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第9話

 太郎は、へなへなと(くずお)れた。乙夜の声援が原動力となったおかげで激闘を制することができたのだ。インド映画のパターンを踏襲し、歌って踊って歓びを分かち合いたいところで、ところが肝心の乙夜ときたら瞬間移動したように、さっさと「どろん」。  勝ち名乗りをあげるふうに花筒が波立ち、切なさが募るあまり心は何万倍も波立つ。ところがムスコときたらバーベルだって持ちあげかねない張り切りようで、裏を返すと狂おしいまでに乙夜に焦がれている証し……?  と、三人組が萌えポーズで(しな)を作った。 「一次審査はこれにて終了。休憩を挟んで二次審査をはじめまぁす」  怒濤(どとう)の展開つづきで頭の中がわやくちゃだ。太郎は、チョウチンアンコウのほの明かりにいざなわれて中庭に出た。珊瑚の森を縫ってぶらぶらしていると、沈没船を利用した四阿(あずまや)を矢印が示した。ひょいと覗いて息を吞む。  乙夜と、ばったり。プシュー、プシュー、と蒸気を噴き出す勢いで頬が紅潮する。  黒髪をなびかせて逃げを打つのを、咄嗟に腕を摑んで引き留めた。願ったり叶ったりのシチュエーションだ。とはいえ至近距離で改めて向かい合うと心臓がバクバクして、お地蔵さまと化す体たらく。もつれる舌を励まして言葉を紡げば紡いだで、この頓珍漢っぷり。 「せ、せ、せ、先刻は、それがしに活を入れてくれ申して、かたじけのうござった」 「ふん、だ。誤解しないでほしいな。新入りの面倒を見るのは先輩の義務。べつにおまえだけ特別扱いしたとかじゃないんだから、自惚れないでよね」  そう冷淡にあしらうのとは裏腹、そわそわと黒髪を三つ編みに結って結って結いまくる。仲よくなるチャンスをにして僕のバカバカ──天邪鬼モードを発動してしまったというか、損な性分である。  哀しいかな、恋愛経験値ゼロで、しかも超鈍チンの漁師にとって言外にほのめかされた意味を読み取るのは、たった一本の銛でクジラを仕留める以上に難易度が高い。  なので、太郎はしょんぼりと(きびす)を返した──が! 膝カックンを食らった。よろけたところを四阿に向かって突き飛ばされて、 「退屈しのぎに、話し相手になってあげなくもないけど?」  ぐいぐいと押し込められるに至っては、うなずくのが精一杯だ。と、いうよりフリチンだったなら、うれしい、うれしい、と犬の尻尾のそれを遙かに上回って、パタパタしていたに違いない。  ともあれ帆柱を加工したベンチの端と端に分かれて腰かけた。ただ、どちらも相手に興味がありすぎるせいで、会話が弾む以前の問題だ。ぎこちなく顔を見交わしたっきり、お互いそっぽを向いてしまう。

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