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第22話:交番に行こう
「ない…ない‼︎」
「どうしたんですか先輩」
俺の財布が、無い‼︎
次の日の朝。会社に到着し朝のミーティング後にいつものように自販機で田中とコーヒーを買おうとした時、財布がどこにも無い事に気が付く。
ジャケットの中にも、ズボンのポケットにも、鞄の中にも見当たらない。
社員証は鞄に入れてたからまだ会社に入れて良かったけど…
「家に置いてきたとかじゃないんですか?」
田中が言うように、もしかしたら家かも?
いや、でもなんだかこの感じ…ちょっと嫌な予感がする。
俺の財布は黒の二つ折りの至ってシンプルなデザインの財布。
コンパクトだから普段はジャケットのポッケか、ズボンの後ろポケットに入れて持ち歩いている。
「家…にありゃいいけど…」
家に置くなら玄関入ってすぐのシューズボックスの上。鍵も一緒にいつもそこに置く。
…けど、朝出る時に鍵取る時他に何もなかった…よな?
おでん屋?いや、おでん屋出る時にレジ前で財布は出したし…
小林青物店?それもない。財布出すタイミングなんかなかったし、一応帰り際に忘れ物がないか大和が確認していた。
「ハッ‼︎」
そしてふと、思い出す。
昨日の夜にアパート付近でぶつかったフードの男。
思い返してみれば、不自然なぶつかり方だったし、あの男はそのままそそくさと去って行ったし……
何より服装と挙動が怪しかった‼︎…気がする。
「ス……スラれた…」
「マジっすか先輩!」
確信を持っては言えないけど、その可能性が高い。
「うぁぁああちくしょう、なんでだよ!」
頭を抱えて項垂れる。どうして俺はこう…ついてないんだ。もっと注意しとけよもう。
「どうしよう…免許証とか…カードとかあるし」
「とりあえず一回家帰って確認して、もしなかったら交番にーーー」
「………」
こう……ばん…だと?
「交番行きづれえよ…」
「え?」
一番近くの…かつ財布を落とした可能性のある場所に近いのは昨日行った商店街の近くにある交番だ。
そこは半田さんが勤務してる場所。
頭の中に交番を住処に悪魔の角と牙を生やし俺を嘲笑う半田さんの顔が浮かぶ。
財布をスラれたかもなんて相談に言っても絶対門前払いされる気しかしない。
じゃあ、別の交番……
「遠い…」
ガーンと顎が外れた。
俺の人生、捨てたもんじゃないなんて思った矢先にまさかこんな目に遭うなんて…
いやとにかく、まずは家を確認して、それでもっかい探してなかったら交番に行こう。
落とし物で届けられてるかもだし、もしそれでもなかったら昨日の男の話を一応してみよう。
それで念の為カードとか一回止めるようにして…
「先輩、今日は俺がコーヒー奢りますよ」
「田中ぁぁぁ」
色々と面倒くさい工程を頭の中で組み立てると涙が溢れる。
そんな俺にグッと親指を立てる田中が光って見えた。
どうか、家にありますように……
◇◇◇
「サモエドって可愛いよねぇ〜。知ってる?サモエド」
「………」
「僕犬飼いたいんだけど、仕事忙しくて寂しい思いさせちゃいそうだから諦めてるんだけどさ」
「………」
「もうここで飼えないかな。巡回とかも一緒に行けたら一石二鳥じゃない?ほら、側から見れば警察犬みたいな」
「………」
ああ、神よ。
俺が崇拝する酒の神よ。どうしてあなたは俺にこんな試練を与えるのですかね。
昼休憩の間に急いで家に帰ったけど財布は無かった。そして家中、隈無く探したけど見つけられなかった。
苦渋の決断でここに来てみれば、それ見た事か。
半田さんは犬の雑誌を淡々と読んでいて全く取り合ってくれない。
なんですかサモエドって。知らないですよ。仕事忙しい?そんなわけあるかいなめちゃくちゃ暇そうじゃんか仕事してくれよ。
「あのぉ…」
「……まだ居たの」
ここは、必殺ゴマすりだ。
「昨日の今日でどうも…すみませんが黒い二つ折りの財布って落とし物とかで届いて…」
「だからないって」
「そ、そうですか…なら紛失届を…」
「“遺失届”、だよ」
「あ、はいじゃあそれを」
そしてようやく書類を取り出す半田さん。こりゃどうもと受け取ろうとした瞬間、紙がシュッと逃げていく。
「なんて、渡すわけないじゃ〜ん」
「へ…」
ベッと意地悪な笑顔で舌を出す半田さん。きっと俺は今間抜けな顔をしている事だろう。
俺を見て半田さんはまた笑った。
「梅さんダメだよ。お巡りさんも忙しいんだからたかが財布を無くしたくらいで。僕の仕事増やさないでよ」
それがあなたの仕事じゃあないですか。
と言いたくなったが、俺を見る目がとてつもなく怖いので吐き出す前に飲み込んでおいた。
一応、昨日の男の事を話してみる。
そしたら半田さんは何故か嬉しそうにニヤリと笑う。
「あははっ、スラれるって、間抜けすぎ」
「〜〜っ‼︎」
この人ほんとなんなの!
人の不幸がそんな面白いですかね!
「さっきからなんですかもう!」
爆笑され頭に血がのぼる。というか、恥ずかしい。
「市民が困ってるんですから助けてくださいよ‼︎」
「…………」
「てか、あんた急にその態度はなんなんですか。俺何かしました⁉︎こんなの嫌がらせですよ!これ以上そんな態度取るんなら出るとこ出てーー」
もう頭にきた。とことん言ってやると思い半田さんに向かい叫ぶ。
「うわっ‼︎」
そしたら、机越しにネクタイを引っ張られ前に倒れそうになる。
すかさず机に手をついたが、顔を上げると至近距離に半田さんの顔がある。
「何?僕を訴えるって?」
「っ…」
「好きにすればいいよ。その後どうなってもいいって言う“覚悟”があるなら」
「ひ…」
こ、こ、こえええ‼︎
「……ってぇ、言い出す人もいるんじゃないかとぉ…思いましてぇ」
戦意喪失。無理。この人ほんと怖い。
ヒーンと俺の中の戦意の犬が降参の声を上げる。
「今戻りまし…た…ってえっ⁉︎ちょ、何やってんですか半田さん‼︎」
俺の涙がちょろりしたところで、巡回に回っていた別の警官が戻ってきてくれて、なんとか半田さんを沈めて書類の手続きもしてくれた。
午後から一件打ち合わせがあったが、俺の心は半田さんのせいですっかりダメージを食らってしまい、打ち合わせもガタガタになってしまった。
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