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第2話:やけ酒と理性
俺はこれまで、とびきりいい人生を送ってきたわけではないが、人並みに幸せで順風満帆な生活を送っていた方だと思う。
金持ちってわけではないけどお金には困らないくらいの収入はあるし、職場も周りに恵まれ、今では可愛い部下もいるし、仕事に対して不満もない。
家族とも仲が良いし、友達も有難い事に多い方だと思う。
彼女も………
そうだ。彼女だ。
俺にはつい数日前まで彼女がいて、7年の交際を経て、つい1ヶ月前俺はプロポーズをしたんだった。
彼女は初めこそびっくりしていたけど、喜んで受けてくれた。
ふたりで暮らす家を探して、入籍して結婚式を挙げて……
高くはないけどいい場所、いい家に住んで……
ふたりが好きな犬を飼って、彼女と幸せに暮らすはずだったんだ。
そうだ。俺はこれからも人並みにいい人生、夫婦生活を送るはずだったんだ。
なのに、どうやら神様とやらはひとりの人間に何かしらの試練を与えるらしい。
いや、試練にしては酷すぎやしないか。
――――――俺は婚約していた彼女に浮気され、挙句の果てには振られてしまうなんて。
やっぱり、酒の力を借りても思い出しちまうもんなのか。
ああ……酒の神様、この嫌な思い出ごと全部忘れさせてくれよ。
「もう…全部どうでもいい」
脈拍が早く、頭がぼーっとする。体は熱くて、息も少し切れる。
恋人と別れてやけ酒なんて、まさか自分がそうなる日が来るとは思いもしなかった。
「…ねぇ、どうする?」
ふと、頭の上から降ってきた声。ベッドが軋む音と、自分の吐息が部屋に静かに響いていた。
背中に密着する布団がやけに暑く、少し汗ばんでいる。
「このまま続ける?」
相変わらず聞こえる落ち着いた声。ゆっくりと、優しい声音が妙に心地よく感じてしまった。
その声が誰なのかは、正直わからない。
わからなかったけど、頬に触れる手が離れていくのが惜しく、俺は自ら手を伸ばしていた。
「いい…もう、全部忘れたい…」
酒が回っているのはわかっていたけど、彼女への怒りや悲しさ、寂しさを、もう誰でもいいから埋めてほしかった。どうにかしてほしかった。
彼女と入籍するはずだったこの日を、いっその事めちゃくちゃにしてほしかった。
「ぅ……あ…っ」
感じた事のない感覚に身を包まれると、少しだけ彼女の事を忘れられた気がした。
「……あんた可愛いね」
「あっ…!」
体が何度も痙攣して、その瞬間に熱が体の中に広がる。汗が頬に落ちてきて、俺に跨る声の主がそれを舐めとった。
キスをされ、触れられ、抱き締められて、俺は意識が遠のいていくのがわかった。
「おやすみ」
その声は優しく、このまま目覚めなくてもいいと思えるほど優しくて。
本当に起きたら全部忘れられたらいいのに。
神様ってやつが本当にいるなら、頼むからこのまま俺を現実に引き戻さないでくれ。
本当に頼む。一生のお願いをここで使うから。
まじで、ほんと……まじでお願い。もう一生やけ酒しないって約束するし、仕事も今以上に頑張るからさ。
「起きたら覚えてないなんて、無しだからね?」
「………グゥ」
だってこれ、絶対起きたらやばい事になるやつでしょ。
俺、絶対後悔と絶望の淵に立たされるやつだもん。
だって、さ……――――
「……寝ちゃった?」
「…………」
「…………」
「…グゥ…」
俺、ノンケなのにやけ酒の勢いで男に抱かれたんだもん‼︎‼︎
意識が遠のくと同時に、なぜか俯瞰で自分の姿が上から見えた。もしかすると幽体離脱していたのかも。……なんて。
出すもの出したら、急に脳の奥が覚めていったのがわかった。眠気と同時に理性が襲ってきたのだ。
この状況は、とてもやばい。
とりあえず寝たふりをしたのはいいが、冷静になっている俺がいた。同時に焦りを覚える。
問い掛けに答えなかった俺を見て、寝たと思ったのか俺に布団をかけて背を向け、寝始めた「誰か」の隣で、滝のような汗が流れ始めた。
(……やばいやばいやばい…)
なんの能力か、体質なのか……俺はいくら酒を飲んでも記憶を飛ばした事がない。
だから絶対起きたら覚えてる。全部覚えてる。てか今もうすでに脳に記憶が刻まれている。起きても覚えているようにしっかりと。
でもごめんなさい。覚えてない事にしたい。早く深い眠りにつきたい。ここから今すぐ逃げ出したいのに体が動かないのなんで。
せめて頼む神様、今回だけでいいんだ……
目が覚めたら今夜の出来事を、綺麗さっぱり消してくれ――――――‼︎‼︎
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