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第26話:選択肢
目の前の光景があまりにもチグハグで頭が混乱する。
片方は見るからにヤクザって感じの寡黙な男で、もうひとりはニコニコと笑顔を振り撒く制服警官。
もしかして世界バグった?
いんやあれだ。ドラマでよく見るヤクザと裏で繋がってる悪い警官ってやつか。
「婆は?」
「大丈夫。今はこばさん達といるよ」
「はぁ。お前がいながらなんで詐欺に遭うんだよ。しかもオレオレ詐欺なんて古典的な」
「トミさん純粋で優しい女性だから。確かに僕がついていながら情けないよね」
こいつらが話し込んでいる隙に、なんとかここから逃げる算段を立てよう。
俺は椅子に縛られてるし自力で逃げ出すのは不可能だろうから、とりあえずなるべく相手を刺激しないようにして、機会を伺って慎重に話し合えば命だけは助けてくれるかもしれない。
警官は一見人畜無害な顔してるけど信用ならねぇ。
何があってヤクザに協力してるか知らねぇけど、ここから逃げれたら真っ先にこいつを警察に売ってやる‼︎もちろん匿名でな。
そして…多分スーツの男が警官の裏に付いてる言わばボスだろう。
見た感じ、話はできそうな男だし、つけ入れるとしたらこっちのスーツの男か?
「さて」
頭でどう話を付けるかを考えていると、警官がくるりと振り返った。
「ごめんねぇ。待たせたね」
そして制服を脱ぎ始め、シャツを脱いだところで俺は目を見開いてしまった。
俺はとんだ見当違いをしていた。
「着替えてくる間なくてさ。流石に制服汚れるとまずいから」
そう言ってふわりと笑う警官の体には、左の腰の付け根から腹に伸びる和彫の入れ墨……
「ん?ああこれ?可愛いでしょ。熊さんだよ」
「…い…」
いやいやいや、待てよ。お前警官だろ⁉︎
可愛い⁉︎どこがだよ‼︎ゴリゴリそっちの人間じゃねぇか‼︎
警官の腹には大口を開け今にも獲物に食らいつきそうな迫力満点の熊の入れ墨が彫られている。断じて可愛いと言える代物ではない。
「この仕事してると流石に隠しきれなくなるからここに入れるしかなかったんだよね〜。僕もみんなと同じとこが良かったんだけど」
「いや…やばいだろ…」
「やばくないよ。可愛いでしょ?“うち”は代々熊さんなんだぁ」
“うち”…?
「あ、あんたカタギじゃねぇの…?」
喉が震えた気がした。絞り出したその言葉に警官は人差し指を口に当てた。
「ここだけの秘密ね」
微笑む警官がそう言った瞬間生唾を飲んでしまった。
まずい。非常にまずい。この警官は…ヤクザだ。
「言っておくけど、僕はヤクザじゃないよ」
俺の考えを読んだか警官はそう言って上裸の状態で屈み込む。そして顔を掴まれ右、左と俺の顔を確認する。
「…はっ?じゃ、じゃあなんなんだよ」
「んー。説明するのちょっと難しいんだよね。複雑で」
そして、スーツの男と同じ事を言った。
複雑…何か事情でもあるのか。
「入江」
警官がスーツの男に手を差し出す。入江とはスーツの男の名だろう。
男は警官にファイルとあるものを渡した。
ファイルは何かわかんねぇけど、もう一つは野球バット。
「君の事ちょっと調べたんだけど。まぁなんというか苦労してきたんだね。孤児院育ちで暴行罪に万引き、孤児院を出た後スリの常習犯で金持ち女性のヒモを転々として詐欺に手を出してしまったと」
「お、俺もしかして殺される…?」
「え?なんで?」
いや、そのバットなんに使うんだよ。
俺を殴り殺すためのバットだろ?
「やだなぁ。そんな事するわけないじゃん。僕お巡りさんだよ?」
「さっき殺しかけた奴の言う事じゃねぇな」
入江という男がツッコミを入れてくれた。良くぞ言ってくれたと讃えてやりたいくらいだった。
「僕の大事な人に手を出したんだから、あれくらいは…ね?」
「っ…ほんと、謝るからマジで…」
バットの先端が頬に触れる。このまま頭かち割られるんじゃないかと体が震えた。
「君に生きるための選択肢あげるよ」
「…っせん…たく…し?」
今度は声が震える。この人ならやり兼ねないと全身が叫ぶ。
「うちが管理するお店の一つに著名人御用達の娯楽施設あるんだけどさ。まぁなんというか君みたいな未来ある若者の場合は多めに見てあげたいし。かといってこれでお咎めなしってのは良くないと思うんだ。だからうちのお店でキャストとして一生働くか…それか」
「お、俺、殺されないならなんでもする‼︎」
娯楽施設だがなんだか知らねえがなんでもいい‼︎つか、それラッキーじゃん‼︎
雑用でもなんでもしてやる。スタッフとして働きながら隙を見て逃げればいいだけの話だ。
もう一つの選択肢…絶対死ぬかとかだろ。お約束だよそんなんわかってるわ。
「それ…どうせ断ったら俺は殺されるんだろ?」
「………いや」
「…?」
警官に顎を持たれ、顔がスレスレの位置まで近づく。
「もう一つは」
そして警官が口角を上げ怪しく笑った。
「僕に飼われるか」
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