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第17話:半田さん

その後、飲みかけの日本酒だけ急いで飲み切り、会計を済ませて太一と店を出た。 外に出ると酒で火照った体に夜風が当たり気持ちがいい。 太一と並んで街を歩く。目的地はあの人が言った“いつもの場所” 「どこ行くんだ?」 「すぐ着くよ。ごめんね付き合わせて」 「別にそれはいいんだけど、俺も一緒でほんとに大丈夫?」 そう言う太一に、俺は平気だよと答えた。 大通りから少し離れて、小道に入る。そして3分ほど歩くとそこには昔ながらの商店街が広がっている。 この時間はもうシャッターが閉まっているところが多いけど。 「ここ」 商店街の一角、古びた小さな店に辿り着く。 「……『小林青物店』?」 「ちょっと待ってて」 シャッターが降りている左側には階段があり、上がればそこに中に入る為の扉がある。 2階が店主の家になっていて、太一を階段の下で待たせて俺は階段を上がった。 「半田さん、来ましたけど」 コンコン、と扉をノックする。 するとすぐに扉が開いた。 「松田ー!いやぁ待ってたよ〜」 迎えたのは、俺の職場の先輩。と言っても、前の部署の…だけど。 扉から顔を出した半田さんの髪がふわりと揺れた。半田さんは出会った時から右目に傷がある。その理由は詳しくは聞いてはないけど…。 身長も俺と同じくらいで、笑うと八重歯が見える一見爽やかな人だ。ちょっと変な人だけど。 「あの…こんなとこで何してんですか」 思った通りまだ勤務中らしく、制服姿で現れたところを見て俺は肩を落とした。 「まぁまぁ、それは中で話すよ。ってあれ?連れの人は?」 俺の背後を見て、キョロキョロと当たりを見渡し始める。 中に入ったら長くなりそうだから嫌なんだけどな… 「あ、どうもこんばんは〜!こっちこっち!」 「えっ、あ…どうも」 太一を見つけ、半田さんが手招きすると太一も階段を登って扉の前にきた。 「ごめんね呼びつけちゃって。飲んでたんでしょ?」 「あ、いえいえ俺は全然大丈夫ですよ!」 「わーんいい人〜!上がってよ、お酒もあるし」 「あの、半田さん」 太一を中へ通そうとする半田さんを引き止めると、半田さんはハッとして太一と向き合った。 「ごめんね。自己紹介してなかったや」 そう言うと、半田さんはにこりと笑った。 「僕、半田雅(はんだみやび)。見ての通りお巡りさんだよ〜!ここの近くの交番に勤務してるからいつでも声掛けてよ。あ、ちなみに松田が交番勤務してた頃の先輩だよ〜」 「ど、どうも…俺は梅原太一…サラリーマンです。その、松田君とは…の、飲み友です」 「へぇー、松田に飲み友がいたなんてねぇ」 そう言い目を輝かせて俺を見る半田さん。 大きなため息が溢れた。 半田さんのテンションに押され、太一は少し戸惑っている様子だった。 中へと促され、半田さんの後について家の中へと入る。 「なぁ…あの人さっき酒あるって言ってなかった?仕事中じゃないのか?」 小声で耳打ちをする太一。ほんとその通りだ。 「半田さん、一大事ってなんですか」 前を歩く半田さんの背中に投げかけると、ぴたりと立ち止まり、ゆっくりとこちらの方へ振り向いた。 「……実はさ…、こばさんが詐欺に遭っちゃって…」 こばさん…とは恐らくこの『小林青物店』の店主だ。75歳の男性で、夫婦でこの店を経営している。 昔から親しまれているこの青物店。 半田さんとも仲が良く、俺が交番にいた頃もよく顔を出しに来てくれていた。優しいお爺さんだ。 「詐欺って…」 「借金ができちゃってね。店も差し押さえされるみたいで…」 深刻そうに告げる半田さんを見て、確かにこれは「一大事」かもしれないと思った。 「トミさんとフクちゃんも来てるから。みんなでこばさんを励ましてあげようって」 「半田さん……」 もしかしたら、店を閉める事になったから、最後にみんなで宴会を……? 「そうだったんですね…」 こんなに落ち込んでる半田さんは初めて見る。 太一には会わせたくなかった理由。半田さんは人との距離感が近すぎて太一にちょっかいをかけるかもしれないと思ったから。 それに知りたがりで察しがいい半田さんは、多分俺と太一の関係をすぐ見抜いてくるだろうと思い、太一に変な気を使わせたくなかったから、ほんとはここにも連れて来たくなかったんだけど…… 「すみません、そんな事があったなんて知らなくて」 「ううん。僕もなんの力にもなれなくてさ」 半田さんはこの商店街の近くにある交番に勤めて長く、街の人からも愛されている人だ。お年寄りからの人気は絶大で、知り合って長いけど半田さんの人脈は計り知れない。 「梅さんも、よかったらこばさんを元気付けてあげてよ」 「…………」 「…………」 「…………」 「ごめん多分太一の事言ってると思う」 「え俺?」 自分を指差す太一と、頷く半田さん。 「うん。梅さんでいいよね?」 「ああ、はいなんでも」 事情は分かった。俺も小林さんには世話になったし…… 知らなかったとはいえ、警官として詐欺を防げなかった落ち度もある。 ここは、みんなで小林さんを励ましてーーー 「こばさん、松田来てくれたよー」 廊下の突き当たりに辿り着き、半田さんが襖を開ける。 「いやぁあ〜〜〜、まぁた1だよぉ〜」 「こばさんさっきからちっとも進まないじゃないかぁ」 「これじゃ借金が返せないよ」 「このマスまで来れたらまだ逆転のチャンスがあるんじゃないかえ?」 「…………」 和室の狭い部屋の中で、ちゃぶ台を囲っているお爺さんお婆さん。 「おや、松田君じゃないか!久しぶりだねぇ〜」 その光景を見てフリーズしたのは言うまでもない。 「あの…半田さん、これって」 まさか詐欺に遭って店差し押さえられたのって… 「ん?あ、今みんなで人生ゲームしてたんだぁ〜!それでトミさんがもう帰っちゃうから、代わりに松田に入ってもらおうと思って♪あ、梅さんもやる?」 「え?俺もいいんですか!」 「もっちろんだよ〜!あ、みんなに挨拶してね〜」 「こんばんは、あの俺ーーーー……」 本当に………この人はいい加減すぎる。 「ちょ、太一」 「ん?」 それに 「何突っ立ってるんだよ。お前はやらないの?」 「いや……ちょっと頭の整理が…」 太一もこの状況受け入れるの早すぎ! 「俺人生ゲームめっちゃ久しぶりですよ〜!」 「私たちなんか初めてで、雅ちゃんがみんなでやろうって持ってきてくれたのよ」 「へぇー!仲良しなんですね〜!」 あっという間に輪の中に入ってしまった太一と、立ち尽くす俺。 「梅さんってほんといい人だね」 「………」 そう言って、ポンっと俺の肩を叩いた半田さんを見て、また大きなため息が出た。

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