちなみにこのSNSはアンドレアのアカウント監視と、ヤルマリとか研究者仲間とのやりとりにしか使っていない)。
探偵かよ。とんでもない執念だ。その熱い気持ち、できれば僕以外の人間に向けてほしい。
慌ててフォローに戻ってきたマスターも、最初はミキちゃんには王子様がいるのよぉ~とかなんとか擁護してくれていたのに、いつのまにか『手が届かない憧れのイケメンより、現実の良い男じゃない……?』などとナンパくんに鞍替えしやがった。もしかしたら僕の恋愛相談がうざかったのかもしれないし、なんなら『イタリア人富豪にナンパされて旅の通訳として世界を旅した話』なんてもの、最初から信じていなくて妄想だと思われていたのかもしれない。どっちにしてもちょっと悲しい。
他人の恋情を穏便に躱す、なんて芸当僕には難しい。もうほんときみとはお付き合いできないから、ときっぱりブロックしても、あの手この手で超真剣に口説いてくる。
求められて嬉しい気持ちになっちゃうのは最初だけだ。ここまで執着されて付きまとわれると、シンプルに恐怖が勝る。お互いに憎からず思っているならばまだしも、僕は丁重にお断りしているのだ。驚くほど言葉が通じない。怖い。たどたどしいアラビア語で土産の値段交渉していた時の方が、まだ意思の疎通ができていたと思う。
というわけで僕は、家族の借金のごたごたはなんとなく弁護士丸投げでよくなったのに次は行きずりの男をストーカーに育て上げてしまう、という嬉しくない問題を抱えることになった。
「本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです……」
もう来ることはないと思っていた懐かしいバーのカウンターで、僕は隣に座った背の高い外国人男性に本当に申し訳ない気持ちで頭を下げた。
好きな人がいると言っても食い下がる、実はお付き合いしている人がいると言ってもめげない。絶対に自分の方が三木原さんを幸せにできますよ、何事もまずは試してからでしょう、一度でいいんです、おれにチャンスをください。
そんな風に熱く迫るナンパくんはm言ってることはまあ格好いいけど『いや僕は断ってるんだよ?』という前提がもう全部をぶち壊してくる。このままではアメリカの大学にまで乗り込んできそう。
マジで恐怖でいっぱいになった僕はmついにヤルマリにまで相談し、『実際にお付き合いしている人を紹介して、しっかりと現実を見せたら? なんかその人危ないから、直接対決はあんまりおすすめしたくないけどねぇ』という彼の助言に従うことにしたわけだ。
現在僕は誰とも付き合っていない。……好きな人はいるけど。ただ、イタリアの実業家に恋をしていて~なんてどんなレディース漫画だよって感じなので、やっぱり地に足をつけてこの人と将来を誓っているんですという感じを出すべきだろう。うん。
というわけで僕の横で『言い出しっぺだしね』と笑ってくれているのは、たまたま日本の学会に顔をだしたヤルマリだった。
「そういうのは逃げるのが一番だけど……アメリカまで来ちゃいそう、ってのはちょっと怖すぎるね。住民票がない場所で事件に巻き込まれるのは本当によくないよ。結局守ってくれるのは祖国だけだからねぇ」
僕はアメリカンレモネード、ヤルマリの前にはマルガリータが置かれている。どちらもレモンを使ったカクテルだ。
「まったくその通りです……ほんとごめん、わざわざ呼び出してほんと申し訳ない、せっかくの日本観光の時間を僕なんかの為に消費するなんて」
「あー、いや、ぼくはね、オオジシギの繁殖地見たかったらいいんだよ。ミキはオオジシギのついでだからね。もうちょっと冬に差し掛かってたら断ってたかもよ。オオジシギ、冬になったらオーストラリアに飛んじゃうものね。ていうかぼくで良かったの? リモーネ・ナストロの彼に怒られない?」
「あー……いや、アンドレア、いまどう考えても忙しいっていうかこんなこと頼んでいる場合じゃない……」
リモーネ・ナストロはアンドレア・アデルノルフィが立ち上げた会社と、その主力商品であるレモンシロップの名前だった。……とウィキペディアが教えてくれた。
今更彼のことググって元奥さんの情報出てきてもなぁ、と思って断固調べていなかったのだけれど、先日ベネデッタさんから送られてきた国際郵便の封筒に印字されていた会社名がリモーネ・ナストロで、ちょっとまってそれ僕がたまにぱさぱさのシリアルにぶっかけて食ってるあのレモン蜂蜜シロップ? って動揺してさすがにグーグルに打ち込んだのだ。
