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第17話

 ウエディングケーキに入刀に先立って行われた〝ふたりの初めての共同作業〟が功を奏して拘束がゆるむ。だんだん視界が晴れていくにつれて、とんでもないものが姿を現す。  分厚いわりに優美に水を搔くエンペラ、円盤をはめ込んだような、ぎょろ目、お刺身何人前に相当するだろう、朱色がかった斑点が散らばる巨大な胴体。  海洋冒険小説に登場する海の魔物こと、伝説のクラーケン。大ダコが帆船を海中に引きずり込む場面を描いた挿絵でおなじみの、そのがモデルとなった……、 「どうもぉ、某国営放送の撮影班が、わての華麗な遊泳ぶりを世界で初めてカメラに収めることに成功した、と大はしゃぎしていたダイオウイカっす。てへ」  と、軟体動物にしておくのは惜しいアニメ声で名乗る間も、座布団大の吸盤で太郎を捕えて離さない。  このあと牡蠣(かき)鍔迫(つばぜ)り合いを演じたときとは異なり、エロい要素は欠けらもない激闘が小一時間にわたってつづいた。冗長になるのを避けるため、ざっと描写するにとどめる。 「おまえは、やれば出来る子。そいつを撃退したご褒美は、黒髪艶虐地獄だからね」  黒髪艶虐地獄──その魅惑的な響きは、軽自動車にフォーミュラーカーのエンジンを搭載したようなパワーを生む。いついかなるときも「あっは~ん」で「うっふ~ん」が最優先事項だった太郎が、恋に落ちて生まれ変わった。一命を(なげう)ってでもダイオウイカを返り討ちに仕留めて、乙夜を竜宮楼という(くびき)から解き放ってあげるのだ。 「うおおおおおおおおっ!」  すさまじい吸着力を誇る吸盤だろうが、なんのその。恋の炎が赤々と燃え盛るなかで渾身の力を振りしぼると、ぶちっ! と腕がちぎれた。ただし一本、はがれ落ちてもつぎの一本が巻きついてくる始末で、イタチごっこもいいところだ。  そこで漁師ならではの奥の手を出す。素麵に仕立てるのにヤリイカ(紋甲イカでも可)をさばく要領で、ぬめぬめと光る甲の部分を横一文字に切り裂いていく。 「そない殺生な。ショウガ醤油を垂らすとか、鬼畜の所業やおまへんか、ぐふぅうん」  朱色の斑点と斑点が線で結ばれるにしたがい、世にも卑猥なマークが浮かびあがる。その隙をついて残り九本の腕をひとまとめに(ふんどし)でぐるぐる巻きにすれば、巨体はぶくぶくと沈んでいった。

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