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第11話

「おバカさんだね。亀は楼主の手先で、おいしい話を鵜呑みにすれば痛い目に遭うのがオチと相場が決まっている。ほーちゃん、ヒラリン、タイラ流のおもてなしは男娼候補の格付けを行うための試験で、かつて僕も無理やり受けさせられた……」  愁いを帯びた瞳を伏せて問わず語りをはじめた。バクチ狂いの父親がこしらえた借金のカタに売り飛ばされて、うんぬんかんぬん。この手の身の上話はなので割愛する。 「楼主は、あくどい。衣装代やら食費やらの名目で花代をピンはねしてくれるおかげで前借りはちっとも減らない。夜な夜なスケベじじいにもてあそばれる暮らしに、疲れた……」  思わせぶりに言葉を切るのに対し、太郎はアヤフヤな相槌を打つのみだった。哀しい境遇に胸を痛めていたはずが、途中から淫靡な方面の妄想が膨らむ一方なのだ。 〝もてあそばれる〟の詳しい内容が知りたい。当然のオンパレードに決まっているが、地球の裏側に突き抜けるくらい掘り下げてほしい。だって好奇心が強いお年ごろなんだもん……けっこう強めに脇腹をこづかれた。 「現在(いま)は竜宮楼のナンバーワンと持てはやされていても、容色が衰えたらフカの餌。海の藻屑と消えるのが僕の宿命(さだめ)なんだ」  乙夜はむしろ、さばさばと話を締めくくった。そして太郎に流し目をくれる。黒髪を()り合わせる、その(せわ)しない指づかいが、焦れったがっている胸の(うち)を物語っていた。苦労を半分、分けてくれ、と囁きかけて抱きしめる場面だよね? ウンとかスンとか言いなよ、すっとこどっこい──で、ある。  かなり露骨に圧をかけられようが、そもそも太郎の辞書に〝人情の機微を解する〟という語句は載っていない。歩く性欲魔人を相手に、気持ちを汲み取ってほしい、と望むことじたい無茶ぶりの最たるもの。  だが恋する男子は、ここで不可能を可能にした。すなわち原始人が火の使い方を理解したのに匹敵する進歩を遂げたのだ。海ぶどうの房をもいで、ひと粒ずつ乙夜の口許に運ぶとは憎いね、ヒューヒュー。 「おなじみのトリオなら『あ~ん』のお返しにかこつけて、おまえのヤンチャ坊主をねぶるとか、してくれると思うけど?」  餌をもらう雛鳥のように、うっとりと海ぶどうをついばむ端々から嫉妬心を覗かせる。()めあげてきたのが一転して、はにかんでうつむくさまはハートを鷲摑みにして離さない。乙女系の未来像を夢想する。陽光が燦々と降りそそぐ浜辺で、乙夜と追いかけっこする情景を。  ──鬼さん、こちら、手の鳴るほうへ。うふふ、あはは、待てぇ。  事程左様に、太郎の頭の中は薄紅色の(もや)に包まれた。毎晩ひとつ布団にくるまって()れっこしたり、性感帯の分布図に書き足すポイントを発見したり。  いちゃつき三昧の夫夫(ふうふ)生活を送るのって、最高に幸せだなあ……。

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