アンドレアは年若くして富豪の仲間入りをした実業家として、ちゃっかり写真までウィキペディアに載っていた。思っていたよりもちゃんと本当に有名人だった。
その彼は今、元奥さんが起こしたでっちあげDV裁判でまたスキャンダルの渦中にいる。
本人からしぬほどぐったりしたビデオ通話が何度も来ているから、僕は彼がイタリアの別荘に軟禁状態であることとか、裁判は勿論勝てるだろうけれどとにかく心労がひどくて不眠症ぎみであることとか、そういう事情は一応ちゃんと把握している。
一応ヤバそうな男を遠隔ストーカーに育て上げてしまった話はちょろっとしたけれど、画面向こうのアンドレアが今すぐそっちに行くから待ってろと言いだしたからすぐにベネデッタさんに電話して取り押さえてもらった。あの人は本当に僕を攫うためなら比較的なんでもしてくる。行動力だけなら、ストーカー野郎とどっこいだ。
という話を場末気味のゲイバーのカウンターで、フィンランド人に英語でまくしたてる。現状を羅列してみても、まったく笑えない状態だ。
「あー……やっぱり今日ぼくがミキの恋人役を仰せつかったこと、彼に言ってないの」
「いや……そんなこと言ったらイタリアから飛んできちゃうでしょ……」
「飛んできてもらえるっていう自覚はあるのに、なんで君たちはまだそういう仲じゃないの?」
「正論耳に痛い……」
「もういい加減彼の愛が寂しさを紛らわせるための穴埋めだなんて、ミキも思ってないんじゃない?」
「……いやまあ、相変わらず執着は感じるけども。でも、なんか、こう、あー……僕は他人の気持ち読むのは苦手なんだよ……」
「日本人って告白文化なんだっけか。ビシッと言ってもらえないと駄目ってこと? じゃあミキがビシッと口説いちゃえばいいんじゃないの?」
「簡単に言ってくれる~仰る通りです~」
「いやぁ、ごめん、別に説教してるつもりじゃなかったんだけど……君たち本当にずーっともだもだしてるからさ。あ、てか英語で恋愛相談なんかしちゃって大丈夫だったの? えーと、アラビア語とかに切り返る?」
ヤルマリがそっと後ろの席に目配せしたことで、やっと僕はそこに例のナンパ野郎が座っていることに気が付いた。壁際の二人掛けのテーブル席で、そこそこの眼光でこちらをじっと見つめている。
僕はアンドレアの話に集中しすぎていて、彼がいつ入ってきたのか全く記憶にない。……本当にうかうかしてたら刺されそうなほどのボケナスっぷりだ。ヤルマリが一緒にいてくれて良かった、と思う。
「……どんな感じ?」
アラビア語ではなくフランス語でこっそりと話しかけてきたヤルマリに、同じくフランス語で『なんかこっち見てるけどあんまり動揺してる感じはないよ』と囁く。
「ふぅむ。レンタル彼氏だってバレちゃってるのかね。SNSのストーカーなら、ぼくとミキが鳥の話ばっかり交換してるの、見てるかもしれないしねぇ。え、どうしようか、キスくらいしとく?」
「え。今? ここで!?」
「同性のキスがご迷惑になるお店じゃないんでしょ? ぼくは別にミキのこと本当にただの友達だと思ってるから、逆にキスくらいどうってことないんだけど。あー……でも、殴られたら嫌だなぁ」
「殴る? 誰が?」
「殴らない。金輪際リモンチェッロは送らないかもしれないけどな」
ふ、と僕の後ろに影が差した。そして頭の上から落ちてきたのは、日本で聞くはずのない人の声だ。
僕はテンパっていたしボケナスだしお酒もちょっと飲んでいたし、今日はひどく鈍感だったのだ。だから後ろに彼が立っていることにやっぱり全然気が付かなくて、不思議なフランス語が頭の上から降ってきて、初めて心臓が止まるんじゃないかって程びっくりして息が止まって血液がざーっと動く感じがした。
いやいやいやいや。
……なんでここに居るの、アンドレア。
恐る恐る見上げると、やっぱり当たり前のようにアンドレアがそこに立っている。
アンドレア・アデルノルフィ。リモーネ・ナストロのCEOで、僕よりも年下なのに何でもできるイタリア人大富豪。言葉の殴り合いが好きで、でも優しくて傷つきやすくて、頭がいいのに生きにくい人。……僕が三年も片思いしている人。
アンドレアはいつものようにさらりと無地のトップスを着こなして、ちょっとそこまで買い物に行ってくるよって出てきたみたいな気軽さで日本のゲイバーのど真ん中に立っていた。
珍しく髪の毛をしっかり結んで、いつも通りの薄いサングラスをかけている。髪伸びたから切りたいってそういえば先週通話したときに言ってたなー……などとどうでもいいことを考えてしまうのは、完全に現実逃避だ。
パニック中の僕は、口を開けてから三回くらい閉じてまた開けて、そしてやっぱりとてもどうでもいい第一声を発してしまう。
