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第5話:ご挨拶が遅れました
あの後、男はゲロを吐き続ける俺に水を持ってきてくれて、ずっと背中をさすってくれた。
そして程なくしてゲロまみれになったシーツやらを洗濯し始め、俺はトイレで今も尚、吐き続けている。
(さ、最悪だ……)
こんな醜態を晒す事が未だかつてあっただろうか。
――――否、ない!
この俺が人様の家の布団で全裸でゲロるなんて。
昨日の俺に言ってやりたい。やけ酒なんかするなと。
「少しは落ち着いた?」
トイレの扉から顔を出した男がスポーツタオルを差し出してくれたので、ひとまず受け取り口元を拭った。
「ほんとすみません…」
「いいよ、こういうの慣れてるし」
そう言うと男はインスタントの味噌汁を渡してきた。
しじみの味噌汁だ。有り難く受け取り一口飲むと、この世の全てに感謝したい気持ちになった。
「はぁぁぁ…生き返る…」
「昨日帰る時にコンビニで買っといて良かったな」
「うん、うん…ほんと酒飲んだ次の日はこれに限る」
「太一 は酔うといつもあんななの?」
「いやぁ〜そんなわけないでしょ、さすがに昨日みたいなのは中々……」
「…………」
――――しまった‼︎
「ほら、やっぱ覚えてんじゃん」
ハメられた。味噌汁で油断を誘われた。
「って、あれ…俺名乗ったっけ?」
「いや、社員証見た」
ええええええええええ⁉︎
「結構職場近いのな、俺の勤務先、太一の会社のすぐそこ」
ひらひらと俺の社員証を手に抜かす目の前の男。個人情報を何平然と覗いてんだって殴りそうになった。
「最初は家に送ろうと思って身分証探してたらこれ見つけて、んで太一をタクシーに乗せようとしたら帰らないって俺に縋り付いてきて」
「待って待って待って、わかった、大丈夫思い出せるから」
そうだ。確かにこいつが俺を帰そうとタクシーを呼んでくれたんだった。
ひとりになりたくなくて無理やり家に連れてけって言ったのは……俺だぁぁ。
「はぁ…よし、こうなったら仕方ない」
「仕方ないって?」
「ご挨拶が遅れました、私 株式会社RONの梅原太一と申します」
正座をし、改めて男と向き合った。
男はキョトンとしたまま俺を見つめている。
「この度は、まこっっっとに、申し訳ございませんでした‼︎」
そして繰り出す、必殺土下座。
仕事でもまだした事なかったこの技を使う日が来るとは。
「ぶっ、はは……あんた面白いね」
盛大に吹き出す男の顔に日差しが差し掛かる。
「俺、松田 。松田大和 」
その男の後ろで、窓から吹き込んだ風に靡く、青いユニフォーム。
「よろしく、太一」
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