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第6話

 円天井の向こうで、エンゼルフィッシュの横縞がハート形に変化した。乙夜がびくん! と顔をあげた。  命が宿る黒髪を梳き取られた気がしたのは、風の悪戯? 困惑げにさまよわせた視線が太郎の姿を捉えた瞬間、ふたりそろって弾かれたように立ちあがった。  こんがらかった運命の赤い糸がほぐれて、誰の小指に結びつけられているのか、それがはっきりしたように。魂が共鳴したことを物語る鐘の()が響き渡った──潮騒が高まったにすぎなかったが。  乙夜が竪琴を投げ捨てるなり駆け出し、かたや太郎は猛るムスコが邪魔になるがゆえのガニ股走法で広間を横切った。ところが三人組が、 「トライを阻止、そぉれ!」  ひと塊に体当たりをかましてきたせいで、つんのめる。力任せに押し倒されて、うつ伏せにひしゃげると、ヒラリンが尻の割れ目にすかさず布海苔(ふのり)の煮汁を垂らして曰く。 「つぎはケツ圧診断でぇす」 「合格率は低いよ、性根を据えてかかれえ!」 「ご褒美は〝ぱっくんちょ〟の第二弾かも」  ペチャクチャとかまびすしい三人組へ、乙夜は複雑な色を(たた)えた眼差しを向けた。  ちろちろと独占欲が──は、恋の前駆症状のひとつ。太郎にちょっかいを出すな、ムカつく。そう心が揺らぐのは立派に当てはまり、だが本人に自覚はないため、その場をするりと離れた。  せっかくの赤い糸が、ちぎれるかもしれないという局面を迎えていた。なのに太郎ときたら指図に従って腰を掲げる始末で、素直という次元を通り越して単なるアホである。  ところでケツ圧診断の具体的なやり方だが。 「片方は牡蠣(かき)に銜えさせてぇ」 「もう片方は太郎ちゃんの菊孔に、ずぼっ!」 「うっ、ほぉ……んっ!」 「綱引きワッショイ、ワッショイ」 「測定用の牡蠣は強いよ、手ごわいよ」    台の上に鎮座ましますものは確かに牡蠣だ。ただし遺伝子をちょこちょこっと操作した結果、デカッ! と思わず後ずさりをする大きさに成長した品種だ。貝柱の強度のほうもサイズに比例して、電動ドリルを用いても殻をこじ開けるのは容易ではないという代物(しろもの)。  だが、かえって闘志が湧く。太郎は口を真一文字に結んで、玉門に意識を集中させた。そう、魚群探知機並みの精度をあげて。  よちよち歩きのころからタモ網の()だのウキだのでかき混ぜて、鍛錬を積んだおかげで、今や自由自在に内壁を蠢かしてのける。  言い換えれば、キュウリを輪切りにするくらい、という実力を発揮するときが訪れたのだ。

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