「ア、ンドレア、フランス語喋れるの……?」
僕のバカみたいな問いかけに、イタリア人のハンサムはいつものあんまり笑わない顔で丁寧に答えた。
「一応お隣だからな、と胸を張りたいところだが去年どうしてもキミの予定が合わないときに旅に行くために若干練習したんだよ。キミはどこの国の言葉だって、さらりと学習するのに、俺はてんでダメだ。せめてご近所の国くらいは案内できるようにしたいと思ったからね。……そういやこの助言をくれたのはそこの眼鏡のオオソリハシシギ学者だったかな。よし、殴らないしリモンチェッロを送るのもやめないが半年くらい絶交しよう」
「えええ~……まだキスしてないのに、ひどいなぁ。ちゃんとアンドレアにはチクってあげたじゃないの」
「……そうだった。だがキミがミッキーと並んでいる絵面が嫌だ」
「我儘だ! ふはは、ミキ、君の彼氏は我儘でかわいいねぇ!」
楽しそうに笑ったヤルマリは、僕の手元のアメリカンレモネードを引き寄せて勝手に飲み干す。そしてじゃあねと手を振った。
「ぼくはもうちょっとここで飲んでいくよ。日本のお店はいいね、丁寧できれいで驚くほどなんでもある。小さな世界って感じだ。あ、お代はいいよ、後でアンドレアに請求する」
「そんなもんで許してくれるならいくらでもたかってくれ。我儘ばっかりかまして悪い、とは思っているよ。だが嫌なもんは嫌だしな……」
「正直で素晴らしい。ぼくはそっちの方がいいと思う。秘めるべき感情はたくさんあるよ、でも愛はぶちまけちゃった方が絶対に良い。勿論、歓迎されなきゃ諦めるしかないけどね」
ちらりとヤルマリが視線を流し、そういやストーカーくんどうなった、と思って奥の席を見やるも、何故か彼は下を向いてぎりぎりと拳を握っていた。おう……そういうリアクションを生で取る人って本当に実在したんだ……。
ていうかヤルマリはダメだったのに、なんでアンドレア登場したらすぐにそうなったの? 全然わかんない。なんて疑問に思っていたものの、その答えはすぐにヤルマリが口にした。
「……ミキ、顔にやけてるよ」
「え!? う、うそ、いや、だって、その……半年ぶり? の生アンドレアだし……っ」
「八か月ぶりだ。キミとキスをしたのはシンガポールの朝が最後だからな」
「……わざわざ、日本に来たの? あー……僕のために?」
「ほかに理由はないよ。別に日本に興味がないわけじゃないが、キミ以上に俺を虜にするものは今のところ世界中のどこにもない」
なんかいつもよりもセリフが痒い気がするのは、気のせいだろうか。思わず変な声が出てしまい、ヤルマリからは『生まれたばかりのひな鳥の叫び声』、アンドレアからは『カエルが死ぬときの声』とそれぞれ言われてしまった。
「だって、その、あー……っ! だめだめ、アンドレアは外で摂取するもんじゃないよ、出よう、あ、ヤルマリ、お金は僕が後で出すよ本当に今日はありがとう、あと昨日言ってたオオジシギの写真の件は明日送っておくし、ええとエミリー教授の授業の件は明後日以降――」
「はいはい、大丈夫、大丈夫、全部明日以降でいいから。ていうか仕事始まってからでいいよ、気にしないで、急いでないよ」
にこにこ笑った友人に手を振られ、勝手に打ちひしがれているストーカー君と唐突なイケメンの登場にあっけにとられているマスターの視線をどうにかやりすごし、僕はアンドレアの背中をぐいぐいと押して札幌の街に出た。
夏は終わったとはいえ、北海道に秋はない。もうすでに肌寒く、薄っぺらいシャツ一枚だったことを後悔した。
とりあえずどこか落ち着ける個室に入るべきだろうか。繁華街で個室ってカラオケとか? でも僕とアンドレアがカラオケチェーン店の狭い部屋に座っている様は、なかなかシュールじゃないだろうか。
気が利かないことに、僕は街のおしゃれな店なんてものを知らない。
もう滞在しているホテルに連れ込むしかないの? と思っていたところで、アンドレアが僕の手を引っ張って店の裏路地に連れ込んだ。
場末の裏路地こそ、イタリア人大富豪が似合う場所じゃない。
どうしたのやっぱりなんか怒ってるの? と見上げると、そこには思いのほか、というかびっくりするほど真剣な顔があって、やっぱり僕はカエルと鳥のあいの子のような声が出た。
「……もっとカワイイ反応できないのか、ミッキー。俺はそれなりに覚悟を決めて飛行機に乗ったんだが……」
「え、覚悟って何……てかアンドレア、空港とか出てきちゃって大丈夫だったの? パパラッチとか……」
