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第9話:即レスなんか知りません

あの後、田中に「一体どんな罪を犯したんですか」と質問攻めに遭い、誤解を解くのが大変だった。 それプラス、次の打ち合わせにその他雑務、退勤する頃には心身ともにヘトヘトだった。 あの警官に見つかり変に逃げてしまったから、何かしら連絡が来てるかもと思い合間にスマホを確認してみたけど、あいつからの連絡は無くホッと胸を撫で下ろす。 (嫌な気分にさせたかな…) 振り向かずに逃げたから、あいつが一体どんな顔してたかわからない。 「…謝っといた方がいいか?…いや…うーん」 家に帰るまでの道のりを、ぐるぐるとそんな事を考えながら歩いた。 気まずかったとは言え、流石にあんな逃げ方はまずかったかもしれない。 (まぁ、向こうも人違いって思ったかもだし。そもそも気にしてないかもだし) 帰りにスーパーに寄り、今日の晩酌用の酒とつまみを購入する。その間もあの警官への罪悪感が消えず、家の近くの交番の前を通る時なんか警官が全員あいつに見えて心臓バクバクだった。 「ふぅーっ、ただいまぁ〜」 やっと家に到着し、電気を付ける。 買った酒をすぐ飲む用に一本残し、残りは冷蔵庫に入れて、部屋着に着替えて買ってきた惣菜を机に並べる。 カシュ、と炭酸が抜ける綺麗な音。 もう今はこの瞬間、この音を聞くために生きてるみたいなもんだ。 「ゴクっ…ゴクっ、ゴクっ……ぷはぁああ〜‼︎最っっ高〜‼︎」 喉を通る冷たい酒。体中に新鮮な血液が、酸素が喉から染み渡るような感覚。 今日1日頑張った自分への最高のご褒美。 「酒の神様、今日もありがとー!」 高らかと缶ビールを掲げて神に感謝を伝える。 1K6畳の部屋に、独り身の男の声が静かに響いた。 「………はぁ…何やってんだ俺」 静まり返る部屋。手元には値引きシールが貼られた惣菜。 習慣とは怖いものだ。以前まで家に帰ると彼女に帰宅した事を連絡して、その日のお互いを労って、時間が合えば一緒に飯食って、寝る前は電話とかもして…。 7年。7年続けていた習慣が無くなるのは、まるで自分じゃない他の誰かの人生を歩み始めたみたいな、そんな気分になる。 (俺って彼女と出会う前、どう生きてたっけ?) きっと、もっと辛い人生を送っている人なんて山ほどいる。俺なんてきっと恵まれてる方だ。 なのにどうして、彼女がいなくなっただけでこうも未来が見えなくなるんだろうか。 どうして、俺には“何も無い”みたいに感じるんだろうか。 「…やべ」 じわりと涙が溢れた。 なんで酒がこんなに美味しくないんだよ。 「あーもうやめやめ!ネガティブ思考やめ!」 頭を振って姿勢を正した。 「明日、絶対田中と飲みに行ってやる!」 ひとりになるからこんな気持ちになるんだ。田中も飲み行きたいって行ってたし、明日はふたりで美味い飯食いながら楽しい酒を飲むんだ! ひとり酒を片手に惣菜をつまみながら、田中に教えられたショート動画を流し見し、缶ビール三本、酎ハイ二本を空けたところで、俺はそのまま眠ってしまった。 「…………ゔぅん?」 どれくらい眠っていたかはわからないが、顔のそばに置いてあったスマホが振動し、目を覚ました。 時刻は2時過ぎ。スマホの画面にはlimeの通知が3件。 差出人はあの警官だった。 “お疲れ” “今から仮眠休憩。太一はもう寝た?” “急だけど、明日空いてる?” 「あしたぁ〜〜?」 まだ酔いが覚めてなかった俺は、警官への気まずさなんか忘れてしまっていて、呑気にメッセージ画面を開いてしまったのだ。 「“明日は、田中と飲みに行く”……っと、送信〜」 返信を済まし、スマホを投げた。 一度ベッドから起き上がり、足元がおぼつかない中シャワーを浴びて、寝る準備を一通り済ませた後、ベッドにダイブして深い眠りについた。 俺が送ったメッセージに秒で既読がついていた事なんか知る由もない。 そしてすぐに返信が返ってきていた事を、俺は次の日気付く事になる。 “田中って誰?”

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