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第10話

   昭和のお見合いの席のような空気が流れても、地上だとトンビがピーヒョロロと鳴いて沈黙を埋めてくれるだろう。だが、ここでは珊瑚がなよやかに揺らめくばかり。  ふたりの間に横たわる距離は一ミリたりとも縮まらないまま、虚しく時が過ぎていく。根競べのごとく黙りこくったままでは、季節が移ろうて珊瑚の卵がうじゃうじゃと(かえ)りはじめても、ひと言も話さずじまいで終わりかねない。 「あの……!」  お互い勇を鼓して話しかけたものの、折しもおじゃま虫がうろちょろしたようにハモった。手ぶりで順番を譲り合って、しかし、 「それで……!」  またもやハモった。三度目の正直に期待するより男は度胸、と太郎は早口でまくしたてた。 「本日はお日柄もよく絶好の海底散策日和で……って、日がかぶっとるやんか!」  乙夜は、きょとんとした。〝パニくり太郎がスベるの巻〟と題されたパラパラ漫画のように、ころころと表情が変化する顔を見つめ返した。呆れ果てて立ち去るかと思いきや、ぷぷぷと噴き出す。 「おまえ、憎めないアンポンタンだね」  恋の炎が燃えあがるきっかけは人それぞれだ。太郎の場合は、平たく言えばギャップ萌え。ポーカーフェイスという仮面が剝がれ落ちて白い歯がこぼれるさまに、ときめくのも相まって下腹(したばら)がもぞつく。  儚さと孤高さをない交ぜの風情は下僕に志願したくなるほど素敵で、だが笑うとあどけない印象が強まって可愛い、すこぶるつきに可愛い。思い切って横にずれると、乙夜も同じ幅だけ腰をずらす。  ふたつの人影がゆるゆると近づいていく。白抜きで〝(とこ)でも漁でもサオ名人〟とある着物の袖と、薄衣(うすぎぬ)のそれが、序曲を奏でるように触れ合わさった。ひと呼吸おいて、磁力が働いたふうに右から左から手が伸びる。一刹那、指が絡まり、うっかりをサボテンを摑んだとき以上にパッと離れた。  もだキュンの基本に、忠実な上にも忠実な過剰反応っぷりで。 (問)もどかしくも甘やかな反面、気まずい雰囲気が漂ったときは、どうやってごまかすのが最適解か。 (答)咳払いするに限る。  かたや万年発情期の異名をとる童貞クン。こなた売れっ子の男娼。いつ、おっぱじめても不思議じゃない組み合わせで、にもかかわらず純情カップルが初デートにこぎ着けた図、そのものである。  ひとしきりコンコンと喉を震わせたあとで、乙夜は冗談めかして言及した。 「おまえ、よりによって竜宮楼みたいな劣悪な労働環境のところに勤めようなんて、無鉄砲なのを通り越して勇者だね」 「勤めるも何も、俺はこう見えても腕利きの漁師で、ここには助けた亀が招待してくれただけっすよ。で、奇蹟が起こった感じで……」  うはうは天国でハート泥棒と出逢った──。本人を前にすると熱弁をふるうどころか、照れ臭いのが先に立ってごにょごにょ濁すあたり、ヘタレ大王の称号を授かるにふさわしい。

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