「そんなものはハリウッド俳優やセレブじゃなきゃついてこない。俺は金を持ってるだけの個人だ。ウチの元嫁はちょっと派手なタイプのモデルだったから、そっちの方が大変だろうよ。俺は巻き込まれてついでに報道されているだけだ。そんなことよりミッキー、キミに伝えたいことがある」
「……それ、いまじゃなきゃ駄目なやつ……?」
「俺もできればもう少しタイミングと場所を選びたかったと心底思うよ。だが、今じゃなきゃ駄目だ。金輪際こんな勇気を振り絞れるとは思えない。いままでいくらでもロマンチックな場面はあったのにな……ヘタレな俺が、ずっと言葉を飲み込んでいたせいだ」
耳に届くのは、うっすらとした深夜の喧騒だ。女の黄色い声、男の笑い声、懐かしい信号機の横断音、ちょっと遠くのゲーセンのBGM。そんな雑踏の片隅で、僕がずっと恋をしていた男は真剣に僕の目を見て口を開いた。
「ミッキー、キミはとても聡い人だ。だから、あー……どうせバレていると思うんだが、それでも言わせてくれ。そして乞わせてくれ。キミのことが好きだ。キミの隣で恋人ヅラする権利がほしい」
「………………ん!? え、好……、え!?」
「…………いや、まさか、……俺の好意に全く気が付いていなかった、のか……?」
「気づ……い、いや、その、大事にされてるな、とは思っていたけど、なんていうか、そんな、ええと、恋人、とかそういう、アレじゃないのかな、と思ってて……っ」
「恋人じゃないなら何だ。言っとくが俺はオーストラリアで焚火を囲んで星空を見上げていた時からキミに欲情してるぞ」
「よく…………」
びっくりしすぎて、言葉が途中で止まってしまう。
本当に、僕は彼に告白される未来があるとは思っていなかった。僕はゲイだけど、アンドレアはストレートだ。それに立場も国籍も生活スタイルだって全然違う。
特別仲のいい友達。恋人って程じゃないけど、独占したい人。そのくらいの立ち位置だといいなぁ、まあ僕は彼のこと好きだけど。ずっとそんな風に思っていた。
まさか、こんな真剣に告白されるなんて、本当に心の底から微塵も想像していなかったのだ。
「僕、は……。僕は、その……えーと…………」
至近距離のアンドレアは、真剣なまなざしで僕の言葉を待ってくれている。欧米は告白なんて儀式がなくて大変だなーそんななんとなく付き合うとかって難しくないかなーまあ僕にはあんまり関係ないけど、なんて思っていたけど大間違いだった。
真剣に告白されるのも大変すぎる。心臓が壊れるんじゃないかってくらいにばくばく鳴っていて、僕は本当にもう茹って死ぬかと思った。
「…………僕も、ずっと、あー……好き、でした……」
「……過去形?」
「いや、好き。今も好き。……好きだよ、僕だってオーストラリアのあなたの膝の上で、何度もあなたに恋をしたんだよ」
「知らなかった。恋焦がれて狂いそうになっているのは自分だけだと信じていた」
「それは僕の台詞だ。ていうか本当に場所とタイミング絶対今ここじゃなかったよ……その、アンドレアが勇気だして打ち明けてくれたのは嬉しいし、僕だって今ハッピーだけど……アンドレア? 何してんの?」
「姉に連絡。一時間後に航空チケットを押さえて折り返してくれる。よし、ミッキーのホテルはどこだ? チェックアウトするぞ」
「待っ……………え!?」
「キミの休みの予定は把握している。あと五日は暇なはずだ。大丈夫、休みの終わりにはきちんとアメリカに送り届ける。若干乱暴だが、金で解決できるものに関しては金を出そう、日本からアメリカの航空チケットのキャンセル料とかな。いま大切なのは金より時間だ」
「航空チケット、って、え、ど、どこ行くの!?」
「イタリア。俺の家」
こんな場所じゃ腰を据えてキミを口説けない。
そう言って軽く僕の鼻の上に口づけたハンサム野郎は、いつものように勝手に僕の手を取り、颯爽と身勝手に攫って行った。
僕はあっけにとられる。
それから一瞬怒ろうとして、やっぱり苦笑を零してしまい、最後にはちょっと泣いてしまった。
このイタリア人富豪は、最初からずっと身勝手で、僕を容易に振り回す。でも手を引く力がちょっと優しかったり、ちょっと後に『……怒った?』なんて口にしてみたり、本当に馬鹿みたいに可愛いのだから、僕が恋をしたって仕方がないのだ。
三年前に落ちた恋は、何故か大した思い出のない故郷で実った。いままで大した思い出ないとか言ってて申し訳なかったと思う。
僕の故郷は、大事な人にとても格好良く告白された、素晴らしい場所になったのだ。
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